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管理作業疾病衛生

乳牛の周産期疾病予防と飼養環境モニタリング

掲載日:2021.05.26

酪農学園大学 獣医学群 獣医学類
教授
 及川 伸

はじめに

乳牛の周産期疾病は、個体の代謝能力に障害を及ぼすような飼養管理の結果として起こる代謝障害や栄養障害、あるいは不適切な衛生管理がその発生に深く関係していると考えられています。代表的な疾病として、ケトーシス、第四胃変位、乳熱、起立不能症、胎盤停滞、繁殖障害、日和見感染症、蹄病が挙げられます。これら疾病は図11)に示すとおり、それぞれが互いに発生に関連していることが知られています。乾物摂取量(DMI)の減少が最も重要なリスク要因であり、特に、ケトーシスが主要な病態となっています。

最近、獣医療における周産期疾病対策では、視点が“個体”から“群(集団)”に移ってきています。このようなアプローチの変化には、酪農場の飼養頭数増加(大規模化)という背景があり、欧米に追随する動きです。すなわち、牛群における疾病発生をいかに低減あるいは予防し、生産性を向上させるかという「集団における健康管理医療」といえるものです。それには、疾病が発生する前の予防に重きを置いた飼養管理の徹底が不可欠であり、そのためには飼養環境が牛群にとって適切かどうかを日頃から明確に見極めるモニタリングが必要になります。

今回は乳牛群の周産期疾病予防に有用である飼養管理モニタリングの重要性について概説します。

1.集団の健康レベルを向上させる概念

図2に群の健康改善の概念図を示しました2)。対象の牛群の健康レベルが、集団を一つの山として表現されています。健康レベルの不良な部分に属する牛が周産期疾病を発症しているというイメージです。通常、その不良な部分を対象に個体の治療が施されますが、集団としての山の位置が変化しない限り、いつも同じくらいの頭数が不良部分にいることになり、一定の治療が必要となります(一定の疾病発生割合)。

しかし、山の分布を全体的に左の健康状態の良好な方向にシフトさせれば、結果として、不良部分に属する牛が減少し、治療頭数も減少することになります。健康レベルを向上させる、すなわち改善するということは、このように集団を左にシフトするという概念です。そのためには、集団の健康状態を不良にする飼養管理上のリスク要因を見つけ出し、それらを改善しなければなりません(後述)。

2.三つの予防レベル

集団の健康レベルの向上を目指すに当たり、疾病予防の概念は非常に重要です。予防には大きく三つの予防レベルがあります3)。1次予防は、基本的には疾病の発生が認められない健康牛群に対して、定期的なモニタリング(健康診断)や予防接種などを行うことによりリスク要因を排除しつつ、牛群の健康維持を図ることをいいます。2次予防は、牛群に臨床型疾病は認められませんが、各種のモニタリングで潜在性疾病を早期に摘発して対策を取ることをいいます。3次予防は、牛群の中に既に臨床型疾病牛が確認されており、その疾病の群におけるまん延や合併症を防止することをいいます。

これまで酪農場においては3次予防が主体に実施されてきましたが、多頭化飼育の進展、効率的な生産性の実現、そしてHACCPなどの衛生概念の普及する昨今にあっては、中小家畜分野と同様に、2次予防あるいは1次予防への対応が迫られつつあります。

3.移行期における劇的なエネルギー変化

乳牛の飼養管理で最も注意しなければならないとされる時期は、分娩の3週間前後のいわゆる移行期です。なぜなら、この時期に乳牛がエネルギーのダイナミックな変化を経験しなければならないからです。図3に移行期のエネルギーバランスの変化を示しました。妊娠期間の最後の1カ月間、胎児は著しく成長します。また、分娩が近づくにつれて生理的にDMIが低下してきます(特に、ボディコンディションスコア(BCS)が4.0以上の牛では、DMIの低下率が大きいです)。従って、生体のエネルギーバランスは次第にプラスからマイナスへと変化してきます。そして、分娩を迎えると、分娩のストレスや泌乳開始に伴い一層多くのエネルギーが要求されます。しかしDMIはすぐには増加してこないため、マイナスのエネルギー状態は分娩後1カ月半くらい継続するといわれています。このような、生体におけるエネルギーのインプットとアウトプットに差が生じる時期が移行期であり、デンマークの農場では、周産期疾病が特に分娩から10日までの間に最も高率に発生することがIngvartsenら4)によって報告されています。最近、移行期における不適切な飼養環境がDMIの低下を引き起こし、マイナスのエネルギー状態を一層助長する要因であることが指摘されています。そのようなエネルギーのインバランスは、結果的に肝臓の脂肪化(後述)、そして引き続き潜在性あるいは臨床型の周産期疾病の発生に大きく関与すると考えられています。われわれの実験によると、成牛に4日間の制限給飼を行った場合、肝臓の中性脂肪含量は約3倍に増加し(脂肪肝)、さらにはケトーシスとなり、糖代謝に異常を来すことが示されています。乾乳期のフリーバーンにおいて飼養密度が高い場合や、あるいは蹄病で飼料摂取が十分に行われていないときには、この実験と同様の現象が起きていると推察されます。

4.移行期におけるマイナスエネルギー状態が肝臓の脂肪化をもたらす

移行期に過度な低エネルギー状態に陥った場合(例えばBCSが0.75以上低下したような場合)、生体では以下のようなことが起きています(図4)。まずは、エネルギー低下で体脂肪(中性脂肪)が分解されて非エステル型脂肪酸(NEFA)となり、それが血流に乗って、肝臓に流入します。NEFAは肝臓で、コレステロールやリン脂質と一緒になってリポタンパク質に合成され、生体にエネルギーを与える目的で肝臓から分泌され、各臓器で利用されます。しかし、NEFAの流入量が多い場合、肝臓でそれを処理しきれなくなるため、結果として肝臓に中性脂肪が蓄積してしまうことになります。これが肝臓の脂肪化であり、それがさらに進むと脂肪肝となります。このような状態では肝臓の機能が低下してくるため、各種栄養成分の代謝や合成が円滑に行えなくなり、周産期疾病を招来しやすい体質に陥ってしまいます。すなわち、例えば繁殖サイクルにも悪影響を及ぼします。なぜなら、肝臓でのリポタンパク質の合成や分泌ももちろん低下しますが、実は、このリポタンパク質の中には、卵巣でのステロイドホルモン合成において不可欠なコレステロールを供給する役割を担っているものがあるからです。従って、脂肪肝になってリポタンパク質の分泌が減少すると、卵巣からのホルモン合成量も低下し、結果として繁殖障害になる可能性があるのです。

5.移行期の牛群の飼養環境におけるリスク要因

前述のとおり、DMIの低下が各種周産期疾病の根本に深く結びついています。不適切な飼養管理が実際のリスク要因となってDMI低下に関係していますが、それらはほとんどが単独ではなく、いくつかの要因が複雑に重なり合い、絡み合って作用していることが想定されています(図5)。すなわち、ある程度のリスク要因が積み重なり持続して生体に作用して、ある限界域を越えた時に臨床症状を伴った疾病として出現してくるものと考えられます。また、一定レベルを超えなくとも、生産性の低下や潜在性の疾病状態に陥っているものと推察されます。従って、そのような環境からリスク要因を少しでも取り除き軽減する対策を講ずることができれば、疾病発生や生産性の低下は改善されてくるはずです(集団の健康レベルの改善)。そのためにも、まずは牛群の飼養されている環境をモニタリングし、どのようなリスク要因が存在するのかを見つけ出し、それらの関連性を多角的に考察することが必要となります。

6.移行期においてDMIの低下を助長する飼養管理(リスク要因)

牛群の飼養環境をモニタリングすることは重要であり、DMIの低下と特に関係する項目を以下に示します。

(1)飼槽スペース
移行期におけるDMIと最も直接的に関係しているのは飼槽スペースです。つなぎ形態では個々の牛にスペースが確保されているので問題があることは少ないですが、フリーストールあるいはフリーバーンのような放し飼い形態では深刻な問題となることがあります。すなわち、飼槽に連動スタンチョンが使用されている場合は、特に移行期は飼槽密度を85%程度(牛の頭数÷スタンチョンの数×100)にする必要があります。なぜなら密度が高くなれば確実にDMIが低下するからです。特に仕切りがなく横パイプ方式の場合は、飼槽スペースの長さを計測して、移行期では1頭当たり71〜76cm(28〜30インチ)程度を必要なスペースとして飼槽密度を算出するとよいでしょう(牛の頭数÷(飼槽スペースの長さ÷71〜76cm)×100)。
なお、飼料調製、餌押しあるいは十分な水の給与も、飼料給与時における乾物摂取の重要なリスク要因となります。

(2)飼養密度
われわれは、フリーストールやフリーバーン形態における過密飼養が、その後の疾病発生に密接に関係していることを多く経験しています。特に、乾乳後期における過密は確実にDMI低下を招来し、疾病発生につながります。フリーストールでは、乾乳期の飼養密度を85%程度に抑えることが肝要です。米国ウイスコンシン州立大学の研究では、同一の牛房(ペン)で経産牛と飼われていた初妊牛において、飼養密度が80%から10%増加するごとに、分娩初期の泌乳量が1日当たり0.73kg低下したとCookらは報告しています5)。なお、泌乳初期では100%以下(2列ストール)あるいは85%程度(3列ストール)が望ましいです。

(3)移行期における牛房(ペン)移動
フリーストール形態はもとよりつなぎ形態でも、分娩前に牛を適切な環境で飼うために牛房移動を実施している農場は数多くありますが、その実施方法によっては、その移動が牛にとってかえってストレスになることが示されています。すなわち、実際の分娩から見て3〜9日前に牛を移動することはDMIの低下を招くことから、その後の生産性の低下や疾病発生の増加(分娩後60日以内の死廃率が2.3倍高くなる)が報告されています(米国ウィスコンシン州立大学)。滞在するなら短い期間(2日以内)、あるいは反対にある程度長い期間(10日以上)が好ましく、中途半端な滞在期間はよくないことが示されています。牛が新しい環境に慣れてDMIが元の程度に回復するまでには、5日間程度は必要といわれています。実際の分娩日の特定は難しいので、分娩予定日の2週間前をめどに牛を移動させてその場所で分娩させるか、または分娩房に移動するにしても分娩徴候を確認してからの移動が好ましいといえます。
なお、移行期における牛房移動は回数が少なければ少ない程ストレスが少ないといわれていることから、分娩後に特に健康上問題が見られないのであれば、観察のために特別な観察房などに入れたりせずに、むしろほかの搾乳牛と一緒に飼養し、飼料給与時の採食状況を観察することで、分娩後の健康状況を判断した方が牛にとってはストレスが軽減されます。

(4)ストール環境
フリーストール形態の牛でも、1日の半分以上の時間を過ごすストールは牛の快適性を考える上で非常に大切です。牛がストレスなくゆっくりと反芻して横たわっていられる環境が、乳生産には何より重要です。けい部にこぶが確認されるのであればネックレールが低い証拠ですし、飛節が腫れているなら、マットが固いか、ボディースペースが狭い可能性があります。居住環境の全面改装は簡単にはできませんが、少しの手直しでも行えれば、かなり環境は改善されてストレスが軽減されるので、DMIの低下は改善されます。ふん尿排せつが牛床内に行われている場合、ネックレールやブリスケットボードの位置を調整できれば、衛生環境の好転が望めます(環境性乳房炎の減少)。

7.周産期疾病の発生を防ぐためにぜひモニタリングして欲しい項目

周産期疾病の発生を予防するには、特に乾乳期における適切な飼養管理が重要です。最近のわれわれの研究によると、乾乳期の身体のモニタリング(観察ポイント)として分娩後の疾病発生を予防するために最も有効であった項目は、「ルーメンフィル(充満度)スコア」という結果でした。このスコアは、12時間以内の採食量を示しており、スコアは1〜5の範囲で示されます。スコア1は全く食べていない、スコア5がかなりよく食べているというものであり、3以上あれば良好とされます。群としてスコア3以上が80%以上であればまずまずと考えられますので、現場におけるモニタリングではスコア1、2、3以上という3段階の評価が簡便で有用です。スコアを写真に示しました。スコア1は左のルーメンの部分が台形あるいは長方形で、スコア2は逆三角形を示し、充分に採食していないことが分かります。群としてスコア1ないし2が20%を超えた場合、DMI低下に関する何かしらの飼養管理上のリスク要因があると考えられるので、それを見つけ出して改善しなければなりません。乾乳牛のルーメンをいつも同じ時間帯に観察して、全体でスコア1および2が少なくとも20%以下であるような状態を継続すべきです。

おわりに

牛群において、生産性の低下あるいは疾病発生は、遺伝的要因が原因である場合(遺伝病)を除き、ほとんどが人の管理する環境の中の複数のリスク要因が絡み合って起こる多因子性の事象です。従って、牛群の疾病対策や生産性の向上・維持を図ってゆく場合、飼養環境の適正評価を実施してゆくことが不可欠です。そのためにも、飼養環境のモニタリングを実施していただければと思います。今回紹介した各種モニタリングの詳細については、『乳牛群の健康管理のための環境モニタリング』(2011年3月, 酪農ジャーナル 臨時増刊号)にまとめて記載されていますので、ぜひ、参考にしてください。

 

<引用文献>
1)Goff, J.P.(2006)J. Dairy Sci. 89: 1292-1301.
2)及川伸(2011)乳牛群の健康管理のための環境モニタリング.酪農学園大学エクステンションセンター
3)及川伸(2008)獣医畜産新報,61:547-554.
4)Ingvartsen, K.L.ら(2003)Livestock Produc. Sci. 83: 277-308.
5)Cook, N.B., Nordlund, K.V.(2004)Vet. Clin. Food Anim. 20: 495-520.

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