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繁殖・育種

臨床繁殖分野における超音波診断技術の基礎と応用

掲載日:2022.05.24

酪農学園大学 獣医学群 獣医学類
助教
 杉浦 智親

1.牛の繁殖検診

乳牛、肉牛共に家畜としての牛の繁殖は「1年1産」を目指すことで最も経済的損失が少なくなることが報告されています。この1年1産を維持するためには、空胎日数で120日、分娩間隔で400日以下を大まかな目標にする必要があります(図1)。空胎日数120日と言っても、決して容易に超えられる数値ではありません。分娩後の卵巣周期の回復、子宮機能の修復期間を考慮して生理的空胎期間を45日に設定すると、授精チャンスは残りの75日、すなわち、牛の発情周期を21日で計算すると約3回以内ということになります。しかし、卵巣周期の回復や子宮修復に時間がかかってしまうと、分娩後120日までの授精チャンスは少なくなり、120日ラインをオーバーすることとなり、1年1産の目標がかなわなくなります。繁殖検診にはフレッシュチェック、未授精牛の摘発、繁殖障害牛の摘発、妊娠鑑定などの要素が込められていますが、まずはフレッシュチェックの段階でいかにきちんと卵巣・子宮の回復遅延を診断し、適切な処置が行えるかどうかが1年1産をクリアする大切なポイントになってきます。

2.卵巣回復および子宮修復遅延の診断

分娩後35~45日頃に行うフレッシュチェックでは、卵巣および子宮の回復を判断します。分娩後の卵巣は生理的な卵巣静止状態になります。正常な卵巣回復では、分娩後2~3週間で初回排卵を迎え、黄体を形成します。すなわち、フレッシュチェック時に卵巣に黄体の形成が認められれば、卵巣機能の目安となる排卵があったと考えられ、卵巣機能回復(卵巣周期再開)と判断できます。一方で、分娩後の子宮は生理的な炎症を伴って、分娩後30日頃までに物理的な大きさが元に戻り、子宮内膜深部組織は45日頃までに修復することが報告されています(図2)。牛の子宮疾患は、分娩後の修復遅延の延長上にあるものがほとんどであり、子宮修復遅延はその後の繁殖成績の低下につながることが明らかとなっています。したがって、フレッシュチェック時に子宮修復遅延を見逃さないことがポイントとなるのですが、子宮修復の診断は少々煩雑です。表1に示したように、子宮けいおよび子宮角の最大径の測定による物理的な大きさをスコアリングすることに加え、腟粘液の量や性状を子宮内部環境としてスコアリングし、その合計によって、子宮内膜炎(=子宮修復遅延)の程度を評価できます。この方法に沿わずとも、腟検査のみで評価する方法や後述する超音波診断装置により子宮内膜炎を診断する方法もありますが、子宮疾患は複数の検査手法を組み合わせることによって診断の精度が格段に上がります。さらに、最近では潜在性子宮内膜炎の診断も可能となってきています。しかしながら、多忙を極める臨床現場において、これらすべての検査を実施するのは現実的ではありません。超音波診断装置を用いる場合には、画像診断と共に直腸検査による子宮のサイジングを組み合わせるパターン、超音波診断装置を用いない場合には、直腸検査と用手腟検査を組み合わせるパターンが最短かつ簡易で現実的かと考えられます。

3.超音波診断装置による検査

近年、家畜臨床現場にはポータブルの超音波診断装置が広く普及し、欠かせないものとなりつつあります。牛の繁殖領域において超音波検査の有用性は非常に高く、卵巣・子宮・胎子(胚)の状態を正確に診断できるようになります。

まず、卵巣へのアプローチとして、図3aのように卵巣を指の間に挟み込んで保持しながらプローブを当て、卵巣の断層像を一通り描出するのが理想的です。手が小さい場合など卵巣とプローブを同時に保持するのが難しい場合には、図3bのようにプローブを用いて卵巣を骨盤腔内の壁に押し当てて保持し、卵巣の断層像を描出します。子宮へのアプローチですが、図4aのように縦断面(矢状断面)での描出が非常に簡単ですが、図4bのようにプローブを子宮頸に対して直角に当て、頭側方向(子宮角)へ移動させながら横断面を描出する方法も有用です。

4.卵巣の超音波検査

図5および図6で示したように、正常な卵巣周期を営む場合、卵巣には複数の卵胞と正常に排卵された後に形成される充実した黄体または7mm以上の内腔をもつ嚢腫のうしゅ様黄体が認められます。一方、正常な排卵が起こらず25mm以上の大きさとなって長く存続する卵胞嚢腫、嚢腫壁が一部黄体化して長く存続する黄体嚢腫(図7)といった繁殖障害にもしばしば遭遇します。卵胞嚢腫と黄体嚢腫は、臨床現場において超音波画像のみで鑑別することが困難な場合が多いです。また、黄体壁が薄いタイプの嚢腫様黄体と黄体嚢腫も鑑別困難な場合があります。臨床現場でそれらを細かく診断しなければならないわけではない場合がほとんどですが、鑑別が必要な場合には、期間を空けて複数回検査を実施する必要があると考えられます。このように、超音波検査は非常に有用ですが、絶対ではないことを認識しておく必要があります。

5.子宮の超音波検査

超音波検査によって、子宮蓄膿症、子宮炎、子宮内膜炎といった疾患を診断することができます。ポータブルの超音波診断装置の普及によって、臨床現場では子宮疾患の診断や妊娠診断が格段に容易になると同時にその精度も向上しました。子宮疾患は、図8aで示したように子宮内貯留物や子宮内腔の高エコー(エコジェニック)ラインによって判断可能です。子宮疾患以外にも、超音波検査によって発情期の子宮の特徴を描出することができます(図8b)。発情期には、馬と同様に牛の子宮も浮腫によって子宮内膜の厚さが増加します(図9)。さらに、子宮内腔には高エコーラインが描出されます。このように、子宮に対する超音波検査では、子宮疾患のみならず発情診断にも利用でき、人工授精業務に従事する方にも有用性が高いと考えられます。ただし、子宮内腔に高エコーラインが描出される場合は、子宮内膜炎、発情、あるいはその両方に起因することがあることを知っておく必要があります。子宮に対する超音波検査も、単独検査では鑑別できないケースもあるため、腟検査や子宮内膜細胞診といった別の検査を組み合わせることによって診断精度を上げることができます。

臨床繁殖分野における超音波診断技術の基礎と応用
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