飼料用水稲品種の多収特性は低窒素条件下でも発揮されるか?
掲載日:2022.04.04
農食環境学群 循環農学類
栽培学研究室 城浦 教祐(2022年3月卒業)・亀岡 笑
はじめに
国内において、ここ20年間の主食用米の需要は毎年10万t程度減少しており、新型コロナウイルス感染症の影響などにより、直近1年間(2020年1月~12月)では中食・外食事業者向けの販売数量が特に目立って減少しています(農林水産省 2021)。こうした中で、水田の環境保全機能を保持しながら食料自給率の向上や需要に応じた米作りを推進するには、飼料用米などの非主食用米の生産を拡大する必要があります。
その一方で、国内では2021年に、食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現する「みどりの食料システム戦略」が策定されました(農林水産省 2021)。この戦略の中には、「2050年までに輸入原料や化石燃料を原料とした化学肥料の使用量を30%低減する」という目標があります(農林水産省 2021)。現在北海道で広く栽培される飼料用水稲品種「そらゆたか」(道総研育成)、「きたげんき」(北農研育成)は9~10 kg(N)/10a以上の施肥水準で栽培され、それぞれの特性を通じた多収性の発揮が報告されています。「みどりの食料システム戦略」を念頭に置いた上で長期的な見通しについて考えると、今後飼料用米についても窒素肥料を減らした栽培体系へのニーズが生じる可能性があります。しかし、上記の水準以上に施肥窒素を削減した上で各品種に多収性が発揮されるかについては目立った検証例がありません。こうした背景を踏まえ、本研究では飼料用水稲品種の多収特性は低窒素条件下でも発揮されるか検証しました。
材料および方法
1.供試品種
本研究では、飼料用米品種として北海道内での収量性が高いことが示されている「きたげんき」(Oryza sativa L.)、北海道内での移植、直播栽培ともに収量性が高いことが示されている「そらゆたか」(Oryza sativa L.)の2品種を供試し(Yagiokaら 2021;佐藤ら 2021)、さらに対照品種として北海道主食用水稲品種の中でも収量性がやや高いことが報告されている「ななつぼし」(Oryza sativa L.)を供試しました(吉村ら 2002)。
2.施肥条件
栽培試験は酪農学園フィールド教育研究センター作物生産ステーション作物棟・水稲室内のコンクリート水田にて実施しました(図1)。コンクリート水田は水稲室内に2本あり、2本のうちどちらか1本をその年の試験に用い、1年間は休ませるようにしています。コンクリート水田では毎年、基肥の窒素施肥量が8kgN/10aになるよう複合肥料BB474(窒素成分14%)を施肥し、追肥は省略しています。2021年実施の本研究でもこの施肥方法を採用し、試験実施後には、前年に同施肥条件で栽培した上で2021年に休ませた水田から土壌を採取し、十勝農協連に土壌分析を依頼しました。
3.栽植密度と栽培配置
2021年5月25日に、28日齢の各品種苗を株間12cm、条間33cmの栽植密度でコンクリート水田に移植しました。3条/反復とし、各品種3反復を乱塊法により栽培配置しました(図1)。栽培期間中は基本的に浅水管理とし、収穫までの期間中は、週に1回の頻度で生育調査を実施しました。コンクリート水田内での水稲生育推移の様子を図2に示します。最高分げつ期を2021年7月6日に(図2a)、出穂期を7月27日に(図2b)、穂揃い期を8月10日に迎え(図2c)、8~9月にかけて各品種の登熟が進みました(図2d)。
4.収量および収量構成要素の評価
黄化率が9割に達したタイミングを収穫適期とし、9月23日に「ななつぼし」ならびに「そらゆたか」を収穫しました。「きたげんき」の収穫適期は他品種よりも6日遅れ、9月29日に収穫しました。生育調査対象株と同一株を対象に収量調査を実施し、水稲の収量構成要素である穂数、一穂籾数、登熟歩合、玄米千粒重の4項目を評価しました。各収量構成要素の評価方法を以下に説明します。
(1)穂数:籾の存在を確認できたものを穂とみなし、穂軸から3cm下の部分をハサミを用いて穂と幹に切り分けました(図3a)。
(2)一穂籾数:本研究では、150 mm×150 mmの黒角皿を内側同士で重ね合わせ、その上に97 mm×97 mmの黒角皿(取っ手用)を組み合わせた手作りの脱穀器を作成しました(図3b)。各穂に対して脱穀器を用いて穂軸と籾とに分け、個体あたりの総籾数を算出し、個体あたりの総籾数を穂数で除した値を一穂籾数としました(図3b)。
(3)登熟歩合:比重1.06の食塩水を1L作り、その中に全籾を入れ(図3c)、沈んだ籾を登熟籾とみなしました。登熟籾を回収して流水ですすいだ後に一晩新聞紙の上で乾燥させ(図3d)、百粒板(藤原製作所製)を用いて登熟籾数を確認し(図3e)、以下の式で登熟歩合を算出しました。
登熟歩合(%)=100×登熟籾数/総籾数
(4)玄米千粒重:登熟籾を対象に、電動籾すり器(TR-200,ケット科学研究所製)を用いて籾すりし(図3f)、すり切れなかった籾は手動籾すり器(TR-130,ケット科学研究所製)で籾すりしました(図3g)。その後、精密天秤(ME103E,METTLER TOLEDO社製)を用いて玄米100粒重を測定し(図3h)、100粒重を10倍して玄米千粒重を算出しました。
結果
1.土壌分析結果
2021年に休ませた水田から土壌を採取し、十勝農協連に土壌分析を依頼した結果から、本試験土壌が褐色火山性土であることが分かりました。また、試験土壌の熱水抽出性窒素は3.33 mg/100g、有効態リン酸は2.7 mg/100gで、それぞれ「やや低い」および「低い」に分類されました。このように、基肥施肥前の土壌窒素・有効態リン酸が基準量よりも低い条件下において、基肥も標準量(9kg/10a)に比べて低い値である8kg/10aに設定したことから、本試験で設定した窒素・リン酸条件は、当初計画よりさらに低い状態、すなわち極低窒素・低リン酸条件であったと考察しました。そして、極低窒素・低リン酸条件における飼料用米の生育・収量を定量的に評価しました。
2.水稲の生育推移および収量調査結果
表1に、本試験の3品種ならびに道平均(北海道農政事務所 2021)の10aあたり収量を示します。それぞれの収量は、「きたげんき」が501 kg/10a、「そらゆたか」が453 kg/10a、「ななつぼし」が486 kg/10a、道平均(主食用米)が597 kg/10aでした(表1)。道平均が外部出典データのため統計処理を省略したものの、極低窒素・低リン酸条件下で栽培した3品種とも、道平均に比べて収量の絶対値が低くなりました。標準施肥条件での先行研究において、「きたげんき」は900 kg/10a以上、「そらゆたか」は700 kg/10a以上の収量が報告されています(Yagiokaら 2021;佐藤ら 2021)。しかし極低窒素・低リン酸条件下では、先行研究から報告されるような「きたげんき」ならびに「そらゆたか」の多収性は発揮されませんでした。
3.収量構成要素の調査結果
図4に極低窒素・低リン酸条件下で栽培した各品種の収量構成要素の結果を示します。極低窒素・低リン酸条件下で「きたげんき」ならびに「そらゆたか」の多収性が発揮されなかった原因について、収量構成要素の面から以下のとおり考察しました。
穂数には品種間で有意差は認められず、その値は全道平均と比べて半分程度でした(図4a)。この結果から、極低窒素・低リン酸条件下では品種を問わず穂数が大幅に低下することがわかりました。その他の収量構成要素には品種間で異なる特徴がみられました。すなわち「きたげんき」は一穂籾数が、「そらゆたか」は玄米千粒重が、それぞれ「ななつぼし」に比べて有意に高い値を示しました(図4b,4d)。これらの結果が標準施肥条件で栽培された先行研究結果と一致したことから、「きたげんき」の一穂籾数が多いという特徴と、「そらゆたか」の玄米千粒重が大きいという各品種の特徴は極低窒素・低リン酸条件下でも発揮されることが分かりました。一方で、「きたげんき」と「そらゆたか」の両品種とも登熟歩合は「ななつぼし」に比べて有意に低い値を示しました(図4c)。先行研究(標準施肥条件下)では、「きたげんき」と「そらゆたか」の両品種とも「ななつぼし」と同程度の登熟歩合を示したことから、極低窒素・低リン酸条件下において、食用米品種の「ななつぼし」に比べて飼料用米品種の登熟歩合は低下のリスクがより大きいと考えました。
以上の結果から、極低窒素・低リン酸条件下で「きたげんき」ならびに「そらゆたか」の多収性が発揮されなかった原因について、①穂数が半減したこと②登熟歩合が低下したこと―の2点が考えられました。
まとめ
本研究結果より、極低窒素・低リン酸条件下において、①用途(品種)に限らず穂数の大幅な減少が生じうること②特に飼料用米品種で登熟歩合低下のリスクが高まること―が分かりました。これらの結果を踏まえ、まとめの本項では、窒素・リン酸量を調節して適切な減肥を実現した場合に2点の課題をどのように克服できるか、栽培管理上の対策について考察します。
まずは適切な減肥条件について述べます。本研究の土壌が分類された「褐色火山性土」における標準施肥量は、全層施肥では窒素は9.5 kg/10a、リン酸は16.0 kg/10aですが(北海道施肥ガイド 2020)、本試験では標準量に対して、窒素1.5 kg/10a、リン酸6.3 kg/10aが不足していました。リン酸吸収係数が高い黒ボク土では、リン酸欠乏によって、収量構成要素の中で決定時期の最も早い穂数が低下することが報告されています(米川ら 2001)。本研究ではリン酸が標準量の3分の2程度となっており、リン酸の大幅な減肥に伴うリン酸欠乏が穂数減少の主要因となった可能性が考えられます。窒素減肥の影響評価にターゲットを絞り、次年度以降の試験ではリン酸量を標準施肥量に修正することで穂数確保を実現できると考えます。
続いて、極低窒素・低リン酸条件下において、飼料用米品種に特異的に見られた登熟歩合低下の改善案についてです。「そらゆたか」については依然として考察中の部分が多いため、今回は「きたげんき」の登熟歩合改善について述べます。「きたげんき」の特徴である一穂籾数の多さは、極低窒素・低リン酸条件下でも発揮されました(図4b、図5)。しかし、一穂籾数が多いことは弱勢頴花も多くなるリスクをはらむことを意味します。極低窒素・リン酸条件下では標準施肥条件に比べて弱勢頴花が増加し、この結果登熟歩合が低下したのではないかと考えました。「きたげんき」の収穫適期が他2品種と比べて約1週間遅れたことも踏まえ、極低窒素・低リン酸条件下での登熟歩合を改善するためには、登熟適温期間の日数確保が有効と考えました。登熟適温期間の日数確保実現には、穂揃い期を早める必要があります。穂揃い期を早めるための栽培対策として、①健全苗の育成②移植期の前進③移植後苗の活着の促進―の3点を提案します。さらに①~③のそれぞれについて、①育苗中の追肥実施(本試験で実施を省略)②北海道米の移植適期内で移植期の前進(5月25日→5月10~15日)③移植後水管理の徹底―をそれぞれ次年度試験で実施し、登熟歩合改善効果を検証したいと考えています。
本研究結果より、窒素とリン酸の過剰減肥が穂数の大幅な減少をもたらすこと、ならびに減肥に伴う登熟歩合の低下程度は飼料用米でより大きくなることが分かりました。一方で、減肥しても「きたげんき」は一穂籾数、「そらゆたか」は玄米千粒重に優れたことから、窒素とリン酸の減肥割合を再調整し、栽培管理の改善によって登熟歩合を高めることで、低窒素条件下においても飼料用米の多収性を発揮できるのではないかと考えます。この点について、次年度以降の栽培試験で検証を続ける予定です。
<引用文献>
北海道農政部編(2020)北海道施肥ガイド2020. 北海道農業改良普及協会,北海道.20-26.
農林水産省(2021)米の基本指針(案)に関する主なデータ等.https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/syokuryo/211119/attach/pdf/211119-22.pdf (2022年2月8日閲覧).
農林水産省(2021)みどりの食料システム戦略 ~食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現~.https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/index.html (2022年2月8日閲覧).
農林水産省北海道農政事務所(2021)令和3年産水稲の収穫量(北海道).
佐藤博一・尾崎洋人・木下雅文・丸田泰史・其田達也・平山裕治・田中一生・菅原彰・手塚光明 (2021)水稲新品種「そらゆたか」の育成.北海道立総合研究機構農試集報 105:13-25.
Yagioka, A., Hayashi, S., Kimiwada, K. and Kondo, M.(2021)Sink production and grain-filling ability of a new high-yielding ricevariety, Kitagenki. Field Crops Res. 260: 107991.
米川和範・今野均・菅原慶子・林久喜・坂井直樹(2001)黒ボク土における水稲の収量に及ぼす連用施肥の影響.筑波大農林研報 14: 7-18.
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