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搾乳疾病衛生

乳房炎の原因と予防法 ―病気の特徴と基本的な搾乳衛生―

掲載日:2018.04.27

酪農学園大学 獣医学群 獣医学類
教授
 樋口 豪紀

はじめに

乳房は経済動物である乳牛の本質的な役割を担う重要な器官です。乳房は乳腺組織(乳を産生する細胞)の集合体であり、血液からさまざまな栄養の供給を受けながら日夜、生乳の生産に励んでいます。

長年の遺伝的改良や飼養管理技術の向上は、年間1万kgに及ぶ生乳生産を可能にしました。このことは、人類の大きな功績です。一方で、生産者の頭を常に悩ませ続けてきたのも乳房の病気であり、ここで取り上げる乳房炎はその代表的なものです。本稿では乳房炎という病気と、それを防ぐための基本的な搾乳手順を皆さんに紹介します。

1.乳房炎はなぜ起こるのか

乳房炎とは、乳房に細菌などのいわゆる病原性微生物(病気を起こす菌)が侵入することで起こる病気です。乳房は38℃近い温度が維持されており、栄養価の高い乳汁が豊富に存在します。この環境は細菌にとって格好の増殖場所となります。細菌はさまざまな機会を狙って乳房への侵入を試みます。

一方、牛は細菌の侵入を防ぐ能力、いわゆる免疫力を持っています。乳頭口が固く締まって菌の侵入を許さないことも免疫力の一つであり、さらに侵入してしまった菌を白血球という細胞で処理する能力も免疫力です。しかし、牛の抵抗力が何らかの原因で弱まった場合、また人の搾乳管理や畜舎管理が不十分で多くの菌が乳頭口から侵入した場合、「乳房炎」という病気が引き起こされます。

2.乳房炎の主な症状

乳房炎はその症状から大きく 「臨床型乳房炎」と「潜在型乳房炎」に分類されます。臨床型乳房炎とは肉眼的に乳房の異常を伴うもので、乳房が急に赤く腫れ上がったり痛がる場合(急性乳房炎)と、これらに加えて起立困難、脈および呼吸数の増加といった全身症状を伴う場合(甚急性乳房炎)があります。

これに対して、乳房の観察だけでは見極めることはできませんが、乳の体細胞数増加(後述)や細菌の検査によって見つけ出すことのできる乳房炎が潜在性乳房炎です。見た目の症状は穏やかであるため、潜在性乳房炎の重要性は軽視されやすいですが、実際には産乳量や乳成分は大きく低下しており、その名が示すとおり“潜在的な経済損失”は甚大です。研究者によって数値に見解の差はあるものの、潜在性乳房炎による被害損失は臨床型のそれに比較して40倍近く高くなることも指摘されています。感染期間が長いにもかかわらず発見されにくいという特徴から、潜在性乳房炎は気付かないうちに酪農家に甚大な経済損失をもたらします。

3.乳房炎を起こす微生物と感染経路

一方、乳房炎を感染経路から考えると「伝染性乳房炎」と「環境性乳房炎」に分類されます。伝染性乳房炎とは、搾乳者の手指や搾乳器具を介して牛から牛へ伝搬する乳房炎です。主な菌種として、黄色ブドウ球菌や無乳性連鎖球菌があります。特に、黄色ブドウ球菌は日本でも広く分離(検出)される菌種です。乳房内に膿瘍(ピンポン玉から野球ボールぐらいのこぶ)を作り、多くの場合菌はこの中に潜みます。抗生物質で治療を行っても膿瘍の内部には薬が到達しないため、黄色ブドウ球菌の排除技術の構築は獣医学的にも大きな課題として位置付けられています。

もう一つは環境性乳房炎です。これは環境中(特にベッドなど)の菌が乳頭口から侵入し、乳腺に定着することで発症に至るものです。菌の種類として大腸菌やクレブジエラ、さらに緑膿菌などがあります。環境の適切な管理が環境性乳房炎の制圧において重要です。

4.体細胞とは何か

乳房炎の一つの指標とされるのが「体細胞」です。体細胞という名前の細胞はもともと体には存在しません。乳汁の体細胞は大きく乳腺上皮細胞と白血球に分類されます。乳腺上皮細胞は乳汁産生を担うことから乳房では主役級の細胞ですが、産次数が増すと乳腺組織から脱落して乳汁で観察されるようになります。体細胞全体の2%程度を占めており、乳房炎によってその数が上昇するものではありません。

白血球はもともと骨(骨髄)で作られ、血液を経由して乳房まで到着した細胞です。細菌を処理することが本職であり、正常乳でも1mL中数万~10万程度存在します。これらは乳房の見張り役であり、細菌をいったん見つけると、血液に信号を送って大量の白血球を血液から呼び寄せます。白血球は菌がなければただの見張り役にすぎませんが、いったん戦闘態勢に入った白血球は極めて活力旺盛となります。白血球は乳腺を守るために細菌と戦います。しかし、両者の戦いは時として乳腺を傷つけ、その働きを大きく阻害します。また、体細胞の正常なはたらきには酸素と栄養を必要としますが、乳中にこれらはほとんど存在しません。体細胞は乳腺という特殊な環境下で、生体防御を担っています。

5.乳房炎を防ぐ基本的な搾乳手順

乳房炎の原因は非常に複雑であり、複数の原因がお互いに絡み合って存在します。原因には「牛」「人」「環境」「微生物」「管理」などが挙げられています。乳房炎を防ぐ技術とは、すなわちこれらの要因(原因)に対応するための技術にほかなりません。本稿では、搾乳手順と注意点について紹介します。

搾乳は一般的に、乳頭刺激⇒乳頭清拭⇒殺菌⇒乾燥⇒ティートカップ装着および離脱⇒乳頭消毒の順に行われます。

(1)搾乳ワゴンの準備:搾乳ワゴンには消毒液に浸漬したタオル、使用済みタオルを入れるバケツ、ペーパータオル、使用済みペーパータオルを入れるバケツ、手拭きタオル、ディッピング用品、ストリップカップ、乳房炎診断液、プラスチックグローブなど搾乳に必要な資材を準備します。

(2)前搾り:前搾りは泌乳に必要なホルモンであるオキシトシンの誘導と異常乳(乳汁の凝集物、いわゆる“ブツ”)の有無を確認するために行います。各乳頭5回程度をストリップカップに前搾りします。乳房炎の原因微生物は、環境中でも一定期間生存します。乳房炎原因菌による環境汚染を防ぎ、乳房炎の感染拡大を防ぐために、前搾り乳で搾乳環境を汚染してはなりません。

(3)乳頭清拭:1頭1枚のタオルで乳頭(特に乳頭口)を丁寧に清拭します。これは乳頭の細菌数を減らすことと、乳頭に対する物理的刺激によって泌乳を促すために行われます。必要以上の水分はライナへの流入によって感染の原因となることから注意しなければなりません。

(4)乳頭の乾燥:乳頭は清拭後にペーパータオルで水分を拭き取ります。乾燥によって乳頭の細菌数をさらに低下させる効果が期待できます。

(5)ティートカップの装着:ティートカップの装着は、搾乳刺激開始から約1分後に実施します。これはオキシトシン(射乳ホルモン)の生理的な分泌を想定したものであり、効果的な搾乳を行う上で重要です。ティートカップの装着に当たっては、空気の流入に注意します。空気の流入は真空圧の変動をもたらし、乳房炎の原因となります。

(6)ティートカップの離脱:オキシトシンの生理的な分泌を考慮し、搾乳はおおむね5分以内で終了します。マシンストリッピングは乳頭の損傷や細菌感染のリスクを増加させるので実施しません。離脱は真空を十分に解除してから4本同時に行います。

(7)ディッピング:乳頭皮膚や乳頭管に付着した生乳中の細菌を殺菌し、次回搾乳までの間、細菌の定着および増殖を抑制することが目的です。ティートカップの離脱後直ちに実施し、しばらくは牛を横臥させないことが大切です。

 

乳房炎は洋の東西を問わず、酪農経営者を悩ます疾患の一つです。基本的な搾乳手順については既に多くの情報がありますが、それが適正に実施されているかについては常に検証が必要です。日本が世界に誇る高品質乳をこれからも生産し続けるために、生産者だけでなく、これを支援する関係団体や教育研究機関もたゆまぬ努力を続けなければなりません。

 

<参考資料>

「正しい搾乳手順」乳房炎防除対策研究会編/ホクレン‐乳質改善協議会出版

 

乳房炎の原因と予防

乳房炎の原因と予防法 ―病気の特徴と基本的な搾乳衛生―

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