生乳のベータカゼインは加熱殺菌で変性しますか?
掲載日:2022.06.24
生乳100%、72度15秒殺菌されたものは、ベータカゼインも変性してしまうのでしょうか?
ご質問の件で回答します。
まず、前提としての情報をお伝えします。牛乳に含まれるタンパク質のうち、チーズなどの主要成分となるカゼインと呼ばれるものは、複数の種類のカゼインで構成されています。
αs1-カゼイン、αs2-カゼイン、β-カゼイン、κ-カゼインがその構成成分です。これらのタンパク質ががっちりと複合体となって、直径10~300nmの粒(カゼインミセル)となって、牛乳中を漂っています。(この粒は肉眼では見えません)
カゼインミセルは、例えば牛乳に食酢を混ぜながら徐々に加えてゆくと徐々に凝固してくるので、その存在が確認できるかと思います。
カゼインミセルは比較的熱に耐えうる性質があることが知られています。すなわち、熱変性しにくいタンパク質であるということです。
それはカゼインミセルを構成するタンパク質全体に言えることですが、そのタンパク質を構成するアミノ酸の中に、タンパク質の構造を安定化させる役割を持つ「プロリン」というアミノ酸が比較的多く含まれているからです。
しかし、熱変性しにくいといっても、110℃以上の高温で加熱すると徐々に凝固してきます。
ご質問のあったベータカゼインは、上記のとおりカゼインミセルに含まれるカゼインの一種です。これらは、「72℃15秒間」の加熱ではタンパク質変性が起きません。
したがって、72℃15秒間の殺菌(高温短時間殺菌、HTST)では、病原微生物や腐敗微生物は熱耐性能がない限り死滅させられますが、カゼインには何ら影響が及びません。
ちなみに、同じく乳のタンパク質には、カゼイン以外にも、ホエー(乳清)に溶け込んでいるホエータンパク質というものがあります。牛乳に含まれる5分の4がカゼイン、5分の1がホエータンパク質です。
このホエータンパク質には、α-ラクトアルブミン、β-ラクトグロブリンというものをメインとしさまざまなタンパク質が含まれます。
ホエータンパク質は凝集体をつくるカゼインとは異なり、牛乳中ではそれぞれのタンパク質がばらばらに漂って存在しています。
これらのタンパクは存在形態のみならず、熱耐性もカゼインとは大きく異なり、pH4.6の酸性化条件ではありますが、α-ラクトグロブリンでは60℃あたりから、α-ラクトアルブミンでは70℃あたりから高温側にシフトにするにしたがって徐々に変性が始まるようです。
加えて、ホエータンパク質は熱変性すると、カゼインミセルに結合することが知られています。チーズを作る際には、カゼインミセル表面に多く存在するκ-カゼインを酵素処理(レンネット)し、カゼインミセル同士を結合させることで、乳を固めます(凝乳)。
チーズを作ろうとする原料乳に含まれるホエータンパク質の大部分が、すでに変性したような乳では、カゼインミセルに凝乳酵素が十分に届かず、凝乳反応が始まりません。
したがって、ホエータンパク質の変性が相当進んでいると思われるUHT殺菌乳(110~130℃で数秒の加熱)でチーズを作ろうとすると、十分に乳が凝固するまでの時間と作業時間が相当延長し、そのことによる食品衛生上のリスクを拭えないので、UHT殺菌乳でのチーズ製造はなされないのが普通です。
【回答者】
酪農学園大学 農食環境学群 食と健康学類
講師 栃原 孝志