ホルスタイン種新生子牛における初乳摂取後の経過時間による血清IgG濃度変化について
掲載日:2022.03.30
農食環境学群 循環農学類
畜産衛生学研究室 岸田 美月(2022年3月卒業)
はじめに
出生直後の新生子牛は病原体に対する免疫を保有しておらず、初乳に含まれる免疫グロブリン(IgG)などを腸管で吸収することによって、初めて免疫抵抗性を獲得します。初乳中の抗体などの免疫成分は、出生直後が最も腸管から吸収されやすく、その後、時間経過とともに減退し、出生24~36時間後にはほぼ完全に失われます。そのため、新生子牛に免疫機能を効果的に付与するためには、良質な初乳を分娩後24時間以内に給与することが重要です。
子牛に安定したIgGを供給するためには、初乳中のIgG濃度が高い必要があります。IgG濃度と糖度計(屈折計)数値(Brix値)の間には相関関係があり、Brix値が18.7%以上で初乳中IgG濃度が50 mg/mlとなることが確認されています。良質な初乳摂取が不十分であると、受動免疫移行不全(FPT:Failure of Passive Transfer)が起こります。初乳摂取24~48時間後の血清中IgG濃度が10 mg/mlに満たない子牛はFPTと定義され、疾病罹患率と死亡率が増加することが知られています。
新生子牛における血中IgG濃度は、初乳摂取後1時間から24時間にかけて増加し、その後減少することが分かっています。しかしながら、酪農生産現場では分娩時間がさまざまであることや予定日とは異なる日に分娩が行われることもあることから、必ずしも分娩直後に初乳を新生子牛に与えられるとは限りません。また、新生子牛に対する分娩後の衛生管理は、IgGの獲得状況から非常に重要ですが、その時期に新生子牛を集中的に管理することは飼育者にとっても負担となることが考えられます。それらのことから、初乳摂取後24時間以内の経時的なIgG獲得状況の把握は、新生子牛を管理する上で有用と考えられます。本研究では、新生子牛が初乳摂取によってIgGを獲得することを事前に確認し、その後、初乳摂取後の経過時間による血清IgG濃度変化を調査することとしました。事前調査の結果、初乳摂取前の新生子牛と初乳摂取した5日齢子牛では、それぞれ血清IgG濃度は0±0 mg/mlと17.2±0.9 mg/mlであり、子牛は初乳摂取によって初めてIgGを獲得することが確認されました。
この結果を踏まえ、本研究では新生子牛の初乳摂取後の血清IgG濃度やそのほかの血液成分の経時的変化の調査から、子牛を病原体から守るために重点的な衛生管理が必要な時間を明らかにすることを目的としました。
材料および方法
1.供試牛
酪農学園フィールド教育研究センター酪農生産ステーションフリーストール牛舎の新生子牛5頭を用いました。新生子牛には出生後2時間以内に母牛の初乳を給与しました。
新生子牛の出生時体重は41.4±4.9 kgでした。母牛の年齢、産歴、初乳Brix値の平均は、それぞれ3.1±1.2歳、2.0±1.1産、28.8±3.0%でした。
2.試験内容
子牛の頸静脈より採血を行い、血清分離剤入り真空採血管に分注しました。採血は、初乳摂取前(0時間)および初乳摂取後1、3、6または12、24、72、96および120時間に行いました。得られた血液は、3,000回転、15分間の遠心分離処理を行い、血清を分離しました。
3.調査項目
血液検査において以下2項目を調査しました。
(1)血清中のIgG濃度(一元放射免疫拡散法、三丸化学株式会社)
(2)血清総タンパク(TP)濃度(屈折計)
4.統計処理
血清IgG濃度および総タンパク濃度の経時的変化の比較は、多重比較検定を用いました。
結果
1.血清IgG濃度
図1に血清IgG濃度の推移を示しました。血清IgG濃度は初乳摂取前より初乳摂取後3、6、12、24、48、72、96および120時間で有意に高くなりました(p<0.01)。また、初乳摂取後1時間より初乳摂取後3、6、12、24、48、72、96および120時間で有意に高くなりました(p<0.01)。
表1に個体別血清IgG濃度、表2に初乳摂取後24時間の血清IgG濃度を100%とした時の割合、表3に母牛の初乳Brix値を示しました。初乳摂取後24時間の血清IgG濃度を100%とした時の割合において、初乳摂取後3時間の平均は50.95%でしたが、供試牛No.1では89.83%、供試牛No. 2では25.41%と、獲得スピードに個体差がありました。また、IgGの獲得スピードは、母牛の初乳Brix値に影響は受けていませんでした。
2.血清TP濃度
図2に血清TP濃度の推移を示しました。血清TPは初乳摂取前より初乳摂取後12、24、48、72、96および120時間で有意に高くなりました(p<0.01)。また、初乳摂取後1時間より初乳摂取後12、24、48、72、96および120時間で有意に高くなりました(p<0.01)。
図3に血清TP濃度と血清IgG濃度の相関を示しました。血清IgGとTPの相関はR2が0.9463、相関係数が0.972794で強い正の相関がありました。
まとめ
初乳摂取によって、血清IgG濃度は劇的に上昇しました。子牛の腸管からの初乳免疫抗体の吸収率は、出生後6時間には出生直後の50%、12時間には12%以下に低下し、24時間には初乳抗体は腸管からほとんど吸収されません。子牛の腸管における初乳免疫抗体の吸収率から考えると、初回の初乳は、生後できるだけ早く給与する方が有効です。
血清IgG濃度の経時的変化を確認してみたところ、初乳摂取24時間後で試験期間5日間までのピーク値となりました。初乳摂取24時間後の血清IgG濃度を100%としたときの経時的血清IgG量の獲得率を算出した結果、供試牛の平均では、初乳摂取6時間後までの血清IgG濃度の獲得率は80%以下でした。このことから、初乳摂取6時間後では新生子牛が免疫抵抗性を持つには血清IgG濃度が不十分だと思われました。次に、初乳摂取24時間後の血清IgG濃度を100%とした割合を個体別にみると、初乳摂取3時間後において供試牛No.1では最も獲得が早く89.83%獲得しており、その一方で、供試牛No.2では最も遅く25.41%しか獲得していませんでした。他の3頭も34.52%、47.50%および48.04%でした。このことから、血清IgGを獲得する早さに個体差が生じることが示されました。この結果に対して、初乳中のIgG濃度が影響を及ぼしていないか確認を行いました。初乳中IgG濃度とBrix値の間には相関関係が認められ、Brix値18.7%以上の初乳給与が良いとされています。今回の結果では、母牛の初乳Brix値に大きな差はなかったことから、血清IgGの獲得スピードの個体差は、初乳Brix値に関連しないと考えられました。
血清TP濃度と血清IgG濃度は強い正の相関がありました。このことから、血清TP濃度を測定することで血清IgG濃度を予測することが可能であるため、屈折計を利用したTP測定は、IgGの簡易判断に役立つと考えられました。
本研究によって、初乳摂取前は血清中にIgGがなく、初乳摂取後から血清IgGが増加することから、“出生後できるだけ早く適切な量の初乳を与えることが重要である”と再確認できました。また、初乳摂取3~6時間後までは血清IgG濃度が免疫抵抗性を持つには不十分と考えられることから、血清IgG濃度のピークを迎える初乳摂取24時間後までは、特に衛生管理を徹底した環境で飼養する必要があると思われました。加えて本研究では、初乳摂取3~6時間後において血清IgGを獲得する早さに個体差が生じることが示されたことから、おおむねどの個体もピークを示す初乳摂取24時間後までは衛生的な環境で飼養することや、個体管理に目を配ることが重要であると考えられました。