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酪農における温室効果ガス排出と削減に向けて

掲載日:2021.10.26

酪農学園大学 農食環境学群 循環農学類
准教授
 日向 貴久

はじめに

21世紀は環境の世紀と言われています。その21世紀も5分の1が過ぎましたが、環境問題は収まるどころか、今や地球規模で対策が求められる最も重要な課題の一つとなっており、テレビや新聞などで毎日のように報道されています。

酪農の分野では、以前より環境問題への対応が常に求められてきました。酪農では農地は直接的な生産の場ではなく、あくまでも飼料を供給する場というように性格を異にします。不足する飼料は輸入などで調達が可能であるため、規模拡大による収益の増加が比較的容易となります。これにより、飼養頭数が農地に比べて多くなり、ふん尿の過剰から各種の問題が発生してきたわけです。更に近年は、地球温暖化の問題にも対応が求められているところです。

1.温室効果ガスに起因する地球温暖化

環境問題の中でも、温室効果ガス(Greenhouse Gas、GHG)に起因する地球温暖化問題は、国際的に最も協調的な対応が進む分野の一つです。土壌汚染や水質汚染、悪臭といった従来の環境問題は、問題の原因と影響の地理的な関係が密接していました。これに対して、地球温暖化はまさに“地球”温暖化であり、その影響は地域や国を越え地球全体に及ぶものです。端的に言うと、自分が使用する化石燃料で発生する二酸化炭素(CO)が、世界に影響を与える可能性を持つことを意味します。こういった原因と結果の空間的な隔たりは、地球温暖化問題の解決を難しくする要因となっています。現在は各国が相互の取組みを注視しながら協調して排出削減を図っている状況です。

温暖化の影響は単に気温が上昇することだけではなく、気候変動による干ばつや冷夏、台風といった異常気象の頻度が高まることにあります。実際にこれらの問題は、国際的には「Global Warming=地球温暖化」というより、「Climate Change=気候変動」の問題として捉えられることが多く、特に日本国内では近年、台風や爆弾低気圧に伴う災害が農業生産全般にも大きな影響を与えており、今や地球温暖化はわれわれにとっても全くのひとごとではない問題として対応をする必要があります。各国でも、農業が排出するGHGの削減対策に力を入れだしています。ニュージーランドでは、2003年に家畜の“ゲップ税”が検討され注目を集めましたが、地球温暖化は思った以上に身近な問題なのです。

2.国内の温室効果ガス排出に占める酪農分野の割合

では農業や、ひいては酪農分野が国内のGHG排出に占める割合はどの程度でしょうか。国内のGHG排出量を調査し公表する、国立環境研究所温室効果ガスインベントリオフィス(GIO)の資料によると、日本全体で2018年度に排出されたGHGはCO2 換算で12.4億トンでした。農林水産分野で発生するGHG排出量は約5,000万トンと、国内の4.0%を占めています。4%と言うと大きくはありませんが、同年の日本のGDPに占める農林水産業の割合は1.0%だったので、付加価値額と比べると排出量が大きいという解釈もあります。畜産からの排出量は農業の3分の1で、そのおよそ半分は酪農からの排出となっています。

実際に、酪農経営において発生するGHGを図1に示します。GHGは、一般にはCOを指すことが多いですが、農業でのGHGは主にメタン(CH)と一酸化二窒素(NO)です。これらはともに強力な温室効果を持ち、CHはCOのおよそ30倍、NOは300倍と言われています。図2には、酪農経営のそれぞれの工程で排出されるGHGの割合を示しました。

酪農経営においては、消化管内発酵によるCH、いわゆるゲップによる排出が全体の52%を占めて最も多くあります。これは乳牛のルーメンの中に生息するプロトゾアが飼料中のセルロースを分解する際にCHが発生するものです。プロトゾアによるセルロースの分解は、草食動物の生命活動に直結するものであり、言い換えると私たち人間の消化できないものを消化して牛乳を作る働きそのものです。このCHをゼロするのは極めて難しく、言わば「息を止めろ」というのに等しいと言えます。また、次に多いのはふん尿処理中に発生するCHですが、これはルーメンで生成されたCHはゲップとして直接排出されるだけではなく、消化後の飼料、つまりふん尿中にも多く溶け込むためです。排出されたふん尿の処理時にCHが放出されることになり、放出量はふん尿処理の方法によって異なります。

酪農では、ゲップとふん尿処理の工程で発生するGHGが全体の大半を占めています。その他には、圃場に散布した処理済みふん尿や化学肥料の窒素分に由来して発生するNOや、機械を稼働するときに使用する化石燃料の燃焼に伴うCOなどがあります。以上より、動物を扱う畜産業では、ゲップやふん尿といった生命活動に付随して発生するGHGの割合が高いことがわかります。今後の酪農でのGHGの削減に向けては、これらの項目に目をつけた技術の開発や導入が重要となってきます。

3.地球温暖化が酪農に与える影響

酪農が地球温暖化によって受ける影響はプラスとマイナスの側面がそれぞれあります。積算気温の少ない寒冷地では、それまで栽培できなかった晩生品種の飼料用トウモロコシが作付けられるといったプラスの影響はもちろんあります。しかし、乳牛にとっては暑熱ストレスが今以上に深刻となるでしょう。したがって、暑熱対策により多くの労働力を割く必要が生じます。草地では、北海道の飼料用トウモロコシの収量が1割増加する一方で、チモシーの年間収量が1~2割減少するといった論文もあります。温暖化によりその地域に適した草の種類が変わるとともに、病虫害のリスクや、高温による夏枯れリスクも高まります。草地の維持に向けては広範囲での技術の更新が必要になる可能性があります。改めて、温暖化は身近な問題と認識させられます。

4.温室効果ガス排出削減に向けて

酪農でGHGを削減するとなった場合、現状で生産者がとれる選択肢は実のところあまり多くありません。上で述べたとおり、排出量の多い項目については、簡単に排出量をコントロールすることができないからです。ふん尿を適切に還元できるよう、飼養頭数と農地面積を見直して、過剰な施肥を少しでも減らすことが生産者には求められます。また技術面では、ふん尿を嫌気発酵しCHをエネルギー利用するバイオガスプラントが、現状でとり得るほぼ唯一の実用的な削減技術と言えます。バイオガスプラントは、本来なら空中に放出されるCHを捕集するだけでなく、燃焼させることによってCHそのものをなかったことにしてしまいます。また、燃焼して得たエネルギーが従来使用していた化石燃料を代替できれば、その分もGHG削減に寄与することになります。しかし、バイオガスプラントには多額の投資が必要であり、投資をすることの採算性は常に議論の的となります。農林水産省でも、所管する研究プロジェクトの中で農業分野における気候変動緩和技術の開発を目指し、畜産分野では遺伝的にゲップの少ない牛の選抜や、バイオガス処理技術の更なる効率向上、飼料の改善などにも取り組んでいます。また、農地土壌や農作物は光合成を行うことでCOの大きな吸収源とも位置付けられおり、これは農業以外の他産業では得られない特徴です。COの吸収量を正確に測定し、トータルで農業全体が果たしてどの程度地球温暖化に影響しているのかも精査されています。今後はこれらの研究の成果が大いに期待されるところです。コスト削減に向けた研究開発には今後も取り組みつつ、技術の導入順序や今後の開発方向は、導入の容易性や削減度合いを勘案して、最終的なステークホルダーである国民のコンセンサスを得て進めていくことが肝心です。

おわりに

政府は、2050年までにGHGの排出を実質ゼロにする「脱炭素社会」を掲げています。これを受けて農林水産省でも、今年「みどりの食料システム戦略」を打ち出し、農林水産業のCO排出量を実質ゼロにする目標を示しました。現在の地球温暖化問題は、経済学でいう市場の失敗による外部不経済そのものです。生産者は環境保全のために農業をしているわけではありません。持続可能な農業生産を進める上では、公的機関による積極的な支援が必要となることは間違いありません。ただし、GHGの削減は生産者や関係機関のみならず消費者も含めた国民全員で責任をもって取り組まなければならない課題でもあります。我々にはこの限りある地球という大事な資源を、次の世代へ引き継ぐ責任があるのですから。

酪農における温室効果ガス排出と削減に向けて
酪農における温室効果ガス排出と削減に向けて

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