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衛生

農場のバイオセキュリティを考える ≪第5回≫酪農場の衛生管理におけるHACCPの有用性について

掲載日:2020.08.25

酪農学園大学 農食環境学群 循環農学類
教授
 髙橋 俊彦

酪農学園大学大学院 酪農学研究科
博士課程
 北野 菜奈

1.「農場HACCP認証基準」策定

1990年代からサルモネラや病原性大腸菌O-157による集団食中毒、低脂肪乳などに混入した黄色ブドウ球菌毒素による食中毒事故、牛海綿状脳症(BSE)牛の確認、牛肉の不正表示問題、カンピロバクター食中毒などの発生により、食品の安全に関する国民の関心が高まってきました。

食品の製造・加工段階においては「総合衛生管理製造過程」の認証制度が新設されました。しかし、農場から食卓のフードチェーンを考えた場合、食品加工原材料の供給元である畜産現場の段階から「危害要因分析必須管理点」(Hazard Analysis Critical Control Point=HACCP)を導入する必要がありました。 

各県・地域において家畜保健衛生所や開業獣医師、NPO法人などがHACCP手法を用いて畜産物の安全性と飼養衛生管理の向上に取り組みましたが、その手法や普及状況はさまざまでした。そこで、農林水産省は「畜産農場における飼養衛生管理向上の取組認証基準(農場HACCP認証基準)」の策定に取り組みました。

2.HACCPへの関心低い酪農分野

家畜の種類別に見た国内の農場HACCP認証農場数と推進農場数は、酪農においては養豚や採卵鶏に比較してごく僅かとなっており、酪農分野における農場HACCPへの関心は低くなっています(表)。背景としては、自農場の牛乳を製品化している農場以外では、農場HACCPの認証による“製品の付加価値”というメリットが感じられないためと思われます。また、酪農には繁殖管理や搾乳作業があるため、ほかの畜産分野に比べ作業工程は格段に多くなります。そのため、農場HACCPの構築は確認事項が多岐にわたり、書類の作成も多くなります。しかし、それは分析しなければならない危害要因も多いことを意味しており、HACCP方式の必要性が高いことを示しています。その意味では、厳しさを増す畜産情勢の中で「酪農こそHACCP方式によって素畜、資機材および各工程を分析することにより、損害を未然に防止し、経営の安定化が可能である分野」と考えられます。

認証の審査を受けるためには、HACCPが機能的に運営されていることを示す書類や記録の作成が必要です。その中で注意すべき点は、全従業員が食品として安全な畜産物を生産するという意識の上で、作業を継続的に行えるシステムを作っていくことです。

3.最初に取り組みたい「経営者の責任」

農場HACCPを実際に構築する際の内容は、まず「経営者の責任」からです。ここで重要なのは、経営者のコミットメント(責任)であり、「衛生管理方針を作成し、全組織員、供給者および出荷先に周知すること」と「衛生管理目標を設定すること」を通じて、食品を生産することの責任を再確認することになります。一般的な酪農家は、定められた衛生乳質および成分乳質の基準を維持することは十分に意識しているものの、自らが衛生管理方針や衛生管理目標を掲げ内外に“誓約”の形で宣言することは慣れていません。

しかし農場HACCPでは、畜産物の出荷後に重大な事故が判明した場合や、家畜伝染病の発生または疑いが生じた場合に、対応する権限を持つ要因や対応の方法を決定し、文書化することが「経営者の責任」として定められています。これらも、会社組織化された大手の養豚・養鶏農場では当然のことですが、家族経営や少人数の従業員で経営している酪農場ではこれまで不明確にされてきました。

4.酪農特有の作業工程とその対策

農場HACCPを構築する上で、酪農がほかの畜産と最も異なる部分は「フローダイアグラム作成」です。フローダイアグラムとは、毎日の作業工程の流れを継続的に表すものであり、肉用牛や肉養鶏では、まず“素牛またはひなの受け入れ”があり、その後は“給餌”が中心となります。肥育段階により飼料内容が変更されれば作業工程が加わりますが、最後に“出荷”の工程で締めくくられて終了―と、フローダイアグラムはシンプルなものになります。

これに比べ、酪農では毎日の搾乳作業があるため作業工程は格段に多く、一連の作業工程を1枚のフローダイアグラムで表そうとすると膨大になってしまいます。そこで、「牛の飼養管理に関する部分」と「搾乳に関する部分」を分けて、2枚のフローダイアグラムを作成する方がよいと思われます。

搾乳立ち会いは、フローダイアグラムや工程内作業分析シートの正確性を確認するだけでなく、多くの情報が得られます。ミーティングだけでは見落としがちな細かい作業も確認することができます。また、従業員が各作業の意味を十分把握した上で実施しているかをチェックすることもできます。さらに、現状で行われている作業が正しいかどうかの確認をするという二次的効果も得られます。

酪農分野での農場HACCPの関心は、今のところ十分とは言えません。しかし、上述したようにHACCP方式には酪農分野に欠けていた経営のための要素が数多く含まれています。

5.改善点を見いだし、経営者が把握する

認証基準においては、従業員に対する「衛生的な管理」に関する基本的な知識および技能向上の教育訓練を経営者に義務付けています。また、内部検証を実施し、記録の点検や従業員へのインタビューから改善点を見いだし、経営者が把握することが求められています。これらの事柄は、おそらく酪農場では実施されてきたとは言いがたいでしょう。

予想される危害に対し養豚・養鶏では伝染病の侵入が経営の命取りになるため、衛生管理や素畜の導入には万全を期しています。酪農はこの点がかなりおおらかです。妊娠牛の導入や育成牛を預託に出すなどの、他県との牛体の移動時において、導入元や預託先の牛伝染性鼻器官炎(IBR)、牛ウイルス性下痢症(BVD)、サルモネラ、ヨーネなどの情報は十分に把握されておらず、危害の分析ができていません。

6.生産性を最大限に引き出すための土台

畜産は元来、偶発的に大きな収入に頼らず、損失をいかに小さく抑えるかが重要な地道な産業であり、HACCPの考え方は畜産への応用性が高いものです。今後、畜産を取り巻く情勢は厳しさを増すことが予想されます。農場HACCPを導入したからといって急に生産効率が向上するわけではありません。農場HACCPが各農場に適したシステムとなるよう「危害分析・教育・検証」を繰り返す中で、ワクチン接種、抗生物質投与、洗浄・消毒など飼養衛生管理すべてに対して最大限の効果が得られると考えられます。つまり、農場HACCPは農場の持っている生産効率を最大限に引き出すための土台となるものなのです。

 

<参考文献>
1)見学一宏(2014)「酪農分野における農場HACCP認証の現状」獣医畜産新報,67(6),435-440.
2)竹原一明(2015)「農場HACCPの取り組みの現状と今後の推進方向」酪農ジャーナル,68(3),12-14.
3)小池郁子(2014)「農場HACCP導入による生産効率向上の効果」畜産コンサルタント,50(2),41-43.
4)赤松裕久(2013)「農場HACCP認証農場における衛生簡易の実際と導入効果」酪農ジャーナル,66(2),28-31.
5)栗原永治(2014)「獣医師から見た農場衛生管理とその効果」畜産コンサルタント,50(2),36-40.

農場のバイオセキュリティを考える ≪第5回≫酪農場の衛生管理におけるHACCPの有用性について

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