草地の土づくり ≪第8回≫土壌診断に基づく施肥対応4:窒素の施肥対応
掲載日:2021.10.12
酪農学園大学 農食環境学群 循環農学類
教授 三枝 俊哉
はじめに
土壌診断に基づく施肥対応の最後は窒素のお話です。窒素は気体として大気の75%以上を占め、タンパク質の構成物質であるアミノ酸をはじめとする多くの生体物質に含まれ、生物に必須の元素です。土壌中でもアンモニウム態や硝酸態などの無機態窒素、腐植や菌体タンパクを構成する有機態窒素など、相互の形態変化速度が温度、水分などの土壌環境に影響されるため、土壌の窒素肥沃度評価はこれまでのリンやカリウムよりもずっと複雑になります。
1.牧草への窒素の給源
草地土壌から牧草への窒素の供給源は、以下のように4区分されます(三木 1993)。
①草地更新時の旧草地表層とそこに蓄積された有機物
②草地更新時および維持管理時に施用された有機物
③混生するマメ科牧草からの移譲窒素
④維持管理時の草地系内還元有機物
このうち、②については、次回のこのコーナーで詳細にご紹介します。また、③については第4回でご紹介した北海道施肥標準の中で、マメ科牧草の混生割合に対応した窒素施肥量として、すでに定量的に評価されています。残る①と④が、いわゆる土壌から供給される窒素です。この評価がとても難しいのです。
寒地型牧草は多年生なので、草地造成・更新後は多年にわたり施肥と利用が繰り返されます。イネ科牧草の株は多年生ですが、1本1本の茎は1年または短い年数で世代交代を繰り返すため、枯死した茎や根、収穫・利用されたときの残渣が還元有機物として草地表層に蓄積します。長年蓄積した表層の有機物が、草地更新によって土壌に混和されると一挙に分解が進み、草地更新後の窒素肥沃度は高い状態になります。これが①に由来する窒素給源です。一方、維持管理期間中も、有機物は草地表層に蓄積するばかりではありません。蓄積した有機物は土壌微生物によって徐々に分解され、無機態の窒素が放出されて土壌の窒素肥沃度を高めます。これが④の草地系内還元有機物由来の窒素供給です。この蓄積有機物の分解、窒素の無機化、有機化の反応は土壌の微生物活性に依存します。たとえば土壌pHが低下すると微生物活性が抑制され、無機態窒素の放出が遅延して有機態窒素の蓄積が進みます(図1;三木 1993)。また、土壌水分が少なくても微生物活性は抑制されるので、降水量の少ない年次では経過年数の古い草地ほど蓄積有機物の分解が遅延して窒素の蓄積が進み(図2;三木 1993)、牧草による土壌からの窒素吸収量が少なくなります。さらに、草地表層への有機物の蓄積速度は土壌の種類にも影響を受けるようです。図3は、火山灰土壌に立地した草地表層土壌における窒素培養試験の結果です。かつて長く表層であり続け、植物に覆われていた地表面に火山灰が厚く降り積もると、旧地表面の植物が腐植となって黒色の有機物層を形成します。これを“埋没腐植層”といいます。埋没腐植層の有機物は、分解しやすい画分が分解消失後、残りの画分が粘土・腐植複合体を形成し、安定化します。黒色で有機物含量が多く、一見、肥沃な土層に見えますが、未耕地の埋没腐植層を採取して培養すると、窒素の無機化量はきわめてわずかです。このような土地で機械力による大規模な開墾をおこなうと、分解しやすい有機物を多く含む最表層は機械作業でほとんど失われ、埋没腐植層を作土の主体とする人工草地が造成されます。ところが、その草地で何年か牧草生産を継続すると、作土の培養窒素は豊富に生成されるようになります。上記のとおり埋没腐植層の窒素が有効化することは考えにくいので、作土から豊富に生成されるようになった培養窒素の給源は、前述した④の毎年牧草生産を繰り返す中で草地表層に還元された収穫残渣や脱落根などの新鮮な有機物であると考えられます。
生産現場の草地では、腐植含量の多い厚層黒色火山性土の培養窒素量が未熟火山性土よりも多いという実態があります(図4;松中・三枝 1985)。それに対応して、厚層黒色火山性土地帯の牧草生産性が高いという実態もあり、その要因の一つに窒素肥沃度の高さが挙げられています(図5;松中・三枝 1986)。しかし、この因果関係はもしかしたら反対で、牧草生産性が高いから多くの有機物が還元され、培養窒素量が多くなったという考え方も成り立ちます。どちらが正しいのでしょう?少なくとも、新規に草地を造成した次の年は、どちらも埋没腐植層からの窒素供給は多くを期待できないので、窒素肥沃度の面から収量に大きな差が生じるとは考えにくいでしょう。その後、窒素肥沃度ではない何かほかの条件が厚層黒色火山性土の牧草生産性に有利に働き、その結果徐々に還元有機物量が増えて窒素肥沃度を向上させる好循環が動きだしたのではないかと想像できます。好循環のきっかけは何か?この理屈は、まだ、解明されていません。
このように、草地土壌における窒素循環では、土壌pHや有機物のC/N比などの土壌化学性、排水性、保水性などの土壌物理性、気温や降水量などの気象条件、経過年数、草種構成、肥培管理などの管理来歴といった複数の要因が相互に影響を及ぼし合っています。それら個々の要因はまだ十分に解明しきれていないので、結果として現れる窒素肥沃度を培養法や熱水抽出法などの分析法によって評価しようと試みられてきました。
たとえば、放牧草地では、放牧期間中における牧草採食量とふん尿排泄量および年間施肥量で算出される地上部の窒素収支が、放牧前後の0~5cm土壌中における培養窒素量の変化とおおむね良好に対応することが明らかにされています(Okuiら2021)。つまり、同じ圃場で短期間の肥沃度変化を把握するには、培養窒素は有効な方法と言えます。しかし、異なる圃場間で管理来歴、草種構成、土壌型の条件が変化すると、同じ分析値の圃場でも窒素肥沃度が等しいとは言いきれなくなります。
また、熱水抽出性窒素や生土培養法では、現在、台地土における更新後2~5年目のチモシーとオーチャードグラス採草地についてのみ、土壌診断基準値が設定されています(表1)。基幹草種、土壌型、経過年数が変化すると、この基準値は適用できません。
そこで現在、北海道の草地における窒素診断は、基本的には土壌分析を用いず、以下に示す管理来歴の情報から各草地の窒素肥沃度を推定する方法が推奨されています。
2.北海道における草地の窒素診断
台地土の更新後2~5年目採草地に対しては表2a、表2bに示すように、イネ科牧草に対する窒素の給源を、肥料(F)、土壌(草地更新時の旧草地表層由来、S)、更新時にすき込んだ堆肥(M)、マメ科牧草からの移譲(L)の四つに大別し、表3の計算式で算出します。また、維持管理時に堆肥やスラリーなどの有機物が表面施用された場合には、それらに含まれた窒素量を次回詳述する方法によって肥料換算し、表3で得られた施肥量から差し引きます。一方、上記以外の草地では、第4回でご紹介した北海道施肥標準の窒素施肥量から更新時および維持管理時に施用された有機物由来の窒素量を差し引くことによって必要な施肥量を算出します。北海道施肥標準の窒素施肥量は、マメ科牧草の窒素固定量がすでに反映されています。しかし、評価の難しい土壌由来の窒素供給量(S)は、まだ考慮されていません。草地更新時と維持管理時に還元される家畜ふん尿の施用効果については、次回詳しく説明します。
おわりに
土壌中における窒素の動態は複雑で、条件ごとに異なる土壌診断基準値を設定して分けるよりも、管理来歴からおおむねの必要量を把握するやり方の方が汎用性に優れます。このため現在の草地における窒素診断では、一部の草地にしか適用できない土壌診断基準値よりも、管理来歴に基づく施肥対応が優先的に指導されています。しかし、今後農家戸数の減少が進んで経営規模がますます大きくなると、管理来歴の詳細が不明な圃場の出現も懸念されます。客観的な土壌分析による診断基準値の必要性は高まるのではないでしょうか。複雑に絡んだ糸を1本ずつほぐしていくような、地道な研究の継続が期待されます。
<参考文献>
北海道農政部(2015)北海道施肥ガイド2015,197-229,北海道農政部,札幌
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ns/shs/10/clean/sehiguide2015_05.pdf(2021年10月3日参照)
松中照夫・三枝俊哉(1985)北海道根釧地方に分布する主要火山性土の理学的性質,北海道立農業試験場集報53:81-92. http://www.hro.or.jp/list/agricultural/center/kankoubutsu/syuhou/53/53-9.pdf(2021年10月3日参照)
松中照夫・三枝俊哉(1986)北海道根釧地方に分布する主要火山性土の牧草生産カ,北海道立農業試験場集報54:39-48. http://www.hro.or.jp/list/agricultural/center/kankoubutsu/syuhou/54/54-5.pdf(2021年10月3日参照)
三木直倫(1993)寒冷地における草地土壌の有機物並びに窒素の経年的動態とそれに基づく窒素施肥管理法に関する研究,北海道立農業試験場報告79:1-98. https://www.hro.or.jp/list/agricultural/center/kankoubutsu/houkoku/houkoku5.htm(2021年10月3日参照)
Okui T,et al. (2021)Nutrient dynamics under different regimes of stocking and cattle type of temperate pastures in Hokkaido, Japan. Grassl Sci.67:102–117. https://doi.org/10.1111/grs.12290
三枝俊哉(1996)北海道根釧地方の火山性土における草地土壌の肥沃度に対応した施肥管理に関する研究,北海道立農業試験場報告89:1-76. https://www.hro.or.jp/list/agricultural/center/kankoubutsu/houkoku/houkoku5.htm(2021年10月3日参照)