質問コーナー

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Q&A

乳牛の初回受胎率が下がっている原因はなんですか?

掲載日:2021.10.19

Q

『乳牛の繁殖成績と分娩前後の栄養状態との関係(1)』の「1.乳牛の繁殖成績の推移」で「北海道家畜人工授精師協会の初回受胎率調査の結果をみると、昭和62年頃が経産牛も未経産牛も最も高くなっていましたが、その後は今日まで低下が続いています。」とありますが、初回受胎率が下がっている原因について、どのようなことが要因となっているのでしょうか?

A

乳牛の受胎率低下の原因には、さまざまな要因が関与していることは間違いありません。
育種改良の結果、1970年代後半から1980年代、1990年代に、乳量は年間で80~100㎏ずつ堅調に増加してきました。最近の乳量の増加は穏やかになってきています。その理由は、「今以上に乳量を増加させるよりも生産寿命を延ばす方が、経済性が高い」と考える人が多くなってきたためであると思います。したがって、泌乳量よりも肢蹄が強く、在群期間の長い遺伝能力を持つ種雄牛を優先して交配する農家が増えてきたことや、AI事業体の適切な交配指導の成果であると思います。

さて、乳量の増加と受胎率の関係をグラフに落としてみると、一見、乳量増加に伴って、受胎率が低下しているように見えます。このことから、乳量増加が受胎率低下の最も重要な要因であると理解する人が増えたと思います。一方で、乳量増加とともに、酪農家の飼養頭数は増えて、多頭数飼育が増えてきました。経営の大型化により労力も増えたため、より省力的な飼養管理技術が必要となり、個体管理から群管理へ飼養管理方式が変化してきました。その代表的な技術の進展が、フリーストール牛舎とTMR(混合飼料)の導入です。

フリーストール牛舎は、牛が自由に歩き、常時エサを食べることができ、牛が選んだベッドに寝ることができますので、牛にとっては繋ぎ飼い牛舎より好環境であると思われます。しかし、乳量は多いものの、発情行動が不明瞭でなかなか受胎しない牛が増え、受胎率の低下が顕著になったことで、大きな問題としてクローズアップされるようになりました。加えて、蹄病も増えました。さらに、十分にエサを食べられない弱い牛が存在するといった問題も明らかになってきました。現在、発情行動が不明瞭な牛が多くなったことは確かですが、発情行動に最も影響する要因は、コンクリート床にあります。コンクリート床は大型化した牛の蹄への負重が大きく、発情行動を示さない牛が増えました。また、高泌乳牛は血液循環量が多く、卵巣や脳などで作られたホルモンが血液を介して巡る中で、肝臓を通過する際にホルモンの活性を失う割合が高いことが指摘されています。そのため、例えば「明瞭な発情行動を示すに足りる十分なホルモン量が脳や卵巣に届かない」ということが起こっているだろうと考えられています。実際に血中のホルモン濃度を測定してみると低い値が検出されます。

また、受胎率の低下に関係する最も重要な要因は、牛乳を生産するために必要なエネルギーを、エサの摂取によって十分に補えていないことで生じる、エネルギーバランスの不均衡です。これを“負のエネルギーバランス”と呼んでいます。牛は分娩前後には食欲が低下します。現在の牛は、いったん分娩すると急激に乳量が増えていきます。分娩後わずか4週間くらいで最高乳量に到達する牛もいます。しかし、この間乳量を支えるに足りるエネルギーを口から摂取するエサで賄えない状態が続きます。食欲が十分に回復していないためです。このようにエネルギーバランスがマイナス(負)の状態が続くと、牛は自身が貯えたエネルギー(脂肪)を消費するようになります。血液中に体内に貯えた脂肪を溶かし込んでいくと、やがてその脂肪を肝臓が処理できず、脂肪肝などの疾病を併発します。このような負のエネルギーバランス状態から脱出しないと、受胎できる状態に戻りません。牛によっては、負のエネルギーバランス状態の底からなかなか脱出できず、結果的になかなか受胎できない状態になります。その期間が140日~180日まで伸びることが普通になりました。乳量が増えるにしたがって、このような状況の牛群が増えてきました。

このような状態から好転させるためには、分娩前に食欲が低下しないようにエサの与え方や内容を工夫する必要があります。すなわち「栄養管理を牛の泌乳能力に合致させることが必須である」ということです。実験的にも、分娩前に食欲(乾物摂取量)の低下が少ない牛は、分娩後に順調な回復(早期の発情回復、早期の受胎、短い空胎日数)を示しています。

今日では、上手な栄養管理を行っているところが徐々に増えてきていると思います。また、一方では、高泌乳と好繁殖成績を維持してきた農家も少なくなく、その特徴は、フリーストール牛舎であっても牛にとって快適性が高く、かつ栄養管理のレベルが高いことです。したがって、現在の牛の受胎能力が低いとは必ずしも言えないというのが私の意見です。

もう一つの課題としては、未経産牛の受胎率が低下の一途を辿っています。その理由としては、農家の飼養頭数が増えてきたため、細やかな栄養、飼養管理が行き届かなくなっていることが考えられます。このことは、経産牛でも同様であり、繁殖管理に充てる時間の減少が繁殖成績(受胎率)に影響していることは明らかであると思います。

発情を自動的に発見する装置(歩数計など)も普及していますが、確実な解決策にはなっていません。今後、受胎率を回復させるためには、牛の生活環境が快適であり、泌乳能力に見合った栄養管理を実践することであると思います。それをコントロールするためには、専門的な理論に基づいた技術を実行できる体制が重要であるといえます。


【回答者】
酪農学園大学
学長 堂地 修