飼料作物の生産と調製―理論と実際― ≪第1回≫自給粗飼料の重要性
掲載日:2019.04.16
酪農学園大学
副学長 野 英二
はじめに
自給飼料作物は牧草、トウモロコシに代表され、その生産量や栄養価、嗜好性は多くの要因に影響されます。今日のように乳牛の泌乳能力の向上や濃厚飼料の高騰下では、一層の良質自給飼料の生産が求められています。
この連載は、酪農ジャーナル2012年4月号から2013年3月号に掲載された「飼料作物の生産と調製―理論と実際―」の改訂版として、6回にわたって執筆します。
乳牛の飼料について考える時、乳牛の栄養生理特性を理解することが基本です。第1回目は粗飼料の重要性について再確認しましょう。
1. 乳牛の特性―ルーメン内での消化―
乳牛への飼料給与はルーメン機能を円滑に活動させることが最も重要なポイントです。ルーメン内における飼料消化の概要は図1の通りです。ルーメン内に棲みついている微生物(細菌・原虫)は飼料成分を栄養源として生活・増殖し、飼料成分は変化します。この現象はルーメン発酵と呼ばれ、生成した発酵産物や増殖した微生物自体が乳牛に消化され、吸収利用されます。微生物の働きは、炭水化物(繊維質・糖質)の分解、タンパク質の分解と微生物体タンパク質の合成、脂質の分解・変化、ビタミン類の合成、メタンの生成などです。炭水化物は揮発性脂肪酸(VFA:酢酸・プロピオン酸・酪酸など)に分解されますが、繊維質は酢酸、糖質(澱粉・糖)はプロピオン酸が増加する傾向にあります。また、タンパク質はアンモニアまで分解され、細菌の増殖に利用されます。つまりルーメン内分解性粗タンパク質(CP)は微生物体タンパク質合成の原料になります。
2.乳牛には粗飼料(繊維質飼料)が必要
乳牛への飼料給与は、乳牛個体への栄養源の供給と同時に、ルーメン微生物への栄養供給であることも考慮しなければなりません。もし飼料給与が不適であればルーメン発酵状態のバランスが崩れ、乳牛に栄養生理上の悪影響を及ぼしかねません。ルーメン発酵を正常に保持することが飼料給与の基本であり、繊維質飼料の必要性は承知のことでしょう。繊維質飼料は、反すう・そしゃくによって唾液の分泌を促進し、ルーメン内pHの変化(低下)に対する緩衝効果やルーメンマットの形成など、微生物の増殖促進に対するルーメン内環境維持のために必須の飼料です。従来から現場では粗飼料と濃厚飼料の給与割合(粗濃比)を指標に一定水準の繊維成分含量の飼料給与を行なっています。
3.飼料給与の実態―乳量増は濃厚飼料依存―
図2に1975~2017年の牛群検定成績(北海道)による個体乳量と飼料効果の推移を示しました。乳量は1975年が5,900kgであったのが1980年前半以降急激な増加傾向を示し、2003年には9,000kgに達し、現在は9,500㎏を超えました。40年間で実に60%の乳量増加です。一方、飼料効果は4.9から3.0以下に低下しました。飼料効果は濃厚飼料1kg給与に対する産乳量(=総乳量÷総濃厚飼料給与量)であり、数値が低いほど乳量に対する濃厚飼料の給与割合が高いことになります。乳量の増加は乳牛の遺伝的改良によるところも大きいですが、濃厚飼料依存による給与の変化が明白です。
日本飼養標準での乾物要求量と検定成績の飼料効果から、粗飼料と濃厚飼料の摂取量を試算したものを図3に示しました。乳量の増加に伴い乾物要求量が増えることは当然ですが、その増加分は濃厚飼料で賄われているのが現状です。粗飼料の給与量は13~11kgで推移していますが、濃厚飼料は6kgの増加です。また、1975年の粗濃比は80:20であったものが、2017年には55:45になりました。
これらは1戸当りの飼養頭数の増加により、1頭当りの飼料作物栽培面積減少で十分な飼料確保が困難であったり、個体乳量の追求の結果、自給飼料の栄養価の改善がなされていないことに起因しているとも考えられます。乳量の増加により養分要求量が多くなるため、高養分含量の濃厚飼料給与の増給は必然ですが、ルーメン機能を低下させることは避けなければなりません。濃厚飼料多給によって粗飼料摂取量が不足すると、ルーメン内発酵がルーメン微生物の生育環境を悪化させ、乳生産や乳牛の健康に影響することが懸念されます。
4.良質粗飼料の生産技術向上―求められる作業精度の維持―
従来、乳生産に対する評価は、乳牛個体当たり乳生産量に偏重しており、個体乳量の増加を追求してきました。しかし、土地を基盤とした酪農においては、土地単位面積当りの牛乳生産量で評価することが重要です。生産乳量はそこから生産される飼料作物の可食可能養分量によって決定されます。土地単位面積当たりの生乳生産量アップは良質自給飼料の生産が必須条件であり、そのためには飼料作物の栽培・調製技術の向上と各作業精度を維持することが求められます。
<引用文献>
家畜改良事業団.http://liaj.lin.gr.jp/japanese/kenteiset.html
農林水産省農林水産技術会議事務局編(2006)日本飼養標準乳牛2006年版,中央畜産会,p6
大森昭一朗(酪農ヘルパー全国協会編集)(2002)新しい酪農技術の基礎と実際 基礎編,農山漁村文化協会,p36