牛の繁殖生理
掲載日:2018.04.27
酪農学園大学 農食環境学群 循環農学類
教授 堂地 修
はじめに
牛は飼養管理に不手際があると順調に妊娠、分娩しません。遺伝的な原因を除けば、繁殖が順調でない場合は飼養管理を見直す必要があります。しかし、飼養管理の改善策を探るにしても、そのよりどころがなければその方向性を見つけるのは難しいものです。多くの場合、経験豊かな人や専門家の助言を受けて改善策を考えることになります。効果的な改善策を考えるには、基本的な理論を正しく理解しておくことが大切です。
1.観察と記録の習慣
繁殖成績向上のために重要なこととして、“発情観察”が強調されます。しかし多くの場合、それが徹底されていません。発情観察の基本は“毎日行うこと”ですが、初心者は「何を見ればよいのか」「どういう状態が発情(あるいは良い発情)なのか」が分からないかもしれません。
牛の発情は19~23日の間隔で周期的に来ます。ホルスタイン種経産牛では5~24時間続き、平均12時間続きます。牛は発情時に普段と異なる行動を見せます。それを正しく見分けるには、毎日牛を丁寧に観察するとともに、前回、前々回の発情がいつなのかを正確に分かっていなければなりません。そのためには、記録をいつも取っておく必要があります。記録は簡単にでき、簡単に調べられることが大切です。
2.牛の発情
(1)発情行動と発情徴候
発情牛は、発情していない牛とは明らかに異なる行動を見せます。発情牛と雄牛が一緒にいれば、雄牛が雌牛に乗り交尾をします。放牧地やフリーストール牛舎では、これと同じような行動が雌牛だけの群でも見られます。この行動を乗駕行動といい、発情の最盛期の牛はじっとして動かず乗駕を受け入れます。乗駕許容状態をスタンディング、乗駕している状態をマウンティングといいます。スタンディング行動をしている牛は間違いなく“発情牛”です。マウンティング行動をしている牛も発情牛である可能性が高いです。しばらくすると、マウンティングする牛とスタンディングする牛が入れ替わり、マウンティングしていた牛がほかの牛に乗られてスタンディング行動を示すことがよくあります。これら一連の発情行動を発見するためには、少なくとも1回あたり15分以上、1日2回(理想的には3回)の観察が必要です。
発情牛には、スタンディングやマウンティング以外にも特徴的な行動や徴候が見られます。発情時には歩行数が急激に増え、普段の数倍以上の歩行数になります。発情行動の相手を探して歩き回り、鳴きながら歩き回ることもあります。発情牛の外陰部は横しわが消えて腫脹し、内部は充血して粘ちょう性のある発情粘液でぬれています。発情牛がほかの牛にマウンティングした際、透明で粘ちょう性のある発情粘液が外陰部から垂れ下がり、床まで届く様子もしばしば見られます。このような特徴的な行動や徴候が不明瞭な場合は、栄養と快適性に少なからず問題があります。
(2)発情はホルモンによって調節されている
動物の性行動は脳や卵巣、子宮などから分泌されるホルモンによって調節されています。発情牛の卵巣には直径1.2~2.2cmの卵胞が必ずあり、その中に卵子が入っています。卵胞は発情時に最大の大きさになります。発情の8~10日前頃から卵胞は発育を始め、発情まで発育を継続します。卵胞の発育に主として関与するのが脳下垂体前葉から分泌される卵胞刺激ホルモン(FSH)です。
卵胞の発育が最大に達すると、雌牛は交尾をして受精をしなければならず、スタンディング行動が現われます。スタンディング行動は発情時にだけ現われる行動であり、卵胞から分泌される卵胞ホルモン(エストロジェン)によって誘起されます。発情牛の外陰部の充血腫脹、粘ちょう性の高い粘液(発情粘液)の分泌も卵胞ホルモンの影響です。また、発情牛の子宮は収縮と弛緩が頻繁に起こるようになりますが、これも卵胞ホルモンの影響によるものです。
3.人工授精の実施
明瞭な発情を発見した後は、人工授精をしなければなりません。人工授精を家畜人工授精技術者に依頼する場合は、いつ発情が始まったのか、スタンディング行動やマウンティング行動はあったのか、いつ分娩したのか、前回の発情はいつだったのか、前回人工授精したかどうか―などの情報を記録に基づいて正確に伝えなければなりません。正確な情報は、家畜人工授精技術者の判断の助けになるためです。
受胎の確率が最も高い人工授精の実施時間は、発情の末期か発情終了直後です。一般的に人工授精の適期は発情開始後4~16時間で、理想的には発情開始後8~12時間です。発情開始後4時間以内、同16時間以降に人工授精しても受胎する牛はいますが、受胎の確率は低下します。
4.妊娠と分娩
(1)妊娠診断
発情卵胞が排卵し、卵管内で待ち受ける精子と出会えば受精が成立します。排卵は、脳下垂体前葉から分泌される黄体形成ホルモン(LH)が一過性に分泌され、その約24時間後、発情開始後27~30時間に起こります。排卵した後には、妊娠を維持するためのホルモンを分泌する黄体が作られます。黄体から分泌されるホルモンを黄体ホルモン(プロジェステロン)といいます。黄体は急速に発育し、排卵後6~10日頃に最大になります。
人工授精後、発情が再び発現しなければ妊娠の可能性は高いと考えられます。人工授精後60日たっても発情が発現しなければ妊娠と判断する方法をノンリターン法と呼びます。獣医師が直腸検査法で妊娠診断するのは、人工授精後40日以降が多く、超音波診断装置を用いれば人工授精後30日以降から診断が可能です。
妊娠診断によって妊娠と判定されても、流産(早期胚死滅を含む)が起こることがあります。流産は妊娠初期に起こる確率が高く、妊娠4ヶ月頃までに3~5%起こります。これ以上の割合で流産が起こるときは専門家に相談すべきです。流産の原因は多数考えられますが、飼養管理上の注意で必要なことは飼料変敗(カビ)や栄養状態などです。
(2)分娩管理
分娩予定日の2週間前頃から注意深い観察が大切です。乳房や外陰部の腫脹、尾根部の落ち込み、食欲低下などを観察します。分娩1週間前頃には分娩房に移動し、敷料を入れて清潔かつ滑らないようにします。分娩直前になると尾根部が急激にへこみ、分娩前日には体温が0.4~0.6℃低下します。したがって、分娩1週間前頃から夕方の決まった時間に体温を測定すると夜間の分娩にある程度備えることができます。
分娩は、三つの段階に分類されます。最初が開口期で、定期的な陣痛があり、子宮頸管が拡張して産道が広がります。牛は分娩房内を歩き回ったり、採食を中断したり、普段とは明らかに異なる行動をとります。開口期の持続時間は経産牛で2~6時間、未経産牛で10~12時間です。次が産出期で、子宮外口の全開から胎子の娩出までをいいます。やがて外陰部に押し出された胎胞が破裂して黄褐色の胎水が流れ出します。これを第一破水といいます。子宮頸管はさらに拡張し、羊膜に覆われた足胞が出てきます。足胞(羊膜)が破れて羊水が流れ出します。これを第二破水といいます。最後が後産期で、胎子の娩出から後産の排出までをいいます。後産の排出は胎子の娩出後3~6時間を要します。
分娩介助で注意すべき点は、胎子の肢が出た途端に強引にけん引してはならないことです。強い陣痛があるにもかかわらず、第一破水が起きてから40分以上経過しても分娩が進まない場合は、正常な姿勢で胎子が産道に侵入しているかどうか確認すべきです。異常を感じた場合は、速やかに獣医師に依頼することが大切です。
5.良好な繁殖成績を挙げるには
良好な繁殖成績を挙げるためには、適切な栄養管理、牛舎の快適性の確保が重要です。そして、日常の細やかな牛の観察とその記録が大切です。観察と記録は繁殖管理に限らず栄養管理や健康管理の上でも重要であり、観察技術の向上と記録の習慣化に努めることが結果的に繁殖成績の安定につながります。