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疾病衛生

農場のバイオセキュリティを考える ≪第8回≫酪農現場で問題になる感染症Ⅱ

掲載日:2020.11.24

酪農学園大学 農食環境学群 循環農学類
教授
 髙橋 俊彦

酪農学園大学大学院 酪農学研究科
博士課程
 北野 菜奈

はじめに

今回は現場で問題になる感染症として、子牛の下痢を引き起こすクリプトスポリジウム症、ロタウイルス感染症、コクシジウム症について紹介します。

1.クリプトスポリジウム症

クリプトスポリジウム(Cryptosporidium、以下Cr)症は、家畜や人に下痢を引き起こす人獣共通感染症です。家畜では、特に子牛において現場で非常に問題視されている疾病であり、人においても下痢の原因となっており、公衆衛生的にも重要視されています。

(1)原因:Crは真コクシジウム目、アイメリア亜目、クリプトスポリジウム科の原虫(写真1)で、牛から分離されるCrのオーシストは人をはじめ、ヤギ、豚、馬、シカ、マウス、ラット、モルモット、犬、猫、ウサギなどに感染します。経路は飼料、飲水などとともに経口的に感染します。

(2)症状:4週齢未満の新生子牛に集中して下痢(主に黄色水様)が発症します(写真2)。下痢の期間や程度はまちまちです。感染後3~5日で下痢が始まり、4~7日間持続します。症状は徐々に回復しますが、オーシストの排せつは長期間持続します。単独ではあまり問題はありませんが、細菌やウイルスと混合感染すると症状は重くなります。

(3)治療:明らかな有用性を持つ薬剤はありません。実際は対症療法しかないのが現状です。脱水防止のための輸液療法、2次感染時の抗生剤投与などが行われます。現場では生菌製剤と木酢液+樹皮炭を混ぜて経口投与する方法が主流で、ある程度の効果を上げています。

(4)予防:低温湿潤下においては長時間感染力を保有します。薬剤にも抵抗性が高く、消毒薬も効果はないとされます。しかし、乾燥、凍結、加熱によって比較的容易に失活します。感染防御のため、施設・器具の洗浄と消毒、そして乾燥と感染したふん便処理の徹底対策により予防が可能と思われます。また、大人は原虫100個で感染し、発症するといわれており、下痢便1g(綿棒の先ぐらい)で1万~100万個のオーシストが含まれ、つまようじの先ぐらいで感染が成立します。

2.ロタウイルス感染症

子牛の下痢を引き起こすウイルスはロタウイルス、コロナウイルス、BVDウイルスなどが現場で問題となります。特に出生後の子牛の下痢で問題となるのがロタウイルス感染症です。

(1)原因:牛ロタウイルスはレオウイルス科、ロタウイルス属のウイルスで、主に新生子牛や子牛に下痢を引き起こします。ウイルスは冬季を中心に全国的に、高率に発生が見られます。大腸菌やCrとの混合感染が多く、症状と予後を悪化させます。また、発生が繰り返される牛舎が多くあります。下痢便中には1g当たり1,000個のウイルスが排せつされ、重要な感染源になります。

(2)症状:生後5~10日以内の子牛に多発します。1~3日の潜伏期間で突然、水様で黄色、乳白色の下痢が起こり、時に血液が混じります。多くの場合、混合感染によって症状や予後を悪化させています。

(3)治療:抗ウイルス剤が有効でしたが、現在は販売されていません。そこで対症療法が主となります。脱水とアシドーシスの補正が必要で、適切な輸液療法(写真3)が応用されます。2次感染時の抗生剤投与などが行われます。

(4)予防:多発農場では母牛へのワクチネーションが効果的で、初乳を介して子牛に免疫を与えます。また、患畜は速やかに隔離して伝播でんぱを防止し、牛舎の衛生環境を保つことです。

3.コクシジウム症

コクシジウム症は下痢を主症状とする消化管内原虫感染症であり、畜産農家における経済損失の重大要因の一つです。

(1)原因:Eimeria属の原虫で、Crとは異なり宿主特異性が高く、牛だけに寄生する種類は限定されます。

(2)症状:コクシジウム症に罹患りかんした子牛では、水溶性下痢や血便を呈し、症状が進行するにつれて脱水や増体重の減少が見られ、重篤の場合には死に至ります。また、コクシジウムに感染することで腸管壁が傷つき、さまざまな疾病の引き金となり、甚大な被害を与えます。子牛では、臨床症状の発現とOPG値(オーシストの数)には相関がありません。しかし、Eimeria種の構成の変化とは相関性が見られます。このことから感染量だけでなく、Eimeria種によって異なる病原性の影響を受け、発症に至るのではないかと考えられています。

(3)治療:従来はサルファ剤や、サルファ剤と葉酸代謝拮抗きっこう物質の合材が用いられてきました。しかし、サルファ剤はコクシジウム寄生ステージの一部にしかその効果が認められないことや、サルファ剤自体の副作用などが問題点として指摘されています。また、近年の対策としてはトルトラズリル製剤だけを使用している傾向です。サルファ剤よりも安定した効果が得られたという報告もありますが、「トルトラズリル製剤を投与したが有効性を示さない個体がいた」という報告もあります。従って、これからのコクシジウム予防プログラムには、コクシジウムの成長ステージを考慮し、トルトラズリル製剤やジクラズリル製剤とサルファ剤を組み合わせて使用する必要があります。

(4)予防:発症の予防としては、農場の発生時期に合わせたトルトラズリル製剤の使用プログラムが効果的です。また、速やかに隔離と伝播防止処置を施すことは当然であり、消毒薬としてオルソ剤を効果的に応用することも大切です。生後2週齢の子牛からもオーシストが検出されたことから、出生直後からコクシジウム感染の危険性が示唆され、出生後の早期予防対策が必要です。また、コクシジウムの初感染時に誘導される免疫は極めて強力であり、それによってコクシジウムに対する防御免疫が確立され、再感染が阻止できることが分かっています。従って、常時感染源にさらされている子牛に対しての発症予防として、あえて発症に至らないレベルの初感染を子牛に起こし、再感染抵抗性に誘導して予防するのも一つの対策として考えられます。

 

<参考文献>
1)小岩政照・田島誉士ほか(2020)「牛の臨床」,デーリィマン社.
2)岩田祐之・永幡肇ほか(2012)「獣医衛生学」,文永堂.
3)末吉益雄・髙井伸二ほか(2020)「動物の衛生」,文永堂.

農場のバイオセキュリティを考える ≪第8回≫酪農現場で問題になる感染症Ⅱ
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