世界の乳文化図鑑⑫ キルギスにおけるチーズの活用方法
掲載日:2020.10.13
酪農学園大学 農食環境学群 食と健康学類
教授 石井 智美
離れた地域で同じ乳製品
私たちにとって世界地図とは、真ん中に太平洋が広がっているイメージですが、これは自国を中心に描いているためです。世界各国の地図も当然のごとく自国が中央になるように描かれており、故に地図によっては日本が端に描かれていることもあります。
そんな空間的な世界認識の中で、キルギスは広大なユーラシア大陸の最深部に位置し、かつてはキルギスタンと呼ばれていました。この語尾に“タン”が付く国名といえば、アフガニスタン、カザフスタン、トルクメニスタンといった国々がありますね。これは遊牧民の末裔によって建国されたことを示しているのです。これらの国が版図とする広大な地域は、つい少し前まで国境という近代国家の線引きによる意識を持たずに往来がなされていました。そのため、無数の交流の過程で同じ乳製品が作られ、今日もはるか離れた地域の食卓で供されているのです。
豊かな食
キルギスの首都ビシュケクから天山山脈へ向けて車で1時間ほど走ると、道の両側に清らかな水流が確認できます。こうした無数の流れが、時には地中に隠れてカレーズ(地下水路)となることもあります。すべては天山山脈の氷河が溶け出たものなので冷たく、豊富な水量を誇っています。このように水に恵まれたことにより、高地ながらも豊かな草が生え、家畜を飼う遊牧が可能になったのです。今日では、リンゴ、アンズ、ブドウ、スイカなどの栽培も盛んです。
ビシュケク郊外の牧民家で“午後のお茶”に招かれたときのことです。大きな食卓にはさまざまな果物をはじめ、パン、クッキー、チョコレートなどが所狭しと並べられていました。夫人からはロシア式のジャム入り紅茶とともに、薄い丸型のパンとそれに付ける自家製バターとジャムを勧められ、「干しブドウ、アンズなどのドライフルーツはぜひ、発酵乳もしくは自家製チーズと合わせて食べるように…」とアドバイスを受けました。「こうした組み合わせで食べることにより、異なった食感、味わいを同時に楽しんできた」とのことです。紅茶を含めてすべてが国産の食品で“豊かな食”であることを実感しました。
塩のきいた“クルト”
写真1の白いチーズは、中央アジアの日々の食に欠かせない“クルト”と呼ばれているチーズで、牛の乳から作ります。モンゴルにおいて短時間で作られるチーズと全く同じ製造方法でした。このチーズも名称は同じクルトで、隣国のカザフスタンをはじめ、西は中近東に至る広い地域で作られています。特筆すべきは製造過程で、かなりの量の塩が加えられていることです。これを旅行記などでは「暑さで腐らないため」と説明しているのを見かけます。確かに高温下のアラブ地域では腐敗を避ける必要がありますし、塩を加えて乾燥させたクルトが数年も保存可能であるとの話はうなずけます。しかし、キルギスは標高が高いため、加塩には腐敗防止だけでなく、嗜好性といった要素もあるのではないかと思います。
クルトは加塩されていることもあり、キルギスでの1日の消費量は少なく、日本における漬物のような印象でした。そして料理に酸味や塩味がほしいときは、自家製クルトを砕いて利用しています。身近な乳製品の合理的な活用法に驚かされたのでした。