草地の土づくり ≪第3回≫草地の維持管理の基礎
掲載日:2019.04.05
酪農学園大学 農食環境学群 循環農学類
教授 三枝 俊哉
はじめに
多くの寒地型草地では、イネ科牧草を基幹草種としてマメ科牧草を混播します。マメ科牧草を混播することの意義は、①収穫された牧草のミネラル含量向上と②根粒菌からの窒素移譲による窒素施肥量低減の2点にあります。イネ科牧草とマメ科牧草は窒素移譲の観点からは共生関係にあるように見えますが、実は光や養分の獲得競争をしています。イネ科牧草とマメ科牧草をどちらも大勝ちさせず、混生割合を適切に維持することが、草地の生産性を高く保つ秘訣になります。それでは、基幹草種であるイネ科牧草と補助草種であるマメ科牧草の維持管理の基礎についてご紹介します。
1.イネ科牧草を維持する
イネ科牧草の乾物収量は、面積当たりの茎の数(茎数)と茎1本当たりの乾物重(一茎重)のかけ算で表現できます。生産性を維持・向上させるには茎数を減らすことなく一茎重を増やす工夫が重要です。その方法は、各草種の生育特性に応じて異なります。
イネ科牧草では、1本1本の茎のことを分げつと呼びます。寒地型牧草はほぼ多年生で、株や地下茎は何年も生き続けますが、個々の分げつには寿命があり、毎年ある割合で世代交代が進みます。分げつがいつ発生し、いつ穂を出し(出穂)、どのように世代交代するかが草種によって異なります。ここでは、これまでよく研究されてきた北海道の代表的なイネ科牧草であるオーチャードグラスとチモシーについてご紹介します。
1)オーチャードグラスとチモシーの分げつの世代交代
オーチャードグラスの分げつは秋に最も旺盛に発生します。このうち、大きくて栄養状態の良い分げつだけが冬の低温を感じて、翌年の1番草で穂を出す準備をします(池谷 1987)。これを春化と言います。春化を受けて越冬した分げつは春の長日条件で栄養成長から生殖成長に移行し、節の間を伸ばし(節間伸長)、出穂に向かいます。穂を持つ茎(有穂茎)は栄養茎よりも大きく重いので、多くの有穂茎数を確保できれば、一茎重が増えて1番草が増収します。1番草の収穫は、出穂し始めた頃から始まります。この時期、成長点である茎頂は穂のすぐ下にあるので、1番草が収穫されると有穂茎は茎頂を失い、枯死します。一方、前年秋の生育条件が整わず春化が不十分だった分げつは、1番草でも生殖成長に移行せず、栄養茎のまま2番草、3番草を生産し、冬に向けて2回目の春化の機会を待ちます。そしてこのときも、条件に恵まれ春化を受けられた分げつだけが翌年に出穂します(三枝・松中 2016)。これらの分げつ消長の結果、2番草以降の全茎数は1番草収穫で茎頂を失った分げつの分だけ減少します。もちろん、2番草再生時に新しい分げつも発生しますが、生き残った栄養茎(既存分げつ)の旺盛な生育に負けるため、2番草、3番草での全茎数の回復は望めません。最終番草収穫後の秋に新分げつが大量に発生して、ようやく前年並の茎数に回復します(図1;伊藤ら 1989)。したがって、オーチャードグラスでは、秋の生育をいかに確保するかが、分げつ密度と次年度の生産性を維持するために重要となります。また、このように毎年徐々に出穂し、世代交代する分げつの生活史を、持続型とよびます(Ito 1997)。
一方、チモシーは出穂に春化を要さず、長日条件であれば生殖成長に移行します。このため、1番草では越冬した分げつのほとんどが節間伸長し、穂を持ちます。その結果、1番草収穫ではほぼすべての分げつが茎頂を失って枯死し、新分げつに一斉に世代交代します(図2;藤井 2013)。こうした分げつの生活史を交代型(Ito 1997;松中・三枝 2016)とよびます。前述のオーチャードグラスとは異なり、1番草収穫後の世代交代をいかに円滑に進ませるかが、分げつ密度の維持にとって重要です。
2)分げつの消長に対応した施肥時期
このような草種特性の違いは、肥料の効く時期にも影響します。図3では1番草に対する窒素肥料のやり方を比べました。同じ量の窒素を施肥する場合でも、オーチャードグラスは前年秋と早春に分けて施肥した方が高収になりますが、チモシーでは早春にまとめて施肥した方が有利です。
オーチャードグラスの場合、前年秋の分施はこの時期の分げつ発生を促進し、栄養状態を向上させて春化を促し、1番草で有穂茎数を増やします。一方、チモシーは前年1番草収穫後にすでに分げつの大半が世代交代しており、秋施肥の有無によらず翌年の有穂茎数の上限はほぼ決まっています。分施するより早春に一括施肥した方が、越冬期間中の損失が少なく、最大限まで有穂茎数を確保することができます。
さらに、1番草収穫後の追肥の適期も異なります。オーチャードグラス草地では、1番草収穫後、1番草で生殖成長に至らなかった栄養茎が既存分げつとして2番草を構成します。これらの既存分げつは収穫後ただちに栄養成長を開始するので(写真1;松中・三枝 2016)、速やかな施肥が推奨されます。これに対し、チモシー草地では、1番草収穫でほぼ全ての分げつが世代交代します。次世代の分げつが刈株の節からあらたに発生し、地上に出現するまでの7~10日間は、見かけ上、地上部の乾物生産が止まります。養分吸収も地上部が出現してから旺盛になるので、チモシー草地では刈取りから10日後くらいまでの間に施肥すれば、十分に間に合います。
2.マメ科牧草(補助草種)を維持する
北海道東部の中標津町にある道総研酪農試験場には、50年も前から続けられている肥料の3要素試験があります(写真2;松中・三枝 2016)。最初(1967年)にオーチャードグラス、チモシー、アカクローバ、シロクローバの混播草地を造成し、翌年から肥料の3要素である窒素、リン、カリウムの全部を施肥する3F区を対照に、各養分を欠如する区(-N、-P、-K)、さらに無施肥区(-F)を加えた全5種類の施肥処理で年3回の収穫を続けると、施肥処理によって収量と草種構成が大きく変化しました(図4;大村ら 1985)。3F区と窒素欠如区(-N)では一定期間、マメ科牧草が良好に維持されました。マメ科牧草は根に共生する根粒菌が空中の窒素を固定し、その一部を周囲のイネ科牧草に移譲した結果、オーチャードグラスが優占草種として維持され高収を得ました。その後、両区とも土壌の酸性化が進行し、マメ科牧草が徐々に衰退しました。また、その程度は窒素を施肥した3F区の方が明瞭でした。窒素を施肥すると、土壌微生物の硝化作用で、アンモニア態窒素から硝酸態窒素が生成される際に土壌の酸性化が促進されます。そこで、カルシウムとマグネシウムを補給した結果、いずれの区でも酸性矯正され、衰退していたマメ科牧草が回復しました。
一方、リン欠如区(-P)では処理開始数年後からマメ科牧草が衰退し、窒素移譲量の減少によりオーチャードグラスも衰退して、レッドトップが優占しました。カリウム欠如区(-K)ではマメ科牧草の衰退がいっそう速やかで、ケンタッキーブルーグラスが優占しました。リンやカリウムが欠如したとき、オーチャードグラスとシロクローバの間で養分吸収に関する競争がおこります。オーチャードグラスはシロクローバよりも、このような競合に強いことが知られています。これらの結果から、混播草地のマメ科牧草を良好に維持する施肥管理のコツは、①窒素を控え、リン、カリウム、マグネシウムを過不足なく施肥すること、②カルシウム施肥によって土壌pHを維持することの2点があげられます。
まとめ
草地の生産性を維持するには草種構成を良好に維持することが重要です。そのためには、基幹草種であるイネ科牧草の分げつ密度を維持し、補助草種であるマメ科牧草混生割合を適切に制御する施肥管理が有効です。本稿では、その基礎的な考え方をご説明しました。具体的な施肥量、施肥時期の決め方は、北海道施肥ガイド(北海道農政部 2015)に整理されているので、次回以降解説していきたいと思います。
<引用文献>
北海道農政部(2015)北海道施肥ガイド2015,197-229,北海道農政部,札幌.
<http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ns/shs/10/clean/sehiguide2015_05.pdf>
池谷文夫(1987)北海道農業試験場研究報告,147,45-119.
<https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010361276.pdf>
Ito et al (1997) Japanese Journal of Grassland Science, 43, 7-13.
<https://www.jstage.jst.go.jp/article/grass/43/1/43_KJ00004391148/_article>
伊東ら(1989)日本草地学会誌,34,247-256.
<https://www.jstage.jst.go.jp/article/grass/34/4/34_KJ00004704319/_article/-char/ja/>
松中照夫・三枝俊哉(2016)草地学の基礎-維持管理の理論と実際-,p11-23,49-52,農山漁村文化協会,東京.
三枝俊哉・松中照夫(2016)日本土壌肥料学会講演要旨集,62,244.
<https://www.jstage.jst.go.jp/article/dohikouen/62/0/62_244_1/_pdf>
大村邦男・木曽誠二・赤城仰哉(1985) 北海道立農試集報,52,65-76.
< http://www.hro.or.jp/list/agricultural/center/kankoubutsu/syuhou/52/52-7.pdf >