牛の繁殖管理の理論と実際 ≪第1回≫卵子は始原生殖細胞から
掲載日:2021.06.04
酪農学園大学 農食環境学群 循環農学類
教授 今井 敬
はじめに
牛の卵子は卵胞内に1個あり、卵巣の中には卵胞刺激ホルモン(FSH)に反応できる卵胞(直径3mm以上)が数個から数十個あるといわれています。ちなみに筆者の調べたところ、食肉処理場で処理された牛卵巣中には、黒毛和種(24頭)およびホルスタイン種(21頭)で共に平均48個の卵胞がありました。
これら多くの卵胞の中から1個の卵胞が選抜され12~24mmに成長した後、卵子を排卵して受精卵へと発育し、子宮に着床した後、子牛として生まれます。この選抜され、一番大きくなった卵胞を主席卵胞(通常9mm以上)と呼び、発情時に存在する主席卵胞が黄体形成ホルモンのサージ状分泌(LHサージ)により排卵します。つまり、卵巣の中には多くの卵子が保存されており、その中から選抜された一つの卵子だけが排卵するわけです。
卵子は卵胞内で発育し、細胞質と核からなり、周りを透明帯というタンパク質でできた直径140~150µmの透明な膜で保護されています。透明帯の周りは卵丘細胞という数層の細胞で覆われています。発情発現後のLHサージにより、卵子は卵丘細胞が膨潤列化し(図1)、核は減数分裂して第二減数分裂中期に達し、第一極体を放出するという形態的変化を遂げ、未成熟卵子から成熟卵子へと発育します。これらの変化を遂げた卵子は排卵に至り、LHサージから排卵までは約27~30時間と報告されています。
1.始原生殖細胞から卵子への発育
卵子は始原生殖細胞からできます。始原生殖細胞は牛では胎子期の初期に増殖し、その後減少の一途をたどることが知られています。始原生殖細胞が最も多い時期は妊娠100~110日齢で270万個といわれており、出生時には5~10万個と最盛期の27分の1以下まで減少します。つまり、始原生殖細胞の増殖は妊娠120日までにほぼ終わり、以降は胎子期ではありますがさまざまな卵胞へと分化、閉鎖して減少の一途をたどります。この始原生殖細胞は原始卵胞となり、顆粒層細胞が一層付着した一次卵胞、顆粒層細胞が複数層付着した二次卵胞および卵胞の中に卵胞液をためた三次卵胞である胞状卵胞へと発育します。その後、最終的にはグラーフ卵胞となり、LHサージにより排卵します。すなわち、始原生殖細胞が卵子の源となります。
2.始原生殖細胞の増殖
前章でも書いたように、始原生殖細胞の増殖は胎子期の初期に起きます。そのため、この増殖期間に母体の栄養が十分でない場合は始原生殖細胞の増殖が阻害され、十分に増えないという現象が起こります。特に、乳用牛では分娩後早期に受胎したとき、始原生殖細胞の増殖期とエネルギーバランスがマイナスになる時期(泌乳量最盛期)が重なり、胎子への栄養供給量が不足することが多いと考えられています。
卵巣内における卵胞数を予測する方法として、人では抗ミュラー管ホルモン(AMH)の濃度が使われています。AMHは卵原細胞から卵胞卵子へと発育するときに生産され、卵巣予備能を示す指標として使われています。人ではAMH量と生殖補助技術による妊娠率との間に関連性があるといわれています。牛ではAMH濃度が過剰排卵処理による卵巣の反応性や、卵巣に存在する卵胞数に影響することが報告されています。これはFSHを投与するときに、卵巣の中にFSHに反応して発育する卵胞が多いほど採取胚数が多くなることを示しています。
一方、AMH濃度(卵巣における卵胞数の多さ)と繁殖性(妊娠率)の関連は明らかではなく、今後は分娩後のエネルギーバランスと生まれてきた子牛の卵巣の卵胞数はもとより、繁殖性および生産寿命などを調査する必要があると考えます。
3.乳用牛における分娩前後の卵胞発育
排卵する卵子は卵胞の中で育ちます。卵胞の発育は原始卵胞、顆粒層細胞が一層付着した一次卵胞、顆粒層細胞が複数層付着した二次卵胞および卵胞の中に卵胞液を溜めた三次卵胞へと発育します。その後最終的にはグラーフ卵胞となり、その中で一つだけ選抜された主席卵胞がLHサージにより排卵します。このように卵子が原始卵胞から発育し、排卵に至るまでに約70日間必要だと考えられています。排卵卵子はこの間のさまざまなことに影響を受ける可能性があります。
図2に乳用牛における分娩前後のエネルギーバランスと卵胞発育および排卵卵子の品質について示しました。乳用牛では分娩前に胎子の急激な成長によりエネルギーバランスがマイナスになり、分娩後の泌乳とその増加により分娩後14~21日に最低値を記録します。その後徐々に回復して、分娩後80~100日でマイナスを脱するとされています。このようなエネルギーバランスの中で卵胞が発育することから、一部の卵子の品質低下が起こり、特に卵胞発育の初期から中期にかけてマイナスの大きい3~5回目の排卵卵子は品質の低下が著しく、これらのことが初回人工授精の受胎率低下の一因となっていると考えられます。また、エネルギーバランスのマイナスが大き過ぎると卵胞発育が起こらず無発情状態となります。すなわち、1回目および2回目の排卵は観察できますが、その後は無発情状態が続き、エネルギーバランスがプラスになり、しばらくしてから発情が発現することになります。
4.搾乳牛の複数排卵
牛は多くの卵胞の中から一つの卵胞が選抜され排卵に至ることが知られています。このように卵子が一つ排卵するための調整機構が牛にはありますが、この機構は各種ホルモン、栄養状態およびストレスなどの影響を受け、これらの調節に混乱が生じると排卵障害や2個の卵胞を排卵するなどといった異常な事態を引き起こします。
排卵障害を起こした場合は排卵が遅延したり、卵胞が排卵することなくそのまま大きくなったりします。卵胞が排卵することなく25mm以上に達したものが卵胞嚢腫であり、卵胞嚢腫の一部の細胞が黄体化したものを黄体嚢腫といいます。
一方、主席卵胞が2個以上排卵する場合があます。この現象は乳量の多い牛で顕著であり、乳量が少なくなると発生率が低下し、日乳量30kg未満の牛では発生しないと報告されています(図3)。
一般的に主席卵胞はエストロジェンとインヒビンを産生します。また、黄体からはプロジェステロンの分泌があり、これらのホルモンにより負のフィードバック機構が発動し、卵胞刺激ホルモンの分泌が抑制され、主席卵胞以外の中小卵胞は発育が阻害され閉鎖退行します(図4)。一方、主席卵胞はLHの分泌を受けて発育を継続し、LHサージによって卵子は成熟して排卵します。このようにして牛は種特異的な産子数と同じ数である1個の卵子を排卵します。
しかし、近年の乳用牛は泌乳量が増加し、そのエネルギーを得るため飼料の摂取量が増加しています。それに伴い肝臓への血流量が2倍以上に増加するため、エストロジェン、プロジェステロンおよびインヒビンの肝臓での代謝が進み、結果として血液中のこれらのホルモン濃度が低下することになります。そのため、これらのホルモンの負のフィードバック機構が働かず、卵胞刺激ホルモンの分泌量が低下しないため、本来は閉鎖退行してしまう次席卵胞などが発育を継続し、排卵に至るという考え方が一番有力な説となっています。