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卒業論文

牛乳房炎検査におけるCMT変法の再検証について

掲載日:2020.03.26

農食環境学群 循環農学類
家畜衛生学研究室(2020年3月卒業)
 庄野 克基

はじめに

乳房炎は酪農に大きな損害を与える疾病のひとつです。乳房炎を治療しても乳腺細胞が完全に修復されることはなく、健康時の生産乳量と比較して、治療後は約6%の乳量が減少するといわれています。
乳房炎の約90%は細菌が原因であり、原因細菌が乳頭口から乳房内へ侵入・増殖することで引き起こされます。血液中の白血球が血管を脱して炎症部位に遊走し、抗体を含む血漿けっしょうが動員されるため乳房炎罹患りかん時には体細胞数が増加します。また、血漿はpHが常乳よりも高いため、乳房炎罹患時にはpHの上昇がみられます。さらに電気伝導度は乳汁中のNa+Cl値と高い相関を持ち、血漿にはNaやClなどの金属イオンや電解質を含んでいるため、乳房炎罹患時に電気伝導度の上昇もみられます。乳房の抵抗力を最大限に引き出すために重要視されることは、正しい搾乳手順です。乳頭口の形態異常は物理的、抗菌的な局所抵抗性の減弱を招くと考えられます。乳頭口損傷の防止として、搾乳時の前搾りが重要です。前搾りにはオキシトシンの誘導と、異常乳(乳房炎罹患乳)の摘発という大きな意味を持ちます。このことは過搾乳による機械的な乳頭負荷やそれらに伴う乳頭口の形状変化を回避するために重要です。乳房の異常や異常乳を発見した場合、乳房炎診断液(CMT:California Mastitis Test変法)を用いて、乳房炎の判断をする必要があります。CMT変法は凝集判定と色調判定から短い時間で簡易に白血球数とpHを測定し、その場で乳房炎の診断ができる診断液です。CMT変法は1970年ごろから乳房炎簡易検査として多くの酪農家に普及しました。しかし、近年CMT変法と乳汁検査との比較検討が行われた報告はありません。
そこで、本研究では一般的に普及しているCMT変法の体細胞数とpHの関係性について、その有用性を確認するため多種類の乳汁検査と比較検討を行いました。

材料および方法

1.供試牛
酪農学園フィールド教育研究センター酪農生産ステーションフリーストール牛舎で飼養されている搾乳牛26頭(96分房)を用いました。

2.採取方法
滅菌済みの50mlポリビンに、乳汁を無菌的に採取しました(写真1)。

3.検査項目
(1)CMT変法
CMT変法検査にはP.Lテスター(日本全薬工業株式会社)を用いました。シャーレに滅菌済みスポイトにて乳汁を2ml注入し、同じくP.Lテスターを2ml注入混合しました。pHは色調により4段階で、体細胞数は凝集度により6段階で判断しました(写真2)。
(2)体細胞数
体細胞数の測定は乳汁をカセットに入れ、セルカウンター(DeLaval株式会社)にて測定しました(写真3)。
(3)生菌数
生菌数の測定にはペトリフィルムACプレート(3Mヘルスケア株式会社)を用い、乳汁1ml中の菌数を測定しました(写真3)。菌数の多いものは10倍、100倍、1,000倍に希釈し、測定しました。
(4)pH
pHの測定にはデジタルpHメーター(株式会社アタゴ)を用い、深さ2cmの容器に乳汁を約15ml入れ、1分半後の数値を測定しました(写真3)。
(5)電気伝導度
電気伝導度の測定はミルクチェッカー(エア・ブラウン株式会社)を用い、ミルクチェッカーに乳汁を約10ml入れ測定しました(写真3)。

結果

1.色調変化
色調変化と各種検査の相関比較を行ったところ、体細胞数r=0.458596(p<0.0001)、
pH r=0.433501(p<0.0001)(図1)、電気伝導度r=0.703474(p<0.0001)で有意な正の相関が認められました。しかし、生菌数とは有意な相関は認められませんでした。この結果から、色調の変化が大きいほど、体細胞数、pH、電気伝導度の数値も高くなることが認められました。

2.凝集度
凝集度と各種検査の相関比較を行ったところ、体細胞数r=0.803316(p<0.0001)(図2)、生菌数r=0.416550(p<0.0001)、pH r=0.267489(p=0.0084)、電気伝導度r=653196(p=0.0001)、すべての項目で有意な正の相関が認められました。この結果から、凝集度が高いと体細胞数、生菌数、pH、電気伝導度の数値も高くなることが認められました。

3.その他各種検査項目
その他各種検査項目同士で相関関係を見たところ、体細胞数と生菌数r=0.396915(p<0.0001)(図3)、体細胞数と電気伝導度r=0.426531(p<0.0001)(図4)、pHと電気伝導度r=0.387396(p<0.0001)(図5)で有意な正の相関が認められました。その他の検査項目同士では有意な相関は認められませんでした。この結果から、体細胞数が上昇すると生菌数と電気伝導度が上昇し、電気伝導度が上昇するとpHが上昇することが認められました。

まとめ

乳房炎簡易検査として多くの酪農家に普及しているCMT変法は、乳汁検査との比較検討が行われた報告はありませんでした。そのためpHと体細胞数との関係性について比較検討を行ったところ、色調はpHと、凝集度は体細胞数と相関が認められました。

また、生菌数と体細胞数にも相関が認められました。体細胞数の多い分房は、乳房汚染前から乳汁中生菌数が多くマクロファージの食菌能が亢進こうしんしており、体細胞数と生菌数との間に正の相関があることが報告されています。さらに、乳房炎乳は常乳に比べて生乳中の生菌数の平均値が10倍以上あることも報告されています。乳房内に侵入、増殖した細菌を細胞が貪食、殺菌し、生菌数と体細胞数がともに増加するため相関が認められたと考えられます。
電気伝導度は体細胞数とpHで相関が認められました。細菌などが乳頭口を突破して乳腺に到達すると、白血球が侵入した微生物を貪食・殺菌します。その際、体細胞数が上昇し、血漿成分が流出します。血漿成分にはタンパク質、ブドウ糖、脂質、金属イオン、電解質、ホルモン、ビタミンなど含まれています。そのため乳汁中のアルカリ物質が上昇し、電気伝導度とpHがともに上昇するためと思われます。また電気伝導度は色調と凝集度でも相関が認められました。電気伝導度は体細胞数よりも潜在性乳房炎のより良い指標となる可能性を示唆し、さらに定期的な乳汁中の電気伝導度の測定は,潜在性乳房炎の検出手法として非常に有効であると報告されています。また乳房炎による経済的損失は、目に見える臨床型乳房炎は30%、残りの70%は目に見えない潜在性乳房炎による乳量減少と言われています。このことから、電気伝導度は乳房炎の判断材料として重要項目であると考えられました。

pHと体細胞数は、色調変化と凝集度や多種類の乳汁検査との相関が認められたことから、乳房炎の指標として有効であると思われました。以上の結果より、CMT変法は乳房炎の簡易検査として有用であることが確認されました。

牛乳房炎検査におけるCMT変法の再検証について
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