世界の乳文化図鑑② ラクダ乳の利用
掲載日:2019.12.17
酪農学園大学 農食環境学群 食と健康学類
教授 石井 智美
フタコブラクダは少数派
ラクダというと、日本で暮らすわれわれはフタコブラクダを連想しますが、フタコブラクダは世界で飼われているラクダの中では少数派で、9割がヒトコブラクダです。フタコブラクダより体高が低いヒトコブラクダは、アフリカからアラビア半島、中央アジアに至る広い乾燥地域で飼われてきました。われわれになじみの深いフタコブラクダは中国、モンゴル以外ではカザフスタン周辺で飼育されている程度ですが、野生のフタコブラクダも少数ながら生息しています。カザフスタンは、ヒトコブラクダとフタコブラクダが混在して飼われている特異な地域です。
飲用効果に関心高まる
砂漠で暮らす遊牧民は「ラクダがいたからわれわれは生きてこられた」と言います。脂肪分が高く、栄養が豊富なラクダ乳は、肉とともに貴重な食料でした。
国際連合食糧農業機関(FAO)のデータによると、ソマリア、チャド、ジブチ、マリ、イエメンといった国々ではラクダ乳を飲用し、“乳”といえば牛ではなくラクダの乳なのです。
エチオピアのラクダ乳は、町へ運ばれる途中に乳酸発酵して発酵乳になります。冷房設備が未整備な地域で、乳を腐敗から守る“発酵乳”の味に親しみ好んできたことは、とても合理的ですね。
モンゴルではフタコブラクダを搾乳していますが、ラクダ乳を直接飲むことはありませんでした。しかし近年「ラクダ乳の飲用は内臓疾患に効果がある」として関心が高まり、ゴビ地方の鉄道沿線で暮らす遊牧民の間では、ラクダ乳を都市へ出荷し現金を得ることが試みられています。
製造地限定の飲料
ゴビ地方の伝統的な乳加工では、1日2回の搾乳で得たラクダ乳を専用の発酵容器に入れて発酵乳とし、酸味の強いチーズ(アロール)を作ってきました。時には体に良い野草を加えてアロールを作ることもあります。モンゴル遊牧民の乳加工は、廃棄される乳由来の成分が皆無なことが特徴です。
こうした乳製品作りが夏季の間、休むことなく続き、1日のエネルギー摂取量に占める自家製乳製品の割合が高くなります。モンゴルでは、夏季に新鮮な乳製品を食べることを「冬季の肉食で赤くなったお腹の中を白くする」と表現します。乳製品によって腸管を洗濯しているわけですね。
この乳製品ざんまいの食に、ラクダの生乳を微生物によって発酵させたどぶろく状の乳酒(ホルモグ)の飲用が加わります。遊牧民は動物性食品の乳から酒をも作り出してきたのです。ホルモグのアルコール度数は2~3%と低く、強い酸味と濃厚な味わいがあり、エネルギー量は100mL当たり約70kcalです。ゴビ地方に暮らす遊牧民の成人男性は、夏季にホルモグを1日1~2Lほど飲んでいます。その飲用には「健康に良い」「胃腸の調子を整える」「風邪をひかない」などの伝承がありますが、地域限定の飲み物であるが故に、他の地域では飲んだ経験がない人が多いのです。
カザフスタンではヒトコブラクダが搾乳の対象で、その乳から「シュバット」と呼ばれるホルモグと同様の性状のラクダ乳酒を作ってきました。やはり、製造地限定の飲料です。ラクダ乳酒は希少性とその飲用効果から、今後注目される気がします。「飲むためには製造地を訪れなければならない」という飲料がいまだに存在することは、今日ではとても貴重なのではないでしょうか。