農場のバイオセキュリティを考える ≪第7回≫酪農現場で問題になる感染症
掲載日:2020.10.20
酪農学園大学 農食環境学群 循環農学類
教授 髙橋 俊彦
酪農学園大学大学院 酪農学研究科
博士課程 北野 菜奈
はじめに
酪農現場では多くの感染症が問題になっています。中でも近年非常に問題視され、注目されているのが牛白血病ウイルス(BLV)と牛ウイルス性下痢症(BVD)ウイルス感染症です。そこで今回は、これらについて解説します。
1.牛白血病
牛白血病ウイルスは届出伝染病である地方病性牛白血病の原因ウイルスであり、国内では30~35%の牛が感染しています。感染牛の多くは臨床症状を示しませんが、約30%はリンパ球が恒常的に多い持続性リンパ球増多症となり、約5%は感染から数年後に白血病を発症します。白血病を発症した牛は予後不良であり、と場で白血病と診断された場合は全廃棄処分となるため、農家の経済的な損失は大きくなります。
また、これまで「リンパ球の異常増加以外に臨床症状がない」と考えられてきた持続性リンパ球増多症においても、免疫抑制傾向が報告され、BLV感染症の被害が想像以上に大きいことがわかってきました。BLVは一度感染すると生涯感染が持続し、有効なワクチンもないことから、ほかの牛への感染を防ぎながら、感染牛を非感染牛に更新していく以外にBLV感染症による損害を防ぐ方法はありません。
農場におけるBLVの伝播経路は多岐にわたります。吸血昆虫の吸血、直検手袋や注射針の使い回し、母乳を介して感染します。また、感染母牛の胎盤や産道内でもウイルスは伝播します。農場にいる感染牛が等しく感染源となるわけではなく、感染ウイルス量が多い牛が主要な感染源となります。そのため、①感染ウイルス量が多い牛は優先的に更新する②もしくは非感染牛と牛舎を分ける③同一牛舎での飼養の場合は距離を取る―ことが感染拡大防止として重要です。
また、感染ウイルス量が多い母牛は胎盤や産道で子牛にウイルスを伝播するリスクが高く、また母乳を介した感染リスクも高いことが予測されます。このような垂直感染を防ぐには①感染ウイルス量が多い牛を繁殖に用いない②非感染母牛への受精卵移植を行う―などの対策が有効です。
現在、現場のBLV対策として、牛舎への防虫ネット設置やペルタッグ装着などが報告されています。
2.BVDウイルス感染症
BVDウイルスは、1940年代の発見時から今日に至るまで、ウイルス名も病態もその感染症としての対策もさまざまに変遷してきました。さまざまな疾患にBVDウイルスの関与が疑われるようになり、さらに検査診断技術の向上によって、BVDウイルス感染症の実態が明らかになる過程が、変遷の内容です。
本症の病原因子であるBVDウイルスは、約70年前に難治性の下痢牛から新規に検出されたウイルスとして「牛ウイルス性下痢ウイルス(BVDV)」と定義されました。牛ウイルス性下痢・粘膜病(BVD-MD)ウイルスは1型と2型が存在します。さらに近年、ウイルス学的にこれら2種類とは異なるウイルスも発見され、「BVDV3」と提唱されています。
さまざまな病態分析で感染様式によって「持続感染」(PI)と「急性感染」(一過性感染)に区別すると、大きく臨床分類できることが認識されるようになってきました。
(1)PI牛
胎子が子宮内感染によってBVDウイルスに免疫寛容となり出生してくると、常に大量のウイルスを排出し続けるPI牛となります。PI牛で高率に認められる発育不良は、甲状腺に対する自己免疫性疾患として報告されています。BVDウイルスそのものに免疫抑制作用があり、常にウイルスが大量に体内を循環しているPI牛にとっても、その影響による虚弱体質が原因と考えられる病態がさまざまに発現することが明らかとなってきました。
ほとんどのPI牛は無症状で牛群内に潜伏し、同居牛の急性感染の感染源となっており、多大な経済的損失をもたらすことが認識されるようになってきています。
(2)急性感染牛
BVDウイルス発見当初は、PI牛だけが本症で問題となる感染牛であり、発生の少ない感染症であると考えられていました。実際、健常な牛はBVDウイルス感染に対して正常に免疫応答し、感染後約2〜3週間で十分量の抗体を産生してウイルスを排除します。しかしながら、その間にストレス感作や体力低下などによって日和見感染を誘発したり、治療に対する反応を低下させたりします。後天的にPI牛になることはなく、PI牛は生まれつきPI牛であるので、まず子牛・育成牛群がこれらの影響を受ける、ということが問題視されるようになってきました。特に牛呼吸器複合病(BRDC)においては、BVDウイルスは重要な因子として認識されるようになり、飼養環境の改善やワクチンプログラム設定において考慮されるようになってきています。
また、長生きすることはないと考えられていたPI牛ですが、外見上ごく普通に振る舞うPI牛も存在し、初妊牛群や泌乳牛群に影響を及ぼしている事実が明らかになってきました。これらの牛群を構成する個体は、既に十分な免疫応答能力を備えているので、難治性の症状を呈することはほとんどありませんが、子宮内の胎子は影響を受けて、最悪の場合はPI牛を産生してしまいます。現在摘発されているほとんどのPI牛は、急性感染によって作出されていることが明らかとなってきています。
(3)対策
ワクチンは、日本においては「生ワクチンの妊娠牛への接種によるPI牛産生」という苦い経験を教訓として、BVDV単味ワクチンが廃止され、不活化ワクチンの導入および開発、異なるワクチン株ウイルスによるワクチン開発がされています。特徴は、BVDウイルスだけを標的としたワクチン開発ではなく、呼吸器病ワクチンとしてあくまでもBRDC対策として利用されているという点です。
摘発淘汰については、BVDウイルスに関してはPI牛が最も重要な感染源であり、妊娠牛とPI牛との接触を断つことが、牛群内で感染が維持されるのを防ぐ最も有効な方策です。すなわち、PI牛を早期に摘発淘汰して牛群の清浄化を維持することです。
世界で最初にBVDウイルス清浄化に成功した国の対策では、まずワクチン接種を中止し、抗体による自然感染個体の検出によってPI牛の存在を推測し、農場を重点的に監視してPI牛の摘発淘汰を実施しました。並行して、国外からの導入牛にはBVDウイルス検査を義務付けました。まず乳牛群のバルク乳検査から始め、肉牛群のスポット検査へと拡大させて同様に農場を監視し、国内からPI牛を駆逐して「BVDウイルスフリー」としました。
ワクチンを併用する方法、ワクチン接種のみで様子見する方法、何もしない方法―などさまざまな対策法が試みられてきました。最も効果的なのは、継続的に出生子牛を検査してPI牛を摘発することです。
<参考文献>
1)目堅博久(2016)「牛白血病ウイルスの伝播経路と地域、農場における感染対策」産業動物臨床医学雑誌、第6巻増刊号.
2)今内覚(2016)「牛白血病における免疫応答」、大動物継続教育合同セミナー.
3)田島誉士(2016)「牛ウイルス性下痢ウイルス感染症の略歴」、大動物継続教育合同セミナー.