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卒業論文

ホルスタイン種乳牛におけるMPT診断支援システムを活用した牛群検診事例

掲載日:2022.04.12

農食環境学群 循環農学類
畜産衛生学研究室
 外﨑 茉夏(2022年3月卒業)

はじめに

乳牛は飼料を摂取し、その栄養分を消化・吸収します。吸収された栄養分は、全身の組織などに蓄えられ、それらの栄養分は自身の成長や生存、胎児の発育、泌乳に利用されます。この栄養分の消化吸収、蓄積、そして妊娠・乳生産への利用の過程が“代謝”です。採食による栄養分の流入と、妊娠や乳生産による栄養分の流出のバランスが不均衡になることにより、以下の生産病が生じていると考えられています。

1.代謝障害…ルーメンアシドーシス、肝機能障害、第四胃変位、低カルシウム血症など
2.繁殖障害…卵胞発育障害、卵巣嚢腫のうしゅ、鈍性発情、排卵障害、子宮内膜炎、胚の早期死滅、着床障害など
3.運動器病…蹄葉炎など蹄病全般
4.泌乳障害…臨床型乳房炎、潜在性乳房炎など慢性乳房炎

酪農生産現場では、乳房炎、繁殖障害ならびに蹄病が3大生産病として問題となっています。乳房炎は、病原微生物による乳房内感染が原因で発症する疾患で、日本全体での損失額は年間1,000億円と推定されています。低受胎は、泌乳量の増加による負のエネルギーバランスなどの栄養学的な問題が原因で、分娩間隔の延長や繁殖障害による淘汰とうた率の上昇を招くもので、乳房炎と並び酪農経営における大きな損失となっています。また、乳牛の跛行はこうの80~90%は蹄病が原因とされており、跛行の発生率は年間で7~100%あるいは2~200%とされていることから、蹄病が酪農家に及ぼす牛群管理上の不便と経済的損失は甚大なものと考えられています。このように、生産病は酪農経営に大きな損失を与えているため、牛群管理を行う上でその予防が求められています。

生産病の原因を探る手段として“代謝プロファイルテスト(MPT:Metabolic Profile Test)”があります。この診断手法は、血液検査、乳検情報、ボディコンディションスコア(BCS:Body Condition Score)を用い、生産病に陥る前の代謝異常を検出することで生産病の原因を探ることが可能です。日本では“乳牛の牛群検診”として普及しており、牛群の健康状態を客観的に把握し、飼養管理の改善を図ることで繁殖性の改善や生産病を予防するツールとして全国で活用されています。また、近年では疾病による子牛の損耗低減、肉用牛のMPTを利用した繁殖性向上、飼養管理などの事例が見られています。このようにさまざまなところで活用されているMPTですが、検診を行うにあたり基準値を設定することや得られた数値を異常値と判断することは、専門的な知識が必要であるため容易ではありません。そのため、関東化学株式会社では、「MPTのシステム」と「診断支援のためのアルゴリズム」を発展させ、MPT診断支援システムを開発しました。これは、MPTによって得られた多数のデータをグラフ化するものであり、MPTデータが基準値から逸脱している牛を容易に見付け出すことができます。また、複数の逸脱値を組み合わせることによって、想定される疾病の判定や具体的な診断レポートを表示することも可能です。このシステムは、獣医師だけでなく酪農家など誰もが利用可能であるため、牛群管理や疾病管理に役立つことが期待されています。

本研究では、MPTの検査結果を迅速かつ自動的に判定することのできるMPT診断支援システムを利用して牛群検診を行い、そのシステム利用の簡便性を検証するとともに、判定結果から容易に牛群の状態を把握することが可能か調査しました。

材料および方法

1.供試牛
酪農学園フィールド教育研究センター酪農生産ステーションフリーストール牛舎で飼養されているホルスタイン種乳牛を供試しました。臨床上健康と思われる牛を、1回目および2回目の検診時に各乳期5頭前後選出し、調査対象牛としました。
乳期は五つの区分に分け、分娩から分娩後49日までを「泌乳初期」、分娩後50日から分娩後109日までを「泌乳最盛期」、分娩後110日から分娩後219日までを「泌乳中期」、分娩後220日から乾乳開始までを「泌乳後期」、乾乳開始から分娩までを「乾乳期」としました(表)。
検診1回目は、泌乳初期5頭、泌乳最盛期6頭、泌乳中期5頭、泌乳後期8頭、乾乳期5頭の計29頭、検診2回目は、泌乳初期6頭、泌乳最盛期4頭、泌乳中期5頭、泌乳後期5頭、乾乳期5頭の計25頭をそれぞれ対象牛としました。

2.検診実施日
本研究における検診を2回行いました。1回目の検診は2020年7月20日、2回目の検診は2020年11月16日に実施しました。

3.使用検診ソフト
Excel(Microsoft)と検診機能を内蔵した『MPT診断支援システム 乳牛用』(関東化学株式会社、以下検診ソフト)と検診ソフトに付属している対象牛情報入力ツール(牛マスタ)を用いました。

4.採材方法
対象牛に対して採血とBCSの測定を行いました。採血は尾静脈から行い、BCSは目視および触診で脂肪の付き方を確認し、2.50から3.25の間で評価をしました。

5.調査項目
乳検情報より生年月日、産次、分娩日、乾乳日、乳量、乳脂率、タンパク質率、無脂固形分率の8項目とBCS、血液検査より血糖(Glu)、総コレステロール(T-Cho)、遊離脂肪酸(NEFA)、β-ヒドロキシ酪酸(BHBA)、尿素窒素(BUN)、総タンパク(TP)、アルブミン(Alb)、グロブリン(Glb)、ヘマトクリット(Ht)、カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)、γ-グルタミルトランスフェラーゼ(GGT)の13項目を調査しました。

結果

1.調査項目の牛マスタおよび検診ソフトへの入力
検診ソフトをパソコンにインストールし、以下の操作を行いました。
検診ソフト付属ツールの牛マスタ(図1)に対象牛の耳標番号と乳検情報から、各個体の生年月日、産次、分娩日、乾乳日を入力しました。
検診ソフト(図2)に血液検査およびBCSの結果と乳検情報から乳量、乳脂率、タンパク質率および無脂固形分率を入力しました。

2.検診結果
調査項目の血液検査データは、検査機関送付後3日で回答が得られました。得られた血液検査などのデータを検診ソフトに入力し、すぐに判定結果が確認できました。
血液検査・BCS・乳検情報の診断結果(図3)には青線で正常範囲が示され、異常値の判定を容易に行うことができました。本研究による供試牛の血液性状などの状態分布も容易に確認できました。一方、乳期・個体別検診結果(図4)では、各個体の健康状態が検診コメントとして表記されました。
乳期・個体別検診結果のコメントを乳期別に分け、合計コメント数が多い順に並べたものをグラフ化してみると(図5、図6)、1回目の検診では全乳期で「慢性的なタンパク不足」が一番多く、次に「カビ飼料摂取」が多い結果となりました。また、泌乳最盛期、泌乳中期、泌乳後期で「慢性、回復期の肝機能障害」が多い結果となりました。2回目の検診では、全乳期で「慢性的なタンパク不足」が一番多く、次に泌乳初期、泌乳最盛期、泌乳中期、泌乳後期で「現在タンパク不足の状態である」との結果が得られました。また、全乳期で「慢性、回復期の肝機能障害」「カビ飼料摂取」が多い結果となりました。

まとめ

本研究では、MPT診断支援システムを用いて牛群検診を行い、容易に結果が得られるかを検証しました。MPTの検診結果は採血後3日で得られ、血液検査などのデータを入力終了後すぐに確認できたことから、専門知識がなくとも牛群検診の結果を容易・迅速に把握可能であると考えられました。

検診ソフトによって、血液検査・BCS・乳検情報による牛群全体の健康状態や乳期別の牛群健康状態の傾向が容易に確認できることから、本ソフトは牛群の飼養管理改善に役立つと考えられました。また、個体・泌乳期別の牛群健康状態を早期に把握することが可能であり、飼養管理の改善により牛群の健康を維持し、生産性の低下を抑制することが期待できました。

以上の結果から、MPT診断支援システムで牛群検診を行うことで、誰でも容易にMPTの判定結果が得られることが示唆されました。また、検診ソフトの利用は牛群全体の健康状態を容易に把握することを可能にし、牛群管理支援に有用であることが示されました。

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