農場のバイオセキュリティを考える ≪第9回≫酪農現場で問題になる感染症Ⅲ
掲載日:2020.12.17
酪農学園大学 農食環境学群 循環農学類
教授 髙橋 俊彦
酪農学園大学大学院 酪農学研究科
博士課程 北野 菜奈
はじめに
今回は現場で問題になる感染症として、最も重要な疾病を二つ紹介します。酪農家が常に頭を悩まされている重要疾病です。
1.ヨーネ病(Johne’s disease-paratuberculosis)
本病は、慢性で頑固な下痢、削痩を示す法定伝染病で、細菌性法定伝染病のうち最も被害の大きな疾病です。家畜伝染病予防法に基づく定期検査により、感染牛の摘発・淘汰を推進しています。
摘発増加(1998年:785頭→2006年:1,179頭)を受け、2006年11月に「ヨーネ病防疫対策要領」を策定し、自主淘汰の推進や導入時の陰性証明確認などの清浄化対策を強化しました。2007年10月の牛乳などの自主回収を受け、2008年7月から定期検査にスクリーニング検査法を導入。2013年度からは従来のエライザ法を中心とした検査体制に代えて、リアルタイムPCR法による検査体制を導入し、併せて2013年度4月1日付けで牛のヨーネ病防疫対策要領を改正しました。
(1)原因
本病の原因菌はヨ-ネ菌(Mycobacterium avium subsp. paratuberculosis)で、マイコバクテリウム属菌です。抗酸染色によって赤色に染まり、結核菌によく似た形態をしています。大きさは1~2×0.5μmの桿菌で、芽胞、鞭毛、莢膜を欠くのが特徴です。ヨ-ネ菌は結核菌用の培地には発育できず、その発育にはマイコバクチンと呼ばれる特別な成分を必要とし、寒天培地上のコロニー形成には2カ月以上を要する遅発育菌です。
(2)疫学
わが国でも近年、本症の摘発頭数が増加する傾向にあります。感染経路は経口感染が主であり、感染母牛から子牛への感染が伝播経路として重要です。同居牛への水平感染や、母牛が重度のヨーネ病に罹患している場合は、胎子への胎盤感染も起こります。
(3)臨床症状
本菌は発症牛のふん便中に発病数カ月前から多量に排せつされ、ふん便またはこれに汚染された乳汁や飲料水によって経口感染します。妊娠や分娩などのストレスが本病の発病誘因になると考えられています。新生子牛は感染しやすく、成牛での感染率は低くなります。発症は3~5歳齢で、分娩後1カ月以内に認められることが多く、泌乳量の低下を示します。発病率は5~10%で、感染牛であっても無症状で経過するものが多く見られます。発病牛は一般に数カ月から1年で衰弱死します。間歇性の難治性泥状・水様性の下痢、急激な削痩、泌乳停止が認められ、栄養状態は悪化し、重症例では下顎の浮腫が認められることもあります(写真)。
(4)予防・治療
本病に対する有効なワクチンならびに治療法はありません。牛舎の徹底した消毒と、定期的な検査を実施し、感染牛や保菌牛の早期摘発と淘汰、汚染物の徹底した消毒が重要です。特に、感染牛の子牛は保菌の可能性が高いので淘汰が推奨されます。
2.サルモネラ症(salmonellosis)
本症は、消化器系の異常、起立不能、関節部の腫脹および歩様不安定などの運動器系の異常、神経系の異常、泌尿・生殖器系の異常(流産)、呼吸器系の異常などを呈する急性・慢性の腸炎で、届出伝染病ならびに人獣共通感染症です。
(1)原因
家畜伝染病予防法ではSalmonella serovar Dublin(サルモネラ ダブリン)、S.Enteritidis(サルモネラ エンテリティディス)、S.Typhimurium(サルモネラ ティフィムリウム)ですが、近年それ以外の多くの菌によるまん延が報告されています。
(2)疫学
分離頻度の高い血清型は牛でS.TyphimuriumとS.Dublinです。飼料、ネズミ、野鳥などを介して、あるいは保菌動物の導入により農場に侵入したサルモネラは発症、あるいは未発症のまま容易に保菌化し、垂直・水平感染により農場内に感染を広げます。
(3)臨床症状
保菌牛のふん便中に排せつされたサルモネラの経口感染が主体ですが、呼吸器、結膜などを介した感染も認められます。また、乳汁、腟分泌物にも本菌が排せつされ、排せつされた菌は約6カ月生存して感染源となるので、ふん便に汚染された敷わら、飼料、飲料水なども感染源となります。生後1カ月以内の子牛で感受性が高く、急性例では1~7日で敗血症により死亡します。
急性・慢性の黄灰白色水様性の悪臭・下痢便、脱水症状、可視粘膜の蒼白、重症例では菌血症・敗血症を呈します。急性例では発熱、食欲減退、悪臭のある黄色下痢便ならびに粘血便、削痩、脱水症状などを示します。慢性に経過した場合、腸炎に起因する脱水・削痩などにより発育不良となります。成牛では不顕性感染例が多いですが、水様性下痢ならびに血便、泌乳量減少などを示す症例も認められます。上記の症状に加えて、肺炎や流産を引き起こす場合もあります。
(4)予防・治療
予防には発症牛、保菌牛の隔離および感染牛の淘汰が行われます。また、飼育環境の改善、集団飼育牛では初乳の適切な投与、発生牛舎への子牛の導入禁止なども予防効果があります。
治療には抗菌剤、抗生物質の投与が行われますが、本菌を排除することは困難なことが多いです。発症例では抗生物質に加えて、止寫剤投与、輸液などの処置を行います。また、一般的に全牛群へのプロバイオティクス製剤の応用が実施されています。
予防のためには定期的な検査による保菌動物の摘発、隔離、汚染環境の徹底した消毒などの措置に加えて、保菌動物の導入阻止、飼育環境・器具の消毒など、衛生管理の徹底が必要です。
夏場の発生が多いため、その時期にプロバイオティクス製剤やプレバイオティクス製剤の応用効果が認められています。また、飼養・飼料管理を徹底する事により牛本来の健康状態を維持する事が最重要です。
3.感染症を広げないために
農場内でこれらの感染症を広げないためには、ふん便中のヨーネ菌やサルモネラ菌が牛の口に入らないように管理すること、農場内に菌を侵入させないことがポイントです。
(1)牛舎消毒
1)飼槽、ウォーターカップ、水槽、哺乳バケツをきれいに保つ。特に飼槽は念入りに清掃する
2)飼槽の修繕
3)定期的な畜舎、カウハッチの清掃、消毒(床面や通路の石灰散布、牛舎の石灰乳散布など)
(2)侵入防止
1)不必要な人・物の出入りの制限
2)ふん便の付着した長靴で飼槽に入らない
3)要所要所に踏み込み消毒槽を設置し、長靴を消毒する
4)ネズミや衛生害虫を駆除し野生動物の侵入を防ぐ
<参考文献>
1)獣医感染症カラーアトラス第2版(2006)文永堂.
2)動物の感染症第3版(2011)近代出版.
3)感染症関連情報,日本医師会.
4)牛のヨーネ病防疫対策要領の制定について(2006)家畜衛生週報,№2928,347-350.
5)牛のヨーネ病防疫対策要領の概要(2007)畜産技術,No.624,24-27.
6)牛の臨床3(2020)DAIRYMAN.