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繁殖・育種

乳牛の繁殖成績と分娩前後の栄養状態との関係(1)

掲載日:2020.01.24

酪農学園大学 農食環境学群 循環農学類
教授
 堂地 修

本特集は、2019年10月に北海道湧別町で開催した酪農公開講座『酪農を未来へつなぐ』の講演内容をまとめたものです。

はじめに

乳牛の繁殖成績は、わが国を含む世界各地域において約30年以上にわたって低下し続けてきました。初回受胎率の低下、空胎日数および分娩間隔の延長がみられますが、その解決は期待するようには進んでいません。乳牛の繁殖成績低下は、常に泌乳能力の向上に反して起こっていると広く理解されてきました。

ここ数年、家畜改良事業団の「乳用牛群能力検定成績のまとめ」に乳牛の繁殖成績に関するビッグデータの解析結果が掲載されるようになり、その実態が詳しく分かるようになりました。これまでは、分娩間隔を平均値(平成29年度は平均433日)のみで評価することが多かったため単に分娩間隔が長いと判断してきました。しかし、平成29年度の上記まとめによると分娩間隔の最頻値は357日で中央値は407日です。このことは日本の乳牛の約半数は順調に分娩し、次も順調に妊娠していることを示しています。もちろん、繁殖成績の低迷に苦慮している酪農家が今でも多く存在し、牛群間(酪農家間)にも差がみられます。また、同一牛群内の個体間にも繁殖成績に差(時には大きな差)がみられますが、その原因についてはよく考えてみる必要があります。

本稿では、現在の乳牛繁殖成績の現状、分娩前後のボディ・コンディション・スコア(BCS)の推移と分娩後の繁殖機能回復および空胎日数について検討し、さらに著者らが酪農学園自動搾乳牛舎(ロボット搾乳牛舎)で約20年間調査してきた繁殖成績に及ぼす要因(特に栄養状態)について紹介することとします。

なお、本原稿は家畜人工授精303号(堂地、2019)および304号(堂地、2020)に掲載された内容を再編集して作成しました。

1.乳牛の繁殖成績の推移

北海道家畜人工授精師協会の初回受胎率調査の結果をみると、昭和62年頃が経産牛も未経産牛も最も高くなっていましたが、その後は今日まで低下が続いています。その傾向は経産牛において顕著です(図1)。平成30年度の初回受胎率は経産牛が37.0%、未経産牛が52.7%であり、最も高かった時期に比べると経産牛で約18%、未経産牛で約11%低下しています。

北海道における過去30年間の乳検データをみると、平均乳量は平成2年度の7,447kgから平成29年度の9,439kgに堅実に増加しています。酪農家1戸あたりの飼養頭数は平成2年の56.5頭から平成30年には128.8頭に増えています。初回受胎率は乳量増加と飼養頭数の増加とは反対に低下の一途を辿っています。酪農家の飼養頭数の増加にともない、フリーストール牛舎(35%)やTMRの利用など、飼養管理方法も変化し個体管理から群管理へ変わってきており、このことも繁殖成績に影響を与えてきた要因の一つとして考えられます(数値はいずれも「北海道の酪農・畜産をめぐる情勢、令和元年5月、北海道農政部生産振興局畜産振興課」より引用)。

2.乳牛の繁殖成績の特徴

繁殖成績が良好な場合、牛群の人工授精の受胎率は初回人工授精の受胎率が2回目以降の受胎率より高いのが一般的です(図2)。一方、現在のホルスタイン種経産牛の人工授精回数別の受胎率を著者らの調査結果でみてみると初回受胎率が最も低くなっています(図3)。このように、今日の乳牛経産牛では初回受胎率が最も低いことが特徴であり、経産牛の受胎率は、育成牛に比べて泌乳や栄養的な要因の関与が大きいことが想像できます。

家畜改良事業団が報告している牛群検定成績における経産牛の空胎日数、分娩後の初回人工授精実施日、受胎に要した人工授精回数を1988年から2015年まで5年毎にみてみると、2003年以降から空胎日数と受胎に要した人工授精回数が増え、最近までほぼ一定の値で推移しています(図4)。しかし、分娩後の初回人工授精実施日は90日前後でほぼ変化していません。全国の分娩間隔の推移をみると昭和60年頃から徐々に延びはじめ、平成29年度には全国平均433日、都府県448日、北海道426日です。

前述のとおり、家畜改良事業団は「乳用牛能力検定成績のまとめ」の中で、繁殖成績の最頻値、中央値、平均値を表示するようになりました。このことにより乳牛の繁殖成績がより詳細に分かるようになりました。すなわち、乳牛の繁殖成績は低下し深刻な状況が続いているというのが一般的な認識でしたが、最頻値、中央値、平均値が明らかになったことにより、繁殖成績の良好な牛(群)が多いことが分かりました。一方で平均値を引き下げている集団が存在することも分かるようになりました。例えば、平成29年度の報告をみると全国の分娩間隔の平均値は前述のとおり433日です。しかし、中央値は407日で全体の50%の牛が分娩後130日以内に受胎しています(図5)。また、最頻値は357日であり、1年1産している牛が多くいることを示しています。

3.乳牛の栄養状態の評価

乳牛の栄養状態を客観的に評価する方法としてボディ・コンディション・スコア(BCS)が広く利用されています。乳牛の栄養状態を評価する方法としてBCSが適している理由は、体の大きさが異なっていても同じように評価できることです。体重も牛の栄養状態を評価する方法として用いることができますが、似かよった体高の牛であっても消化器内にある飼料の量により体重に大きな差が生じることから、体内に蓄積されているエネルギー源としての脂肪量を必ずしも正しく評価できないとされています(Chagasら、2007)。

普段の飼養管理において負のエネルギーバランス状態であるかどうかを知るための指標としてBCSが用いられます。BCS(5段階評評価)の分娩前後の理想的な推移は(Chagasら、2007)分娩時は3.0~3.5で、分娩後50日頃にBCSは底打ちしたのち徐々に回復し、人工授精を開始する頃には徐々に上昇し続けます。理想的なBCSの推移は、分娩時からBCSの底打ちまでの差が約0.5ポイント程度です。一方、分娩後のBCS低下が1ポイント以上になると初回発情が遅れ空胎日数が長くなる可能性が高くなります。

4.分娩前後の栄養状態と繁殖成績

乳牛では、分娩前後の栄養状態が受胎成績に強く影響することがよく知られています。一般に乳牛は妊娠後期になると採食量が減り、分娩後もしばらくは採食量がすぐには回復せず、減少したままの状態で過ぎます。このような状況であっても現在の乳牛は乳量が増え続け、早い牛では分娩後4週間目頃には最大乳量に到達する牛もいます。乳量増加に見合う十分なエネルギーを採食する飼料によって賄うことができず、繁殖機能の回復が遅れ受胎も遅れる牛も多くいます。このような牛は、体重が減少しBCSの顕著な低下を示し、繁殖成績の低下も顕著になります。

5.負のエネルギーバランス

乳牛では分娩前後の「負のエネルギーバランス」が大きな問題になります。「負のエネルギーバランス状態」とは、分娩後の乳量増加に必要なエネルギー量の増加分を採食によるエネルギー摂取量で賄うことができず、エネルギー不足が起こった状態を示します。負のエネルギーバランス状態は、一般に分娩後10~12週まで継続し、分娩後3~4週間までの負のエネルギーバランスの程度は乳量に強く影響され初回排卵の発現時期に影響します(Butler, 2003)。

著者らは、乳量(A群:11,400kg、B群:10,600kg)がほぼ同等で、分娩間隔(A群:393日、B群:435日)に差のある2つの牛群の分娩1カ月前のBCSと分娩1カ月後のBCSを比較しています(図6)。BCSの低下ポイントを0.25以下、0.26~0.74、0.75以上の3群に分けてそれぞれの頭数割合を比較したみたところ、次のような結果が得られています。空胎日数の短かったA群は0.25点以下54. 1%、0.26~0.74点40.5%、0.75点以上5.4%で、B群は0.25点以下16.7%、0.26~0.5点低下41.7%、0.75点以上41.7%でした。A群は、全体の9割の牛が理想的なBCSで推移しており、特にBCSが大きく低下した0.75点以上の牛の割合は僅かに1割以下でした。一方B群は0.75点以上低下した牛の割合が約42%おり、A群に比べるとBCS低下の程度が大きいことが分かります。両群の空胎日数を比較しても、BCS低下の違いを反映するような差がみられます。この結果は分娩前後のBCS推移が空胎日数に影響することを示し、高泌乳牛群であっても分娩前後のBCSを適正に維持できれば、空胎日数は延長しないことも示しています。

 

『乳牛の繁殖成績と分娩前後の栄養状態との関係(2)』(参考リンク)に続く。
PDFは『乳牛の繁殖成績と分娩前後の栄養状態との関係』(1)と(2)をまとめたものです。

乳牛の繁殖成績と分娩前後の栄養状態との関係(1)
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