酪農経営を継続させるための繁殖のポイント -繁殖で悩んだときの解決のポイント教えます-
掲載日:2018.11.13
酪農学園大学 獣医学群 獣医学類
教授 中田 健
はじめに
牛にとって繁殖は、乳生産を継続して生存期間を延長するために必要であり、農場にとっては生産乳量を維持および向上することで経営を維持安定化させるために必要です。従って、牛の繁殖性を高めることは農場の生産性を高める一つの要素といえます。繁殖を良くしたいと考えたときに「何から始めたらよいのか」「何をしたら効果が高いのか」を考えることがあると思います。
そこで本稿では、一般的に繁殖性を高めるポイントについてもう一度、整理して考えてみます。次に、繁殖性を高めるためには牛を見て、どのようなことについて注意するべきなのかを考えてみます。
1.繁殖性を高めるために大切なこと
牛の繁殖を考える場合、大切なことは人工授精の実施、受胎(妊娠)、分娩―の三つです。農場で繁殖性が高いということは、ほとんどの牛でそれら一連のサイクルが計画的に効率良く回っているということです。その効率の良さは何が決めているのでしょうか。牛を受胎させるための要素から見てみます。
≪受胎させるための要素の4段階≫
(1)牛:発情徴候、発情行動を示す
(2)生産者:牛の発情を発見する
(3)家畜人工授精師:適切な手技、適切な判断で人工授精を行う
(4)生産者:早期に不受胎牛を見付ける
不受胎牛を早期に発見したときには、再び(1)または(2)に戻ることになります。
まず、(1)から順に考えてみます。
(1)-1 牛が発情徴候を示すためには
1)分娩前後の飼養管理が適切である
2)分娩後に疾病の発生がない
3)牛が健康であり、生殖機能の回復が早い
4)卵巣周期が正常である
5)発情徴候が発現する(表)
(1)-2 牛が発情行動を示すためには
1)発情徴候を発現できる
2)環境・衛生・飼養管理が適切である:床面が滑らない、寝起きや発情行動が阻害されない、肢蹄などに疾病がなく健康である
(2)発情を発見するためには
1)環境・衛生・飼養管理が適切である:牛が健康である
2)繁殖情報の管理が適切である:繁殖や改良の計画を立てる、繁殖の記録がある
3)定期的な発情観察を行っている:回数と時間を十分に取る、記録を取る(時間、徴候、徴候の強さ)、発情・授精の記録は作業をする全員が見ることができる
(3)人工授精を行うためには
1)授精・発情の記録を確認する
2)授精師に発情牛の記録(時間、徴候、徴候の強さ)を説明する
3)授精を行う、行ってもらう
(4)不受胎牛を早期に見付けるためには
1)環境・衛生・飼養管理を適切に行う
2)授精後の次回および次々回の発情予定日前後に集中した観察をする
3)授精後、早期に不受胎である牛を摘発する方法を身に付ける
牛を受胎させるためには「人」「環境」「牛」の要因がすべて関係します。繁殖の基本は、分娩後の人工授精開始予定時期にすべての牛に授精できるような周産期の牛群管理と発情発見、そして授精後に不受胎牛を早期に発見することです。
2.安定した生産サイクルを繁殖性の向上で築くためには
次に、生産サイクルが安定しているかどうかを確認するための項目を考えてみます。
(1)経産牛頭数の推移:生産を担う飼養頭数、ストール数とのバランス
(2)経産牛分娩頭数:牛群の更新計画
(3)産次別牛群構成の推移:生産の基礎となる能力
(4)産次別泌乳能力(泌乳曲線、305日乳量):個体別の生産能力
(5)分娩時期の分布:年間の生産のバランスとばらつき
(6)空胎日数・分娩間隔:生産の継続と生産サイクル
(7)人工授精の受胎率:生産サイクルの効率に影響する要因
(8)発情発見率:生産サイクルの効率に影響する要因
(9)周産期疾病の発生状況:生産サイクルの効率に影響する要因
(10)環境・衛生・飼養管理:牛群の生産環境の整備
≪上記(1)~(10)のそれぞれの項目の意味≫
(1)経産牛頭数の推移
乳生産を支える基本となる数値です。草地面積、農場のストール数、作業者数、日々の作業内容などにより、その頭数の推移が適切であるかどうかを確認します。全体の頭数が安定した推移を示していることが望まれます。
(2)年間の分娩頭数
更新の基礎となる数値です。年間の分娩頭数と2産以上している牛の分娩頭数を確認します。計画的に更新ができている場合には、2産次以上の分娩頭数は変化せずに、初産の分娩頭数が毎年全体の30%を超えない安定した頭数であることが望まれます。
(3)産次別牛群構成の推移
1年間を通した生産の基礎となる数値です。年間の産次別の分娩頭数により構成が変化します。産次別の頭数割合が、産次が増えるにつれて徐々に減少し、その推移が一定であると牛群として更新が計画的で安定しているといえます。産次別の頭数割合が産次の増加で増える場合や急激に割合が減る場合については、その原因を確認して対応する必要があります。
(4)産次別泌乳能力
産次別の泌乳曲線および泌乳持続性は、分娩後の生産能力の参考情報です。泌乳曲線は、各産次および泌乳ステージの飼料設計、泌乳能力別のペン移動の計画に役立つ情報です。泌乳持続性は、産次別の泌乳後期の乳量と飼料給与量/飼料費との収益バランスを考えて、人工授精開始の計画および受胎させるべき分娩後日数を設定する際の情報となります。
(5)分娩時期の分布
年間の分娩頭数が均等にばらけることが、乾乳期の管理および出荷乳量のばらつきを少なくすることにつながります。実際は、夏季の暑熱ストレスなど受胎率の低下に影響する要因により、分娩が夏場に集中することがあります。牛の病傷事故および死廃事故は分娩後の30日以内に集中することから、分娩が集中する時期には分娩前の乾乳期管理に特に重点を置く必要があります。
(6)空胎日数・分娩間隔
空胎日数は次の生産を開始する時期を予測するための数値であり、分娩間隔は生産を継続している牛の生産サイクルを知るための数値です。これらの数値は受胎または分娩した牛からだけ計算される数値です。授精していない牛、授精しても受胎できなかった牛、または受胎しても分娩できなかった牛は一切含まれません。これらの数値の評価には、計算に使用されている経産牛頭数に注意が必要です。
(7)人工授精の受胎率
分娩後の授精開始日、授精の季節、牛の状況および乳量水準、産次数、前産の分娩間隔などによっても影響を受けるため、ほかの状況も合わせて数値を参考にします。
(8)発情発見率
人による牛の記録と観察が最も重要な要因となります。繁殖の計画と管理、発情発見方法、牛の状況にも影響を受けます。管理面では、分娩後の栄養の利用順位を考えた場合、①生存②育子③蓄積④繁殖―の順になります。周産期の飼養管理の重要性がここでも理解できます。
(9)周産期疾病の発生状況
分娩直後に疾病が多発し、さらに死亡および廃用の事故、または売却となってしまう牛の割合が多い農場は、分娩した牛からの乳生産が減少するので大きな損益となります。また、分娩後の疾病はさまざまな形でその後の繁殖性を低下させることが知られています。
(10)環境・衛生・飼養管理
農場の問題の多くは、牛群の管理を見直すことで改善されることがあります。繁殖を行う前に、分娩後の疾病の予防、その前に乾乳期の管理が重要になります。
農場を理解するためには(1)~(10)の順番に見ていきます。改善を行うための牛群へのアプローチは(10)~(7)、その結果を評価するのは(10)~(1)の順番となります。繁殖性を高める、そして生産を安定させるために最も重要なのは、(10)の環境・衛生・飼養管理です。それぞれの農場で、牛群全体の繁殖の問題を改善するための対策は異なります。それぞれの農場で期待する成果を効率良く得るためには、個別管理ができる農場では改善が必要な牛の特徴、産次、季節を、集団管理が中心の大規模農場では改善が必要なペン、牛の特徴、産次、季節を解析して、該当牛の対策を考えます。具体的な対策を立てるためには情報が必要です。(1)~(10)の項目の多くは乳用牛群検定の成績で読み取れます。検定成績は、牛の改良、餌の設計、繁殖の管理、衛生管理にも役立ちます。加入している農場は、ぜひ有効に利用されることを望みます。加入していない農場は、日々の搾乳・繁殖の記録とバルク乳の旬報を活用します。「測定なくして、コントロールはできない(No measure, No control)」のです。
3.繁殖性を高めるためには
自分の農場の牛群の特徴を知り、ポイントを絞って牛を見ることです。牛を見るポイントについて考えてみます。乳牛で疾病または死亡および廃用の事故の多い時期は分娩後30日以内です。逆に考えれば、この時期に農場の牛が病気にならないように管理をすればよいことになります。その管理のポイントは、分娩前の乾乳期および分娩管理ということになります。分娩後乳生産に必要なエネルギーは、妊娠末期に胎子の発育に必要なエネルギーの20倍以上になります。そのエネルギーを生産できる体を乾乳期につくり上げないと、分娩を境にエネルギー不足となり、病気となります。従って、乾乳期には①ゆっくりと休める環境②衛生的に管理された環境③おいしい餌がいつでも食べられる環境④おいしい水がたくさん飲める環境づくり―が必要となります。
受胎したすべての牛に同じように分娩後の乳生産を期待します。その期待に牛が応えることができるかは、分娩後の30日間にかかっています。分娩後30日間の危険な時期をうまく乗り切れるかどうかで、その後の繁殖成績、乳生産、その牛の在籍期間が決まります。
≪分娩前の牛の見方のポイント≫
(1)分娩間隔が長い牛は、受胎がしづらくなります。前回の分娩間隔が460日を超える牛は、分娩後に受胎できる可能性が360日以内の牛に対して60%以下と低くなります。乾乳する前に、その牛の空胎日数に妊娠期間の280日を加え、分娩間隔が400日を超える牛は“要注意牛”とし、定期的に観察します。
(2)乾乳に入る前に、牛の体脂肪の蓄積具合(ボディーコンディションスコア=BCS)およびルーメンの充満度(ルーメンフィルスコア=RFS)を確認し、乾乳前と比較して、乾乳期間中にBCSおよびRFSが下がらないように管理します。
(3)乾乳期は牛体の衛生管理にも気を付け、敷料の交換頻度を高め、十分な換気を行い乾燥した環境を維持します。牛体の汚れ具合を指標とした衛生スコア(乳房、大腿、下腿のスコア)で、牛体の新しい汚れの面積を10%以内に保ちます。
(4)牛の移動は一つの場所に2週間以内の短い滞在期間にならないように余裕を持って行います。
(5)乾乳後期では、フリーバーンの場合には休息環境は1頭当たり10㎡前後の環境で調整します。フリーストールの場合は、飼養密度、飼槽密度(1頭当たり幅70cm)は100%を超えないようにし、行き止まりのない環境とします。この状況は、(2)のBCSまたはRFSの変化にも影響します。
4.何よりも牛を観察することが大切
牛の繁殖性の改善には牛を見ること、分娩前の管理を牛に合わせることです。牛の繁殖はその時の状況よりも、そこに至る状況が大きく反映します。現在、繁殖性に改善が必要な場合には、これから繁殖を行う分娩前の牛の管理の見直しが必要です。「人」「環境」「管理」「分娩前」をキーワードに牛を観察することが、農場の繁殖性改善の糸口につながります。
<牛のモニタリング方法の参考図書>
Cow Signals 乳牛の健康管理のための実践ガイド 日本語版、Jan Hulsen/訳 中田健、デーリィマン社(2008)
日本語版 カウシグナルズ チェックブック 乳牛の健康、生産、アニマルウェルフェアに取り組む、Jan Hulsen/監修 及川伸、中田健、デーリィマン社(2013)
乳牛群の健康管理のための環境モニタリング、監修 及川伸、酪農学園大学エクステンションセンター(2011)
牛は訴えている~カウコンフォートの重要性、監修 及川伸、三好志朗、デーリィ・ジャパン社(2013)
これからの乳牛群管理のためのハードヘルス学〈成牛編〉、編著 及川伸、緑書房(2017)