酪農と聖書② 聖書において最も重要な動物は“牛”
掲載日:2018.12.05
酪農学園大学獣医学群
獣医学類(獣医倫理学)准教授
髙橋 優子
酪農学園大学には『酪農讃歌』という重要な場面で必ず歌われる“讃歌”がある。本学黒澤記念講堂の前には「歌碑」もある。日本のキリスト教史において最も有名な人物の1人である賀川豊彦氏が1952(昭和27)年に来道した際、酪農学園創立者・黒澤酉蔵翁の要請に応じて歌詞を作り、息子の賀川純基氏が作曲したものである。学校礼拝で学生たちに歌われることもあれば、また大学関係者の集まり(式典や同窓会など)では、最後にみんなで肩を組んで熱唱される歌でもある。数年前、筆者は100人以上の会合で一つの大きな円を作ってこの曲を大合唱する場に居合わせ、とても心を打たれたものである。
酪農に携わる若者たちを鼓舞する内容の歌詞は非常に意味深いが、“さび”の部分に出てくる「乳房もつ神 我とともなり」というフレーズは少し解釈が難しく、学生からよく質問を受ける。たいていは「『乳房もつ神』というのは『牛』のことですか?」という質問である。聖書では被造物を神と呼ぶことは決してないので、これは牛のことでないのは明らかなのであるが、それではこの言葉はどういう意味なのかが問題となる。作曲者の純基氏は「聖書によく出てくる『乳と蜜の流れる地』という表現に関係するのではないか」と示唆している。しかし、それだけではないのではないかと思われる。
旧約聖書において“神の名”はいろいろあり、“主”と訳される「ヤハウェ」のほか、“神”と訳される「エロヒーム」や「エル・シャダイ」などもある。ヘブライ語で“乳房”は「シャダ」という発音であるため、「エル・シャダイ」が“乳房の神”という意味だと考えられた時期もあった。現在、この説は否定されているが、豊彦氏はこれを念頭に置いて作詞したのかもしれない。とはいえ、「エル・シャダイ=乳房の神」説が否定されたからといって、この歌詞まで否定する必要はない。なぜなら聖書の神には性がなく、男性性が目立つとはいえ、女性性もまた備わっているからである。イザヤ書60章16節には「あなたは国々の乳に養われ 王たちを養う乳房に養われる。 こうしてあなたは知るようになる 主なるわたしはあなたを救い、あなたを購う者 ヤコブの力ある者であることを」という言葉がある。これは将来の救いについて語っている箇所であるが、「神の乳房が国々や王たちを養う」と解釈することもできるのである。つまり、豊彦氏の神のイメージは「当たらずといえども遠からず」といえよう。
聖書において最も重要な動物は間違いなく牛である。そして“約束の地”は「乳と蜜の流れる地」である。この場合の“乳”は当然牛の乳であり、その牛を与えてくださる神を「乳房もつ神」とイメージすることはむしろ適切である。
今後もこの曲は、酪農学園大学の学生や関係者の間で歌い継がれてゆくことであろう。大学にとっても、酪農を志す人々にとっても、心を強めるいい歌詞を持つ『酪農讃歌』を大切にしてゆくべきであると考える。