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食品

世界の乳文化図鑑⑰ 遊牧世界の乳製品のこれから

掲載日:2021.03.12

酪農学園大学 農食環境学群 食と健康学類
教授 石井 智美

工業化はハードルが高い

モンゴルというと“乳が豊かな国”というイメージですね。そんなモンゴルの人口の約半数に当たる150万人が暮らすウランバートル市内では近年、食料品店の乳製品売り場でゴーダチーズをはじめ、さまざまなヨーロッパスタイルのチーズが盛大に並ぶようになりました。そして、外食ではたっぷりと溶けたチーズが載っているピザが若い世代に好まれ、ホテルへの出前も盛んです。

今日、モンゴルへ行く航空機の機内食で出されるバターは、ニュージーランド製かオーストラリア製です。「せめてモンゴル航空の機内食ではモンゴル産のバターを出してもいいのでは…」と思うのですが、実は国内で乳を通年で確保することが難しいだけでなく、乳質の季節変動が大きいという問題や、ポーションとして容器に充填じゅうてんするシステム、衛生、品質管理といった課題、また価格面でも外国産には太刀打ちできません。自家生産、自家消費してきた乳製品ですが、身近なこうした食品の工業化はとてもハードルが高いようです。そこで、モンゴルにこれまでかかわってきた1人として「付加価値が高いとされる発酵バターを丁寧に小規模製造するのはどうだろうか」と思っているところです。

個性的な味わいに可能性

以前、モンゴルの遊牧民が日常的に食べているチーズを輸入したNPO法人から「日本でどのようにして料理に使うとよいだろうか」と販売促進のための相談を受けました。遊牧民の作るチーズは保存に耐えることを目的にしてきたので、硬くて料理に加えることには向いていないのです。今後、日本でモンゴル産チーズを販売するならば、わが国ではヨーロッパタイプのチーズ消費市場はすでに飽和しつつあるため、チーズの味に詳しい人が多い点を活用すべきでしょう。ヤギの乳を使って癖が強く、個性的な味わいのチーズを作るといった方向に、新たな市場の可能性があるような気がします。

クリームチーズの試作

2013年の秋にモンゴル農業大学で、まだ国産品がないクリームチーズの試作と試食会を行いました。クリームチーズは牛乳とクリームを合わせて乳脂肪分を13.5%にして製造します。ところが、モンゴルで入手できたクリームの乳脂肪分は不明で、分析の時間もなく、牛乳は半ば凍った生乳で、氷も含めて購入しなければ成分が変わってしまう状況でした。そんな中で、原料を確認しながら1日がかりで材料を調達しました。試作品は無事に完成して好評でしたが、日本では1年を通していかに均質な乳製品が製造されているかを痛感しました。クリームチーズの製造実習に参加した人々の中から、モンゴル産のクリームチーズを作る人が出てくることを願っています。

新しい乳製品製造のヒント

モンゴルを旅するときに「草原で食べたいもの」の話で真っ先に挙がる食品は「ソフトクリーム」です。このソフトクリームで思い出すのが、知り合いの遊牧民の孫娘の話です。草原で育ち、韓国のサーカスに体操演技のアルバイトに半年間行った際、料理が口に合わず困ったそうです。唯一、初めて食べたソフトクリームがおいしかったとのことでした。ソフトクリームをおいしいと思う味覚は世界中、一緒なのですね。こうしたところに新しい乳製品製造のヒントがあるのかもしれません。

世界の乳文化図鑑⑰ 遊牧世界の乳製品のこれから

モンゴルの食料品店の乳製品売り場

世界の乳文化図鑑⑰ 遊牧世界の乳製品のこれから

モンゴルの伝統的な乳製品(クリーム)