世界の乳文化図鑑⑮ 民族料理の隠し味はチーズ
掲載日:2021.01.08
酪農学園大学 農食環境学群 食と健康学類
教授 石井 智美
伝統的な味覚の再発見
新年おめでとうございます。今年が皆さまにとって良い年となりますように…。そして、本年もよろしくご愛読ください。
遊牧民の末裔の国であるカザフスタンは、西端の国境をロシアと接しており、内陸アジアの国の中でも広い国土を有しています。天然資源が豊かで経済成長が著しいですが、畜産業も盛んです。長い歴史を持っているラクダ飼育も1980年以降、それまでのフタコブラクダから、トルクメニスタンから連れて来た(もちろん徒歩で)ヒトコブラクダへと変わりました。
しかし、近年は健康志向の高まりから、ラクダの乳酒「シュバット」をはじめとした伝統的な乳製品へ回帰する動きが起きています。こうした長い時の中で築かれてきた「伝統的な味覚の再発見」は、近年の“食”において世界的な流れとなりそうな気がします。
パンにはチーズ
カザフスタンでは、レストランで料理を頼むと必ず、たっぷりのパンが付いてきます。その形状はピロシキを思わせるものから、中が空洞の薄い板状のものまで多彩で、小麦とのかかわりが深い中央アジアならではといえましょう。
興味深いことに、パンにバターが付いてくることはほとんどありません。その代わりでしょうか、丸型のパンの中には、写真1のように丸く白い塩味のチーズ「クルト」が入っています。とてもしゃれていると思いませんか。もちろん、皆さんしっかりとクルトも分けあって召し上がっています。
スーパーマーケットの店頭には乳製品が豊富に並んでいますが(写真2)、残念ながら西洋式の名称の輸入チーズばかりです。国産メーカーのものは非常に少ないとのことでした。特にドイツ製のチーズが種類も量も共に多く、カザフスタンはドイツと結びつきが強いことがそのまま反映されているようです。
羊肉入りの赤いスープ
カザフスタンの料理は、近隣のウズベキスタンやトルクメニスタンとほとんど同じですが、アルマータなどの都市では積極的に近隣国の名を冠した民族料理店が増えてきています。かつて草原を騎馬で自在に行きかっていた人々の末裔だけに、乳や肉への嗜好性が高く、肉では羊が一番おいしく(特に脂身)、乳や乳製品は酸っぱい味を好みます。
ウズベキスタン料理店で頼んだ羊肉入りの赤い色のスープは、香辛料が効いていてとてもおいしかったのですが、日本で再現するには難しい味でした。外見はハンガリーの「グヤーシュ」(パプリカ入りのシチュー)に似ていましたが、食べてみなければ味はわからないもので、本当に癖になってしまいそうな魅力的な味わいでした。特に酸っぱいクリーム状のチーズを加えることで、うま味が一層付与されていました。ユーラシア大陸の国々では、チーズを単独で食べるだけでなく、料理の中にも使っているのです。
さて、今年はどんな新しい味の乳や乳製品に出合えるのか、ワクワクしています。