水田活用の直接支払交付金の支払条件厳格化と酪農・畜産業への影響
掲載日:2022.06.15
酪農学園大学 農食環境学群 循環農学類
教授 相原 晴伴
本稿の要約
水田における転作は、従来、麦・大豆・飼料作物(牧草など)を中心に進められてきました。近年では、飼料用米やWCS(稲発酵粗飼料)などの新規需要米も多く作付けられています。水田転作において飼料用作物は重要な位置づけとなっていますが、その生産は水田活用の直接支払交付金に支えられています。その支払条件の厳格化は、水田作経営と酪農・畜産経営の両方にとって大きな問題です。
近年、配合飼料の輸入原料価格が上昇しており、飼料自給率を向上させることが一層重要となっています。そのためにも水田作における飼料生産を拡大させる必要があります。支払条件の厳格化は、とくに牧草の自給率を引き下げてしまう可能性があり、国としても別途対策が必要です。また、子実用とうもろこしを畑作物の直接支払交付金の対象にすることも、検討されるべきです。
1.水田作だけでなく酪農・畜産にとっても大きな問題
農林水産省は、水田活用の直接支払交付金の支払条件を厳格化する方針を示しました。この交付金はもともと「転作奨励金」であり、米の生産調整政策の下で、水田での転作作物の作付けを促進・維持し、米の過剰を事前に抑制することが目的です。転作作物ごとに交付単価が設定され、作付面積に応じて支払われています。
まず、今年度(2022年度)から行われたのは、多年生牧草の交付単価の大幅な引き下げです。多年生牧草の播種から収穫までを行う年はこれまでどおり3万5千円/10aの交付金が交付されますが、収穫のみを行う年は1万円/10aへと大きく減額されました。北海道農政部は影響緩和のため、2022年度に限り産地交付金(全道枠)によって5千円/10aの助成を行うことにしました。
また、農林水産省は今後5年間に一度も水稲の作付けが行われない農地は、交付金の対象としないこととしました。そのため、特定の圃場に転作作物が固定されて作付けが行われている場合には、2027年産以降は交付金が交付されないことになります。交付金の対象外となる農家は所得が大きく減少するため、耕作放棄や離農が増加する可能性があります。
支払条件の厳格化は水田作経営にとってだけではなく、酪農・畜産経営にとっても大きな問題です。地域によっては、家畜の飼料を水田転作の飼料作物に大きく依存しているからです。酪農・畜産経営によっては、自給飼料を十分に確保できなくなる可能性があります。
2.水田転作において飼料用作物は重要な位置づけ
従来、水田における転作は、麦・大豆・飼料作物(牧草など)を中心に進められてきました。図は、2021年産における戦略作物などの作付状況をみたものです。飼料作物の面積は7万2,917 haと合計の14%を占めており、飼料作物が転作を支える重要な作物であることがわかります。農業地域別にみると、北海道では25%となっており、麦に次いで多くなっています。東北・中国・九州地方でも10%台となっています。
北海道内の状況については、水田転作において飼料作物の作付面積が最も多いのは上川地方です。上川盆地の良食味米産地では、主食用米を中心に作付けを行い、転作の大部分を牧草で行っている町もあります。畜産が盛んな日高地方では、転作作物のほとんどが飼料作物です。また、道南の渡島・檜山地方でも、転作作物の中で最も多くなっています。
近年では、麦・大豆・牧草での転作拡大が難しくなったため、飼料用米やWCSなどの新規需要米の拡大で主食用米の作付けを抑制しています。全国的には、飼料用米の作付面積が、戦略作物の中で最も多くなっています(前掲図)。また九州地方では、WCSの作付けが盛んです。
牧草・飼料用米・WCSなど水田における飼料用作物の生産を支えているのが、水田活用の直接支払交付金です。牧草などの飼料作物については、これまでは播種の有無にかかわらず麦・大豆と同じ3万5千円/10aが支払われていました。WCSは8万円/10a、飼料用米は収量に応じ最大で10万5千円/10aと比較的高い交付単価となっており、経営の所得確保にとって重要です。
なお、牧草の交付金については、水田作経営が作付けして対象となる場合と、酪農・畜産農家が借りた水田に牧草を作付けして対象となる場合があります。北海道では水田活用の交付金の対象面積のうち、水田経営などが50.9%、酪農経営が22.5%、肉牛経営が19.9%となっています(北海道農政部資料による)。この交付金は、水田経営と畜産経営の両方にとって所得補償としても重要です。
3.飼料自給率向上のために牧草に対する別途の対策が必要
日本の飼料自給率は低く、その向上が必要となっています。2020年の飼料自給率は全体で25%であり、粗飼料では76%、濃厚飼料では12%となっています。農水省は飼料自給率を30年度に全体で34%、粗飼料は100%、濃厚飼料は15%にすることを目標としています。こうした中で水田の有効活用や耕畜連携の推進が行われており、飼料用米やWCSの拡大に加え、子実用とうもろこしの生産・利用拡大が進められています。飼料自給率の向上にとって、水田を活用した飼料生産が重要となっています。
表は牧草の田畑別の作付面積をみたものです。全国の栽培面積は71万7,600 haですが、うち田作は7万8,500 haと10%を超えています。北海道での比率は2.9%と低いものの、面積は1万5,600haと全国でも最も多くなっています。九州の各県では田作の比率が高く、とくに長崎、宮崎では50%を超えています。田作の牧草のすべてが水田活用の交付金の対象になるわけではありませんが、牧草の作付けにおいて田作が重要であることがわかります。
近年、配合飼料の輸入原料価格が上昇しており、2021年度4~6月期以降、配合飼料価格安定制度の異常補填が発動されています。とうもろこしの国際価格は、中国における需要増加やコロナ禍からの経済回復などにより上昇し、その後下降していましたが、ウクライナ情勢を受け再び上昇しています。
こうした世界情勢の中で食料安全保障の面からも、飼料自給率を早急に高める必要があります。そのためにも、水田作における飼料生産を拡大させることが重要です。水田活用の交付金の支払条件の厳格化は、とくに牧草の自給率を引き下げてしまう可能性があります。牧草の生産を維持・拡大するためには、国としても何らかの別途の対策が必要です。
4.今後求められる対応
支払条件の厳格化に対して今後求められる対応として、以下の3点を挙げておきたいと思います。
第1に、転作で牧草の作付けを固定している場合、5年以内に1度水稲を作付けするか、牧草地として利用し続けるかの判断が必要となります。水稲の作付けでは、飼料用米やWCSを作付けするという方法もあります。
第2に、水稲を作付けせずに交付金の対象から外れた場合、耕作放棄や離農が増える可能性があります。それを防ぐためには政策的な支援が必要となりますが、畑作物の直接支払交付金(ゲタ対策)の対象作物を、子実用とうもろこしや牧草にまで拡大することを政府に求めるべきと考えます。
第3に、各地域において、水田の土地利用の方針を明確にすることが重要です。水田作経営はもちろんのこと、転作の牧草が多い地域では、酪農・畜産農家も含めて、土地利用について話し合うことが重要です。
こうした話し合いが、地域農業の将来像を考えるきっかけになればよいと思います。