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食品

世界の乳文化図鑑⑯ モンゴル国の最新牛乳事情

掲載日:2021.02.17

酪農学園大学 農食環境学群 食と健康学類
教授 石井 智美

去勢と搾乳

モンゴルは、羊、ヤギ、牛、馬、ラクダといった家畜の飼養頭数が、人口の10倍にも及ぶ牧畜が基幹産業の国です。遊牧民は家畜の生殖に自分たちの生活サイクルを合わせ、食料としての乳と肉を確保してきました。遊牧が今日まで続いた理由として“去勢”と“搾乳”といった生活技術に注目する必要があります。“去勢”することで家畜の性質が穏やかになるほか、太って肉が軟らかくなるとともに群れとしての管理も容易になり、種オスの優れた遺伝形質を伝えることにもなりました。

“搾乳”とは子畜用の乳を、その成長を妨げない範囲で人が分けてもらうもので、乳を搾りすぎると子畜は痩せてしまいます。遊牧民は財産である家畜にダメージを与えないように細心の注意を払っています。その兼ね合いを見極めるのは見事なものです。家畜に名前を付けることはありませんが、自家の家畜は特徴を把握しており、すべて瞬時に判別できます。

都市では通年乳不足

モンゴルでは今頃、乳はまだ子畜専用で人が頂くことはできません。食料の蓄えも次第に乏しくなり、乳搾りの開始を心待ちにしています。

このように、草原では季節によって利用できる乳量が変わりますが、都市では通年乳不足の状態なのです。そこには、インフラ、乳の衛生管理、容器、冷蔵設備など乳を生産する遊牧民だけでは対応できないさまざまな問題が存在します。1990年代のウランバートル市内で売られていた牛乳の多くは外国産で、国産はユニセフの支援の下で小規模な量り売りをしていました。最近は一見すると豊富な牛乳・乳製品が店頭に並ぶようになり、1L紙パック入りも見かけます。しかし、表示をよく読むと、その中身は中国産の還元乳です。

スー・カンパニー

現在、ウランバートルで良質な国産牛乳を買うなら、個人経営の「スー(モンゴル語で牛乳)・カンパニー」が確実です。その乳は遊牧民が都市近郊に定住し、牧民となって生産しています。牧民が飼養している牛の頭数はモンゴル農牧省の統計ではわずか1%弱ですが、モンゴルで生産している乳量の10%を担っています。その生産スタイルですが、夜間は牛舎に牛を入れて積極的に配合飼料を与え、越冬用の牧草を用意するなどとても熱心です。

牧民が生産した乳を、都市のスー・カンパニーと個人的に契約して運び入れ、委託販売するシステムが生まれました。食料品店へ行くと乳を求める人が次々と訪れていました。ソフトクリームやヨーグルトも販売しています。そのヨーグルトスターターは、オランダのハンセン社のミックススターターでした。

モンゴルでは煮出したお茶に塩と乳を加えた“乳茶”が欠かせません。乳を愛するモンゴルの人々が、国産の高品質の乳を気軽に買える日が早く来ることを願っています。そう考えると、日本が乳の生産から販売に至るまでの見事なシステムを休むことなく、安全に運営・維持していることは「本当にすごい」とあらためて思います。

世界の乳文化図鑑⑯ モンゴル国の最新牛乳事情

モンゴルの食料品店の牛乳・乳製品売り場

世界の乳文化図鑑⑯ モンゴル国の最新牛乳事情

スー・カンパニーの施設内