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食品

世界の乳文化図鑑⑨ 中華料理における乳・乳製品

掲載日:2020.07.13

酪農学園大学 農食環境学群 食と健康学類
教授 石井 智美

アジア各国の料理に影響

世界3大料理といえば、フランス料理、中華料理、トルコ料理が挙げられます。いずれも卓越した食材の利用と料理法があります。
中華料理は身近な麺類から高級料理まで幅が広く、海外で日本食の代わりに中華料理を食べてホッとしたという経験をお持ちの方も多いことでしょう。最近では、各種少量の蒸籠せいろに入った料理をお茶とともに楽しむ飲茶やむちゃが、多彩な冷凍食品の登場によって盛んになってきました。
今日、中国に近いアジア各国にはベトナム料理、カンボジア料理、タイ料理などの伝統料理がありますが、煮る、蒸す、焼く、揚げるといった料理方法と、その味付けにおける中華料理の影響は計り知れません。中国の国土が広がった際に、周辺国の支配階級の料理に中華料理のありようが大きくかかわったのでした。

乳の利用が少ない訳

あらゆる食材を利用するといわれる中華料理ですが、不思議なことに利用されることが少ない食材があります。それは何と乳・乳製品です。これは中華料理の特徴ともなっています。中国は国土が広いこともあって食材が豊富で、乾燥アワビを戻して生よりもおいしく食べるなど、美食のために手間をかけることを惜しみません。隣には“乳と肉”を主な食料にしてきた遊牧民が暮らしていたのですが、バターなどの動物性油脂、乳、チーズなどを利用する方向には進みませんでした。
思うに、かつて中国古代王朝が“匈奴きょうど”という文字を当てた遊牧民は農耕を行わず、草原の草生えが悪く、家畜が増えなかった場合、農耕民の作物を収奪するなど両者が緊張状態にあったことも関わっていたのかもしれません。
近世、遊牧系の少数民族である女真じょしん族が覇権を握り清朝を建て、乾隆帝の頃には“眠らぬ獅子”と冠される空前の大帝国になりました。文化人類学では「支配者の諸習慣(食事など)は被支配国へと降りていく」とされていますが、女真族は弁髪の習慣を被支配者である漢民族に強制していたものの、その食である中華料理は受け入れたのでした。
今日でも乳製品を使った中華料理で目にするのは白菜のクリーム煮くらいです。牛乳にとろみをつけるためにかたくり粉が用いられ、中華料理の手法で作られています。デザートの定番である杏仁豆腐も、実は日本と中国ではその味を含めてかなり違っています。

歴史や民族的嗜好を反映

そんな訳で、中華料理における乳・乳製品の利用方法に関心を持ち、中国各地を回ってきました。1990年代後半、モンゴル族が多く暮らしている中国内蒙古もうこ自治区赤峰市でのことです。宴席のコース料理の揚げ物に、クリームチーズのような食感の乳製品を芯にしてさっくりとした衣をつけて揚げ、写真のように上からさとうをかけた熱々の料理が供されました。中の乳製品が程よく溶けた、これまでの中華料理にはない味わいだったことを覚えています。料理長のオリジナル料理とのことでしたが、乳に長い間親しんできたモンゴル族が暮らす内蒙古自治区ならではの一品でした。このように一皿の料理にも、歴史や民族的な 嗜好しこうが反映されているのが“食のすごさ”だといえましょう。
グローバル化が進む中で、中華料理においても変わる部分と変わらない部分があるとは思いますが、これから乳・乳製品を用いたどのような中華料理に出合えるのか、楽しみです。

世界の乳文化図鑑⑨ 中華料理における乳・乳製品

中に乳製品が入った宴席での揚げ物料理(中国内蒙古自治区赤峰市)

世界の乳文化図鑑⑨ 中華料理における乳・乳製品

中国内蒙古自治区に暮らすモンゴル族のパオを訪問

世界の乳文化図鑑⑨ 中華料理における乳・乳製品

自家製乳製品を加工する女性(中国内蒙古自治区)