質問コーナー

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Q&A

スラリーにも地力向上効果はありますか?

掲載日:2022.06.21

Q

道東浜中町で酪農をやっています。

「完熟堆肥を畑に撒く事で土壌に腐植層ってのが出来上がる。これが、地力の向上になる」って話を聞いたのですが、スラリーの場合はどうなりますか?

自分の考えとしては「肥料効果はあるかもしれないけど、スラリーは窒素分が多くて炭素が少ない」って話を聞いたので、地力向上効果は微妙なのでは?と思います。長年堆肥を入れずに使い続けるといずれ地力の低下になり、堆肥を撒くか草地更新をしなければならないのかな?って思います。

A

過去最大と言われる肥料価格の高騰に際し、酪農家のみなさんに土づくりについて考えていただけることは、とても重要なことだと思います。

まず、草地が適切に養分管理されていれば、使う資材が化学肥料でも堆肥でもスラリーでも、「長年使い続けた結果、地力の低下が原因となって草地更新が必要になる」ということは起きません。その証拠に、中標津の酪農試験場には、1967年から現在まで更新せずに化学肥料だけで良好な草種構成を維持している実験草地があります。興味があったら一度見に行ってみて下さい。
一方、養分管理が不適切な場合には、使う資材が化学肥料でも堆肥でもスラリーでも、使いたい牧草が衰退して草地の生産性が低下します。これを“草種構成の悪化”といい、草地更新が必要な理由になります。
このように、草地の養分管理の良否には、使用する資材は直接関係ありません。それらの資材によって供給される窒素、リン、カリウム、カルシウム、マグネシウムなどの養分量に過不足があるかないかで良否が決まります。

堆肥やスラリーに期待される地力の向上効果には、①上記した肥料養分の補給効果と②土壌有機物(腐植)含量の増強による保水・保肥力の向上効果—の二つの面があります。このうち、①は施用当年から長くて翌年までの短期的に得られる効果で、上手に使えば生産性の維持・向上とともに、化学肥料の節約や環境保全に貢献し、不適切な使い方は粗飼料品質の悪化や環境汚染の原因になります。②は数十年単位での発現を期待する長期的効果です。孫に残すための土づくりだと思って下さい。また、②の効果の見え方は土壌の種類によっても異なります。浜中町に広く分布する火山灰土壌は黒色火山性土や厚層黒色火山性土と呼ばれ、腐植含量の多い、保水力と保肥力に優れた土壌です。もともと物理性の良い土壌なので、②の効果は土壌分析値にも現れにくいです。

堆肥は固形の有機物資材なので、特に窒素は有機物が分解し、無機化した後に牧草に利用されます。このため、施用した当年だけでなく翌年くらいまで、ゆっくり効きます。一方、スラリーは液状の有機物資材なので、窒素の約半分は水に溶けやすい無機態の形態で存在します。このため施用後は、速効性の化学肥料のように速やかに効きます。
堆肥は炭素含量が多いので、堆肥を草地に施用したときの炭素の蓄積効果はスラリーよりも優れています。ただし、堆肥の有機物はほとんど分解され、作物への栄養供給源となるため、土壌の腐植含量を増やすことに貢献する割合はほんのわずかです。スラリーもわずかながら固形の有機物を含むので、何年も連用すると草地の表面に薄いカスのような有機物が溜まります。どちらの資材も、連用すればほんの少しずつ有機物(炭素)が蓄積し、その一部がほんの少しずつ腐植にとりこまれてゆきます。

酪農学園の文京台キャンパスのように粘土含量が多く保水性・排水性に劣る土壌では、改良したいと思う気持ちが先に立ち、「土づくりだ!」と勘違いして大量の堆肥を一挙に施用する事例がみられます。しかし、そうすると過剰な養分を施用することになり、圃場の養分バランスを悪化させ、かえって適切な土壌養分環境を破壊することにつながります。

現世代の経営者の皆さんは、堆肥でもスラリーでもそれぞれに適した利用法を守ることで、現在の土壌養分環境を適正化することができます。現世代における生産性の維持・向上対策は、環境保全を通して、次世代への土づくりに貢献します。

酪農PLUS+の記事は、“堆肥とスラリーのどちらが優れるか”ではなく、それぞれに適した使い方で、現世代の環境保全的養分循環と次世代のための土づくりに役立てていただきたいと思い、『北海道施肥ガイド2020』の考え方を解説したものです。
具体的な処方箋の計算方法は
https://www.pref.hokkaido.lg.jp/ns/shs/clean/
の「クリーン農業関連リンク集」で閲覧できます。


【回答者】
酪農学園大学 農食環境学群 循環農学類
教授 三枝 俊哉