子牛の免疫システムの成熟と感染症
掲載日:2019.12.10
酪農学園大学 獣医学群 獣医学類
准教授 大塚 浩通
はじめに
子牛を健康に飼育することは、優れた畜産生産を目指すための根幹です。しかし、子牛を飼うに当たっては、消化器病や呼吸器病の発生が生産者の悩みの種になっているものと思われます。成牛に比べて子牛では、腸炎や消化不良などの下痢や気管支炎・肺炎など粘膜の感染症を発症しやすいことはよく知られていますが、その大きな原因は「免疫システムが未熟」であることが挙げられます。子牛の免疫の成熟には飼育管理の内容が密接に影響しているため、管理の不宜によって免疫抵抗力が低下して感染症となり、それが拡散して群内にまん延します。病原体は不衛生な環境で増えやすいので、感染症の発症予防に“衛生的な環境”が求められることが多いです。しかし、清潔な環境下で子牛を飼育しても、子牛自身が健全でなければ感染症は簡単に発症し、牛群全体にまん延することにもなりかねません。各農家によって哺乳・育成方法は異なりますが、子牛の病気がほとんど見られない牧場もあれば、頻発する感染症に悩む牧場もあります。これは単に衛生環境が良好であるということだけでなく、子牛自身のストレスや栄養など飼育管理方法の影響を受けているためと考えられます。
そこで本稿では、子牛の免疫システムを高める飼育管理上の要点について紹介します。
1.胎子期の免疫
子牛の免疫システムの発達は胎子期から始まります。免疫をつかさどる白血球は造血幹細胞からつくられます。造血幹細胞は胎生期には肝臓に、生まれた後は骨髄にあり、この細胞を幹として免疫細胞が分化して体中に分配されます。白血球には幾つかの種類があり、それぞれが役割分担をして侵入して来る微生物の特徴に合わせて体を防衛しています。このうち、司令塔になったり、ウイルス・腫瘍などの攻撃を受けるのがTリンパ球です。Tリンパ球は、胸腺という胎子期から幼齢期にかけて認められる臓器で成長します。妊娠末期において胎子は急速に増体し、これに伴って肝臓、胸腺や骨髄が発達しますが、妊娠末期の母牛のコンディションが悪い場合には栄養不足から胎子成長が悪くなるため、子牛は出生後に小柄、痩せている、活力がない―など虚弱体質の状態で出生します。この場合、胸腺などの免疫システムの発達不良も伴うので、生まれ落ちの時点で免疫力が低く、病原体が増殖しやすい体質となる危険性が高くなります。そのため、胎齢末期の子牛の成長を促す目的で、妊娠末期の母牛では乳房炎や蹄病などの基礎疾患を避けるとともに、低または高ボディーコンディションスコア(BCS)とならないように注意を払い、妊娠末期に乾物摂取量(DMI)不足を避け、できる限りストレスなく安楽な状態での分娩を可能にするように心掛ける必要があります。周産期において母牛が健康であり、正常な分娩で子牛を出生させることが健康で免疫力の高い子牛を飼うための第一歩といえます。
2.出生時の管理と免疫
難産などにより健常な分娩ができない場合、子牛は大いに分娩ストレスを受けることとなり、その後の生育にも影響する可能性があります。特に難産による子牛の体力の消耗によって呼吸が不十分となり、ガス交換が悪くなると、体内の酸素が不足することから諸臓器の機能が低下するリスクが高くなります。消化管を含めた臓器機能の低下により腸管からの初乳の吸収率が低下し、推奨される「出生2時間以内に2Lの初乳を給与」しても初乳成分が吸収されない可能性があります。難産によって出生した子牛に対しては、初乳を飲ませたからといって安心せず、その後の推移を注意深く観察するべきです(図1)。
また、初乳成分は子牛の免疫システムの成長に大きな役割を持っています。一般的に牛の初乳には免疫グロブリン(Ig)が大量に含まれており、IgにはIgを持たずに出生する子牛の免疫を補助する役割があると考えられています。近年の牛の初乳と子牛の免疫に関する研究では、母牛から子牛に移行するのはIgだけでなく、それ以外の免疫にかかわる成分が多く含まれており、子牛の免疫システムの発達に大いに役立っていることが明らかにされています。
出生したばかりの新生子牛が抗体であるIgを持たない理由は、胎内で母牛のIgが移行せずに出生するためですが、もう一つの理由は子牛が自前でIgをつくることができないことにあります。免疫細胞は自分(自己)ではない非自己(微生物など)との接触によって非自己の情報を解読・記憶し、微生物などの非自己を無毒化、体内から浄化しやすくするIgを産生します。胎内では母牛に守られているので病原体との接触がなく、病原体に対する記憶もないので自前のIgをつくる機会もありません。例えるなら、新生子牛は敵(微生物)を攻撃する“弾薬(Ig)”をつくる能力はあるものの“設計図(記憶)”がないため、弾薬をつくれないという状態です。さらに、子宮内には微生物が侵入しないため、胎子は敵に接触することがないことから弾薬(Ig)をつくる必要がないので、弾薬をつくる指令もない状態ということです。生まれた子牛は少しずつ設計図を収集・蓄積しながら、自らの免疫力によって弾薬をつくることができる体に成長していくこととなります。
3.出生後の免疫の形成
子牛では幾つかの段階を経て免疫システムが成長します。その初めのステップが、母牛の膣や体表にすみ着いている細菌、また母牛が生活している環境中の細菌との接触です。これらの微生物は子牛の皮膚、消化器や呼吸器に侵入して増殖を始めます。上述したように微生物は免疫を刺激する起爆剤となるため、生まれた子牛の消化器や呼吸器に微生物が入り込むことは免疫の発達にはとても大切な仕組みです。動物は無菌状態で生存することは決してなく、微生物と共存しながら健康を維持しています。
初乳には栄養分のほかに母牛の免疫成分が多量に含まれており、免疫的に未熟な子牛に取り込まれて出生後、目覚めていない子牛の免疫細胞を覚醒させる効果があるとともに、母牛の免疫成分がしばらくの間、機能に劣る子牛の免疫力を補助する役割を持っています。生まれた子牛の免疫力を高めるには、初乳成分を少しでも多く吸収することが望まれます。子牛の初乳成分の吸収率を低下させる要因として、初産または高齢牛であることによる初乳成分の低下のほか、出生後の初乳給与時間の遅延や初乳給与量の不足など人為的な失宜は、これまでもよく指摘されています。これに加えて、周産期の母牛体調不良による初乳成分の低下、胎子期の成長不良に伴う子牛の初乳吸収能の低下も初乳の吸収率に影響する要因なので注意が必要です。
4.発酵と下痢症
適切な初乳の摂取によって免疫成分が体内に移行した子牛は、環境中にある微生物の暴露を受けながら微生物との共生関係をつくりつつ、免疫細胞が微生物の刺激を受けて活性していきます。健康な子牛では、微生物との共生関係をうまくつくることができるので病気なく成長します。牛の消化管には二つの大きな発酵槽があり、大量の微生物が増殖しながら子牛に必要な栄養素を供給しています。その一つは大腸で、もう一つは第一胃です。乳の栄養素は子牛の小腸から体内に吸収されますが、吸収されずに大腸に移行した消化物は大腸内にすみ着く細菌などの微生物により利用され、発酵によってさらに栄養素がつくり出されます。そのため、小腸までの消化不良によって栄養素に富む残さは大腸に送られ、大腸内の大腸菌など刺激性の強い細菌を増殖させることから下痢の原因となることが少なくありません。下痢の原因は微生物の感染と考えられることが多く、下痢であれば抗菌剤を投与する、また微生物の増殖を避けるために予防的な抗菌剤の給与が実施されることもありますが、下痢症と感染症とはしっかりと区分して対策するべきです。
5.下痢症対策
下痢症の対策として環境中の有害な微生物を少しでも子牛に移行させないため、汚染なく乾燥しており、良好な空調の下で子牛を飼育するべきです。下痢症の原因は、多くの場合、消化不良と有害な病原体が消化管内で増殖することにあります。消化不良への予防対策として、①子牛自身の消化能を高める②消化しにくい成分の乳の給与を避ける③有害な微生物の増殖を抑えて有用な大腸の発酵を促すために出生後から生菌剤を給与する―ことなどは、大腸での異常発酵を予防するための一助となるものと期待されます。また、初乳を介して下痢の原因となる病原体の増殖を抑えるため、出生前から母牛にワクチンを接種し、感染性下痢症の原因となる病原体に対するIgを多く含んだ初乳を与えることは有用です。
出生後、急速に成長する子牛にとって哺乳量の不足は諸臓器のすべての成長不良を招くため、十分な注意が必要です。免疫細胞は上述したように骨髄やリンパ節、胸腺などの器官でつくられますが、子牛の時期は免疫システムが成長する期間であるので、栄養不良は確実に免疫力の低下を招きます(図2)。そのため、十分な哺乳量が確保されることと消化不良なく吸収されることが必要です。離乳前後に呼吸器感染症が多発する牛群では哺乳量が少ないことが多いため、呼吸器感染症に悩む牧場であれば哺乳期の管理内容を再度確認する必要があります。また、呼吸器感染症の多発に悩む牧場では成長不良があり、低体重であることが多いので、健康状態の目安として体重で評価することは客観的な指標となり得ます(図3)。
6.離乳
子牛の免疫システムは新生・哺乳期前半に比べ、離乳・育成期になるとかなり成牛のものに近くなります。離乳前後は飼育環境が変化しやすいことから子牛はストレスを持ちやすくなりますが、哺乳管理に問題のある子牛では離乳前後に呼吸器感染症を発症するリスクが高まります。子牛に見られる呼吸器感染症の最大の原因は、ストレスによる免疫力の低下です。離乳は、乳による栄養摂取が中断されるので栄養面でのストレスを受けますが、同時に哺乳できない精神的なストレスもあるため、子牛の免疫機能を大いに低下させることとなります。乳からの栄養が絶たれる離乳後の子牛は、固形飼料によって栄養摂取しなければなりません。そのためには第一胃の発酵が不可欠となりますが、哺乳期に固形飼料を十分に摂取できない子牛では、離乳によって重大な栄養失調の状態となります。そのため、離乳までに第一胃での発酵ができるように哺乳期から固形飼料を与える飼養管理に配慮しなければなりません。子牛の第一胃の発達は、濃厚飼料の摂取によって得られる揮発性脂肪酸(VFA)による化学的な刺激のほかに、粗飼料の摂取による物理的な刺激の双方のバランスが必要となります。濃厚飼料だけの給与では子牛はルーメンアシドーシスを招くため、第一胃の発達には必ずしも良好な効果をもたらしません。反対に、第一胃が未発達の子牛では通過速度の遅い粗飼料の給与によって消化不良を起こし、栄養失調になることがよくあります(写真1、写真2)。
また、離乳のタイミングで個別管理から群飼とすることも多いですが、集団で飼育された経験のない子牛にとって群飼への変更に加え、畜舎環境の変化も大きなストレス要因となります。さらに、去勢や除角などの疼痛ストレス、春や秋には季節の変わり目にある特有の寒暖差があり、冬季には寒さによるカロリー消費があるので、子牛にとって一層厳しい飼育環境となります。
哺乳後期から離乳期、離乳後の期間は下痢などの消化器病よりも呼吸器病の発生が問題となります。気管支炎や肺炎などの呼吸器病の対策としては、①畜舎の環境整備、清掃・消毒②導入牛の隔離・観察③ワクチンの接種―などが試みられ、特に牛の移動の際には呼吸器病予防のために“ウェルカムショット”などと称して移動前後に抗菌剤の予防的投与などが実施されることもあります。これを人間に例えると、旅行先での感染症の発症を予防するために移動の前後に抗菌剤を服用するようなものですが、一般の人はそのようなことはしないでしょう。
感染症の発症においては、感染症の原因となる病原体と感染を受ける牛自身の双方の問題がかかわっているため、どちらの原因にも対処する必要があります。このうち、牛自身の問題として免疫力を下げないように配慮する必要があり、さまざまなストレスによって免疫力が低下すると、たちまち病原体が増え始めて感染症を発症することとなります。牛群単位でのストレスは多くの子牛の免疫力を下げるため、1頭の発症によって次々に伝染して牛群内に感染症がまん延することとなります。呼吸器病の予防を考える上で第一に考えるべき問題は“牛の健康状態”であり、少しでも牛のストレスを緩和させて免疫力を下げないような環境をつくり、牛が安楽で適当な成長が得られるように配慮することです。その上で、ワクチンの接種や消毒を実施することで予防効果が得られると考えられます。
おわりに
強い子牛の免疫力は健康な成長に伴ってしっかりと獲得されていくため、子牛を健康に飼育できれば抵抗力も高くなります。免疫力が低いために感染症を発症しやすい体質になるものの、成長過程ではそれぞれに異なった原因があるので、感染症の発症に悩む牧場であるならば管理面での問題点をもう一度整理して各個改善していく必要があります。また、正常に成長していても、畜産においては避けることのできないストレスがあるため、少しでもストレスを緩和するための努力が必要です。各牧場にある現行の施設と限られた労働力において効率良い作業体系とし、無理なく管理面でのロスをできるだけ少なくするべきです。疾病に悩む牧場では子牛の飼育管理の面で何らかのミスがある場合が多く、問題点とそれに対する対策方法がかみ合っていない場合もあります。病気の発生や期待する成長ではない―といった問題には必ず原因があるので、子牛の感染症の発生に悩む牧場では飼育管理上の問題点を整理して対策を講じることが子牛の免疫力を高め、感染症を低減させることとなります。