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子牛のマイコプラズマ関節炎とその病態形成メカニズム

掲載日:2020.10.15

酪農学園大学大学院 獣医学研究科 博士課程
獣医衛生学ユニット
 西 航司

はじめに

関節炎とは、書いて字の如く「関節」で「炎症」が発生した状態のことを指します。実際に関節炎を示した子牛を解剖してみると、関節で激しい炎症が認められ、酷いものでは骨にまで炎症が波及しています。これでは痛すぎて歩けなくなるのも無理はありません。子牛が関節炎になった場合、抗生物質などで治療を行うものの、なかなか好転しない症例も多く存在します。その中でも「マイコプラズマ関節炎」は難治性になる症例が多く、有効な対策の確立が求められています。しかしながら、そもそも関節の中でなぜ炎症反応が起こるのか、なぜ難治性を示すのかについては明らかにされていません。本記事では、少しでも皆様の理解につながるよう、マイコプラズマ関節炎を示した子牛の関節内で起きている現象について私の研究データをもとに紹介させていただきます。

1.マイコプラズマ・ボビスとは

マイコプラズマは細菌の一種であり、ウシに感染性を示すものは19種類ほど報告されています(秦ら、2015)。このうち、マイコプラズマ・ボビス(Mycoplasma bovis)は強い症状を引き起こす病原体として知られており、感染したウシは肺炎、乳房炎および関節炎を示します(Gageaら、2006;Maunsellら、2011;Fox、2012)。このマイコプラズマ・ボビスは専用の寒天培地に生やすと「目玉焼き状」のコロニーを形成し(図1A)、菌体の大きさは0.2〜1.0μmと他の細菌(大腸菌や黄色ブドウ球菌)よりも小さいのが特徴です(図1B)。

マイコプラズマ・ボビスによって引き起こされる感染症は抗生物質による治療効果が低く、なかなか治りません。これは、ウシの免疫や抗生物質から逃れる能力に長けていることが理由として考えられています(Bürkiら、2015;Gondairaら、2020)。さらにマイコプラズマ・ボビスの怖いところは、その感染力の強さです。たった100個のマイコプラズマ・ボビスがウシの体内に入り込むだけで感染が成立するため、一頭でも感染した牛がいればあっという間に農場内に広がります。このようにマイコプラズマ・ボビスが引き起こす被害は大きく、効果的な対策の確立が求められています。しかしながら、マイコプラズマ・ボビスが引き起こす病気のメカニズムは不明な点が多く、昨今の重要課題となっています。

2.マイコプラズマ・ボビスが引き起こす関節炎の病態

マイコプラズマ・ボビスは子牛に感染すると重度の関節炎を引き起こします。関節は腫れ上がり、痛みを伴うため体重を乗せることが出来なくなります(これを“跛行はこう”といいます)(図2A)。関節炎が進行すると酷い跛行を示し、最終的には立てなくなります。この重度の関節炎を示した子牛の関節を解剖してみると、関節液の著しい増量が確認され(図2B)、さらに関節炎が進行した子牛では、骨(軟骨)がえぐれたように破壊されています(図2C)。ここまで病態が進行すると簡単には治らないため、治療を諦めて淘汰とうたしてしまう症例も少なくありません。マイコプラズマ関節炎が進行する前に対策を行うことが重要となりますが、なぜこのような病態を示すのかは明らかにされていません。

ヒトの関節リウマチでも病態が進行すると軟骨の破壊が確認されています(MclnnesとSchett、2011)。関節リウマチは「自己免疫疾患」と呼ばれ、自分の免疫反応が過剰に働くことで関節組織を傷つけてしまう病気です。この軟骨の破壊に関わっているのも、関節で自ら産生した物質です。その物質の一つにマトリックスメタロプロテアーゼ-3(MMP-3)という酵素があります(Tuncerら、2019)。

3.軟骨分解を引き起こす酵素「MMP-3」の検出

MMP-3は前駆体(活性化前)の状態で産生されます。活性化したMMP-3は軟骨成分を分解するため、過剰に産生されると関節軟骨を破壊します。当研究室の研究結果では、マイコプラズマ関節炎を示した子牛の関節液から高レベルのMMP-3が検出され、その量は健康な子牛よりも高い値を示しました(図3)。ヒトの関節リウマチでも、過剰なMMP-3が産生されることで軟骨の破壊を引き起こすことが報告されており(Tuncerら、2019)、この酵素活性を制御することが関節炎の進行を阻止する「鍵」であると考えられています。マイコプラズマ関節炎でも、このMMP-3が軟骨の破壊に関係している可能性が考えられます。では、このMMP-3の産生元はどこになるのでしょうか?

4.関節の免疫を担当する滑膜細胞

関節は外部からの接触が断たれた閉鎖空間です。この空間内における免疫応答は、関節を内張りしている「滑膜細胞」という細胞が担当しています(図4)。滑膜細胞は免疫応答の他に、関節への栄養供給や潤滑作用のあるヒアルロン酸の産生など、関節の機能維持に重要な働きをしています。

近年の研究では、滑膜細胞は刺激に対して過剰に反応しやすく、それが関節炎の病態形成に関与していることがわかってきました(BartokとFiresten、2010)。当研究室の研究成果においても、滑膜細胞にマイコプラズマ・ボビスを感染させると、炎症反応を誘導する遺伝子が数千倍まで増幅されました(Nishiら、2019)。さらに、この滑膜細胞は前項で説明してきた「MMP-3」の産生能を有していることもわかりました(Nishiら、2020)。

5.マイコプラズマ・ボビスの刺激による滑膜細胞のMMP-3産生

滑膜細胞にマイコプラズマ・ボビスを感染させ3日間培養し、MMP-3遺伝子の発現量とタンパク質の産生量を測定しました。何も刺激していないコントロールと比べると、マイコプラズマ・ボビスで刺激した細胞のMMP-3遺伝子発現量は10倍以上に増幅しました(図5A)。さらに興味深いことに、マイコプラズマ・ボビスの刺激よりも、「白血球セクレトーム」で刺激された滑膜細胞の方がMMP-3の遺伝子が高く増加し、それはタンパク質の産生量も同様の結果を示しました(図5B)。

「白血球セクレトーム」とは、白血球にマイコプラズマ・ボビスを感染させ1日培養したのちに、その細胞の培養液だけを回収したものです。つまり、マイコプラズマ・ボビスで刺激され、白血球から分泌された物質を含んだ培養液のことです。これを滑膜細胞に添加することで、白血球から分泌された物質が滑膜細胞のMMP-3産生能力に及ぼす影響を評価することができます。関節には滑膜細胞の他に、白血球が存在します。そこで、白血球セクレトームを滑膜細胞に添加することで、マイコプラズマ・ボビスに感染した際の関節内における滑膜細胞の反応性を再現しました。

図5に示された結果から、白血球セクレトームには滑膜細胞のMMP-3の産生を誘導する物質が含まれていることが推測できます。このことから、マイコプラズマ・ボビスに感染した白血球には、滑膜細胞のMMP-3の産生を促す力を持つことがわかりました。

まとめ

マイコプラズマ関節炎に罹患した子牛において関節軟骨が破壊されるメカニズムをまとめました(図6)。

マイコプラズマ・ボビスが子牛に感染すると関節の中に侵入し、白血球を刺激します。刺激された白血球は軟骨分解酵素であるMMP-3を誘導する物質を産生します。このMMP-3誘導物質が滑膜細胞に作用することでMMP-3が産生され、関節の軟骨が分解され始めます。その状態が長く続いた結果、子牛の関節軟骨は破壊され、痛みにより跛行を示すようになります。このように、マイコプラズマ関節炎の病態は、マイコプラズマ・ボビス、滑膜細胞そして白血球の相互作用によって形成されていることがわかりました。

これまでの研究成果によって、マイコプラズマ関節炎の病態がどのように形成されているのかが明らかになってきました。しかしながら、未だ不明な点は多く、マイコプラズマ関節炎の有効な対策方法を提案するに至っていません。今後さらなる研究によって、マイコプラズマ関節炎で苦しむ子牛を一頭でも少なくできるように励んでいく所存です。

 

<引用文献>
Bartok B. and Firestein G. S. Fibroblast-like synoviocytes: key effector cells in rheumatoid arthritis. Immunol. Rev. 233: 233-255 (2010)
Bürki S., Frey J. and Pilo P. Virulence, persistence and dissemination of Mycoplasma bovis. Vet. Microb. 179: 15-22 (2015)
Fox L. K. Mycoplasma mastitis: causes, transmission, and control. Vet. Clin. North Am. Food Anim. Pract. 28: 225-237 (2012)
Gagea M. I., Bateman K. G., Shanahan R. A., van Dreumel T., McEwen B. J., Carman S., Archambault M. and Caswell J. L. Naturally occurring Mycoplasma bovis-associated pneumonia and polyarthritis in feedlot beef calves. J. Vet. Diagn. Invest. 18: 29-40 (2006)
Gondaira S., Nishi K., Tanaka T., Yamamoto T., Nebu T., Watanabe R., Konnai S., Hayashi T., Kiku Y., Okamoto M., Matsuda K., Koiwa M., Iwano H., Nagahata H. and Higuchi H. Immunosuppression in cows following intramammary infusion of Mycoplasma bovis. Infect. Immun. 88: e00521-19 (2020)
Maunsell F. P., Woolums A. R., Francoz D., Rosenbusch R. F., Step D. L., Wilson D. J. and Janzen E. D. Mycoplasma bovis infections in cattle. J. Vet. Intern. Med. 25: 772-783 (2011)
Mclnnes I. B., and Schett G. The pathogenesis of rheumatoid arthritis. New Engl. J. Med. 365: 2205-2219 (2011)
Nishi K., Gondaira S., Okamoto M., Nebu T., Koiwa M., Ohtsuka H., Murai K., Matsuda K., Fujiki J., Iwano H., Nagahata H. and Higuchi H. Effect of Mycoplasma bovis on expression of inflammatory cytokines and matrix metalloproteinases mRNA in bovine synovial cells. Vet. Immunol. Immunopathol. 216: 109920 (2019)
Nishi K., Gondaira S., Okamoto M., Watanabe R., Hirano Y., Fujiki J., Iwano H. and Higuchi H. Mycoplasma bovis induces matrix metalloproteinase-3 expression in bovine synovial cells via up-regulation of interleukin-1β expression in mononuclear cells. Vet. Immunol. Immunopathol. 227: 110057 (2020)
秦 英司: 牛マイコプラズマ乳房炎, 北海道獣医師会雑誌, 59, 87-92(2015)
Tuncer T., Kaya A., Gulkesen A., Kal A. D., Kaman D. and Akgol G. Matrix metalloproteinase-3 levels in relation to disease activity and radiological progression in rheumatoid arthritis. Adv. Clin. Exp. Med. 28: 665-670 (2019)

 

 

※西さんの研究の様子が、ホクレンPR誌「GREEN」に掲載されています。ぜひこちらもご覧ください。
https://www.rakuno.ac.jp/archives/8472.html(ホクレンPR誌「GREEN」WEB版で、本学大学院3年生の西航司さんが紹介されました。)

 

子牛のマイコプラズマ関節炎とその病態形成メカニズム
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