北海道における子実用トウモロコシ生産の現状と今後の展望
掲載日:2022.10.24
北海道子実コーン組合
代表理事組合長 柳原 孝二
1.子実用トウモロコシとは?
世界で最も多く生産されている穀物はトウモロコシであり、日本では年間約1,500万tの需要があります(表1)。トウモロコシは関税規制(減免税対象)により管理されているため、実際に一般の方がトウモロコシの粒を目にする機会はほとんどありませんが、飼料をはじめ食用や工業用としてさまざまな場面でわれわれの生活に欠かせないものとなっています。穀物として利用されるコーンは、国内では10年ほど前から栽培が始まり、農林水産省が2018年に「子実用トウモロコシ」と定義しました。なお、スーパーマーケットなどで売られているスイートコーンは、未熟で収穫されるため穀物ではなく野菜に分類されており、圃場で完熟させてから収穫する子実用トウモロコシとは用途や品種も違う作物です。
子実用トウモロコシの日本における約1,500万tの需要は、コメ(786万t)のおよそ2倍ですが、ほぼすべてを輸入に頼っています。世界的には、主食の穀物に関わらず栽培していない国が珍しいほど農業の中心的な穀物です(表2)。コメからの転換で麦と大豆栽培だけを推進する日本の交付金制度は、トウモロコシの需給を全く無視したものであるばかりでなく、麦と大豆の生産性も下げています。畑作物を推進する上で、複数の作物を順番に作付けする「輪作」は周知の栽培法です。同じ作物を作り続けると、収量低下とそれを補うための資材投入によるコスト増加、難防除雑草の繁茂などの問題が起きるからです。透排水性や土壌改良の効果が見込めるトウモロコシが、輪作体系の品目として世界で広く栽培されていることは自然な流れです。
日本ではスーパーマーケットに沢山の商品が並び、食糧不足を感じることはできません。しかし、数年前から世界の穀物需給バランスは崩れ、在庫量が年々少なくなって価格は徐々に上昇していました。それにウクライナの混乱が加わって穀物が高騰していることで、子実用トウモロコシは今話題の作物となっています。
2.北海道子実コーン組合の概要とこれまでの取り組み
2011年に弊社(有限会社柳原農場)において6haで子実用トウモロコシの商業栽培を始めました。翌年には友人の農家も栽培に加わり、3年後の2015年には30戸、栽培面積も100haに広がったことから、農家が組織する任意団体として「空知子実コーン組合」を設立しました。さらに翌2016年には、空知管内以外からの生産者が加入して栽培面積も3割増加したことから「北海道子実コーン組合」に改称して、栽培の支援や関係団体への要請、啓発活動などを行ってきました(図)。組合の規模は年々大きくなり、員外集荷を含めると2022年は883 haまで拡大しています。
通年供給の体制構築のため、2019年に500tの簡易型サイロ2基を建設し、バラ集荷による生産者の作業効率アップを図るとともに、保管取り扱いのコスト低減に向けた取り組みをスタートさせました。2020年には1,000tの簡易型サイロ1基と、1時間当たり50tの集出荷施設(搬送ライン)2基を整備、2022年にはさらに1,000tの簡易型サイロ5基を増設し、全体で1万tの保管が可能となりました(写真)。
当初は柳原農場が主体的に販売を行ってきましたが、2020年に組合の有志による販売会社「(株)Maize(メイズ)」を立ち上げ、販売部門を独立させました。ヨーロッパではトウモロコシの事を“メイズ”と呼び、飼料業界では一般的にメイズの名で取引されます。アメリカでは“Corn(コーン)”と呼ばれるため、組合名には“子実コーン”が入っていますが、飼料業界で国産の認知を得るため会社名にはメイズを採用することにしました。
農家が主導して栽培を拡大してきた子実用トウモロコシですが、最近ではインターネット情報やSNSを通じて全国から「使いたい」「栽培したい」という問い合わせを組合に頂くようになりました。そこで、全国にできつつある生産者組織を統括する「日本メイズ生産者協会(JMFA:Japan Maize farmers Association)」を2022年4月に設立しました。JMFAは、全国から頂く問い合わせ情報を整理し、地場でのマッチングを図るとともに、栽培支援や品質の安定化を目指して活動しています。各地域での組織的な栽培展開が加速することを願って、加入の基本を個人ではなく各地の生産者組織としています。また、個人では届きにくい生産者の意見を関係機関へ届ける役割も担っていきたいと思っています。
3.作付面積拡大に向けた課題
(1)交付金・補助金制度
現在の交付金制度では、子実用トウモロコシは「水田活用の直接支払交付金制度(以下、水活)」における「戦略作物助成」の項目で、飼料作物の一つとして支援されています(3.5万円/10a)。また、「水田農業高収益化推進助成」の項目では、労働生産性が高い点を評価した支援が設定されています(1.0万円/10a)。しかし、畑作物の直接支払交付金(数量払い:生産量と品質に応じた交付金)の対象から外れているため、麦・大豆に比べると収入が見劣りします。現在、水田転作の基本設計となってきた水活の見直しが進められており、2023(令和5)年度からは本格的な畑地化への転換を促す政策が進められる見込みです。また、食料安全保障の観点からも、麦・大豆と同じく子実用トウモロコシを畑作物の直接支払交付金の対象とすることが検討されています。転作作物全体の生産性を上げるためには、産地の形成や団地化による集約栽培が今後必要となってきます。現状では個々の農場がさまざまな品目を作付けしていますが、水路を使用するコメと、畑地の麦・大豆・子実用トウモロコシが混在することは、作業が煩雑になるばかりでなく、排水対策が不十分で水が畑地へ浸潤すれば生産性低下につながります。コメと畑作物のブロック分けの取り組みが効率的に進められるよう支援することも必要です。
(2)物流・保管
日本では1960(昭和40)年代まで、畜産を営む農家が自給的飼料として子実用トウモロコシを4万ha以上作付けしていた統計が残っています。しかしその後、安価な原料が海外から輸入されるようになり国内栽培が消えてしまいました。代わりに、海外から海上輸送で輸入し、大型バルク船から吸い上げて港湾サイロ(保税蔵置場)に一次保管し、次々と飼料加工されて畜産農家に切れ目なく配送する体制が整備されてきました。しかし、港湾サイロの保管能力は年間使用量に対して2カ月程度しかない上に、関税の仕組みから輸入トウモロコシと国産トウモロコシを同じサイロに入れることはできません。ですから、国内で子実用トウモロコシ栽培が本格化すると保管設備が不足するのです。
これを解消するためには保管設備と大型トレーラーなどによる輸送体制の整備が必要です。各市町村などに設置されているコメのカントリーエレベーター(生産者の共同利用大型倉庫)が需給の減少に伴い空き始めているので、この空きスペース活用すればよいという指摘が時々されています。しかし、カントリーエレベーターに対する補助事業の紐付けを解消しなければならない上、コンタミネーション(混入)を防止する設備の追加と、コメ並みの単価を前提とした運用費用が必要になります。飼料用途のトウモロコシの単価がコメの5分の1と低いことを考えると、併用の実現性は低いです。
日本では系統組織などによる集荷施設整備が一般的であるのに対し、海外の穀物生産が盛んな地域では農場に簡易な保管サイロがある事が一般的です。これまで日本では、小規模な生産者がJAなどの集荷業者に集中出荷する体制が前提とされてきましたが、大規模化が進む生産現場の出荷体制には合わなくなってきています。子実用トウモロコシは反収(1反(約10a)当たりの収量)も高いため、近距離とはいえ輸送費用を生むことになります。圃場に近い場所に乾燥貯蔵する施設を整備することがコストや人員削減からも合理的です。一方でJAなどは各農場に整備された簡易なサイロの物流管理を担って行く必要があり、在庫管理や出荷調整など従来行ってきた調整役としての機能は今後も必要とされます。
(3)品質管理
国内に子実用トウモロコシの品位規格や等級格付けはまだ存在しません。今後、数量払いが検討される中で何らかの基準が必要とされると思われます。しかし、これまで北海道子実コーン組合で取り扱ってきた集荷と出荷(実需での利用)の経験からすると、コメなどの従来の穀物のように色や形などによる複雑な格付けは必ずしも必要ではありません。飼料利用では粉砕や加熱・圧ぺん加工することが一般的で、重要視されるのは①長期貯蔵で腐敗しないレベルの水分量(%)②子実の充実度を示す容積重③カビ毒濃度―です。中でもカビ毒濃度は畜種や月齢ごとに基準値が定められており、出荷前の測定が必要になります。北海道子実コーン組合では、2021年より数千万円の費用をかけて、輸入トウモロコシの大半を占める米国の農務省(USDA)が推奨する分析機器を導入し、全生産者ロットの分析を開始しました。検査ラボでは先に述べた項目以外にもUSDAの基準に則った形質の判定ができる体制を整え、今後の基準作りの基礎資料を収集しています。気候的に不安要素も多い国産ですから、品質の担保には細心の注意が必要です。これらの検査をJAなどが担って行く事が、子実用トウモロコシ拡大に向けて必要となってくると思います。
4.生産を検討されている方へ
現在話題沸騰となっている子実用トウモロコシですが、交付金や流通体制など、まだまだ生産体制が整っていない状況です。そんな中でも毎年作付けが拡大している理由は、農業の本来の意義である「必要な食糧を消費者に届ける」といった根本的な考え方に沿っているからだと思います。その上で、輪作や有機物の循環、管理作業が少なく労働力不足への対応が可能であること、また他の作物と比べ物にならない反収の多さが穀物の自給率向上にもつながることは周知の事実です。今後の日本農業において必要不可欠な作物となっていくでしょう。栽培に関わる支援体制や交付金制度は、生産者が増えないと整っていかないことも多くあります。北海道子実コーン組合と日本メイズ生産者協会では、生産者への栽培技術支援とともに行政に向けた啓発活動を行い、子実用トウモロコシが日本の新たな基幹穀物となるよう活動していきたいと考えています。
【筆者プロフィール】
北海道子実コーン組合 代表理事組合長
有限会社柳原農場 代表取締役
株式会社Maize 代表取締役
日本メイズ生産者協会 代表理事
柳原 孝二
2001年 酪農学園大学酪農学部農業経済学科卒業、実家である柳原農場に就農
2011年 子実用トウモロコシの商業栽培開始
2012年 柳原農場の代表取締役に就任
2015年 「空知子実コーン組合」設立
2016年 「北海道子実コーン組合(HGCA)」に改称
2020年 「株式会社Maize」設立
2022年 「日本メイズ生産者協会(JMFA)」設立