北海道の公共牧場における牛消化管内寄生虫の感染状況と駆虫対策の実態
掲載日:2018.06.12
農食環境学群 循環農学類
家畜衛生学研究室(2017年3月卒業) 北野 菜奈
はじめに
消化管内寄生虫の中で代表的な線虫とコクシジウムについて研究をしました。消化管内線虫は、動物(宿主)の消化管に寄生し、養分を横取りする病原体です。消化管内線虫によって生じる被害は宿主の食欲の減退です。
乳用牛の育成期は体重や体高が急激に増加し、生涯の生産性を左右する重要な時期であることから、乳用牛の放牧衛生において消化管内線虫感染の防除が課題として考えられています。過去の調査で消化管内線虫は全国的に感染が認められており、その対策として駆虫薬による消化管内線虫防除が各地で実施されています。消化管内線虫駆虫により、線虫卵数の減少、日増体量の増加、さらには受胎率の向上および初回授精月齢の短縮により、経済的有益性が示されています。経済的有益性が示されたことで、各地で駆虫薬投与による線虫コントロールが推奨されてきました。しかし近年、各地の公共牧場で消化管内線虫の感染調査を行った報告はなく、放牧育成牛の感染状況は不明です。また、プアオン式(動物の局所や背中の上に投与できる薬剤)の駆虫薬の使用が開始されてから20年以上が経過し、現在では多種類の駆虫薬が流通していますが、実際に使用されている駆虫薬の種類について調査した報告はなく、北海道の公共牧場で行われている牧野衛生対策の実態については分かっていません。また、コクシジウム感染は育成牛の放牧衛生において臨床症状を示すことが少なく、あまり重要視されていないため対策も積極的に実施されず、感染状況も把握されていないのが現状です。
そこで本研究では、北海道の公共牧場における消化管内寄生虫の感染状況および放牧衛生の実態を明らかにするため、消化管内寄生虫の感染状況と駆虫プログラムのアンケート調査を行いました。
材料および方法
(1)調査対象牛
対象牛は、北海道の公共牧場から33牧場を選出し、各牧場から抽出した育成雌牛10頭、合計330頭(14.1±2.3カ月齢)としました。
(2)糞便検査
駆虫実施1カ月以上経過した対象牛の直腸便を用い、1g当たりの消化管内線虫卵数(EPG値)とコクシジウムオーシスト数(OPG値)を測定しました。また、糞便中に1個でも虫卵が認められたものを陽性としました。
(3)牧場の規模による糞便中のEPG値の比較
放牧において1群管理が可能な200頭を基準に、放牧頭数が200頭以上の牧場を大規模牧場、200頭未満の牧場を小規模牧場としてEPG値の比較を実施しました。
(4)駆虫プログラムについてのアンケート調査
①現在実施の駆虫プログラム、②現在使用している駆虫薬、③現在までの駆虫薬の使用期間、④夏季放牧頭数の4つの設問に答えて頂きました。
結果
(1)北海道内の放牧育成牛の糞便中の線虫卵・コクシジウムオーシストの陽性率
全体の線虫卵陽性率は94.8%で非常に高率であり、いろいろな種類の線虫卵やコクシジウムに混合感染している個体が見られました(表1)。
地域別では、道央が84.0%と低く、道北・道南・十勝・オホーツク・根釧において陽性率は95%を上回りました。全体のコクシジウムの陽性率は99.7%と非常に高率で、道央以外の地域においては100%でした。
(2)北海道内の調査牧場における地域別のEPG値とOPG値
EPG値は道央がその他の地域と比較して、有意に低くなりました。また、道北は道南以外の地域と比較して有意に高く、道南は道北以外のその他の地域と比較して有意に高い値を示しました。
(3)牧場の規模によるEPG値の比較
大規模牧場と比較し、小規模牧場EPG値は有意に低い値を示しました(図1)。
(4)駆虫プログラムの実態
「入牧・夏季・退牧」に3回駆虫を行っている牧場が49%で最も多数を占めました。次いで「毎月」の5回、「入牧・夏季」に2回駆虫を行う牧場が共に12%でした。また、1牧場においては消化管内線虫駆虫を実施しておらず、調査牧場の中でEPG値の平均が301.6±266.4と最も高い値を示しました(表2)。
現在、北海道では6種類の駆虫薬を使用しており、A薬からE薬はイベルメクチン製剤で91%でした(表3)。20年以上駆虫を行っている牧場が33%で最も多く、10年未満の牧場が18%でした。また、76%の牧場が10年以上継続的に駆虫を行っていました(表4)。
まとめ
消化管内線虫の陽性率は94.8%と非常に高率であり、この値は過去の陽性率と変化がなく、過去と同様に北海道全域に感染が広がっていることが明らかになりました。
EPG値は道北と道南で高い値を示しました。また、消化管内線虫とコクシジウムの混合感染が多くの検体で認められました。大規模牧場より小規模牧場で有意に線虫卵数が低い値を示したことから、大規模牧場は線虫コントロールが困難であることが推察されました。
駆虫プログラムは、「入牧・夏季・退牧」に3回駆虫が最も多く、使用している駆虫薬は6種類であり、その内91%の牧場がイベルメクチン製剤を選択していました。
駆虫を10年以上行っている牧場は76%で、北海道の公共牧場において継続的に駆虫が組み込まれていることが明らかになりました。また、消化管内線虫に対する駆虫を実施していない牧場で線虫卵数の平均値が最も高い値を示したことから、駆虫薬投与による駆虫対策は有効であると示唆されました。
本研究によって、多くの牧場がこれまで推奨されてきた駆虫プログラムを長時間継続的に実施していることが明らかになりましたが、消化管内線虫の陽性率は高く、過去の調査と変化がありませんでした。このことから、地域や規模を考慮し、モニタリングと合わせて適切な駆虫プログラムを再考する必要があると考えられました。
現在、世界では薬剤に頼らず家畜を飼育することや、食の安全が求められています。駆虫薬を育成牛に投与する際は過剰投与を避け、効果が得られる最低量を適切な時期に用い、育成牛を健康に飼養することが重要です。