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管理作業施設衛生その他

酪農におけるGGAPの取り組み

掲載日:2019.07.04

アットファーム株式会社
代表取締役
 田中 傑

はじめに

G.A.P.(ギャップ) とは、GOOD(適正な)、AGRICULTURAL(農業の)、PRACTICES(実践)の略で、「農業生産工程管理」や「適正農業規範」と訳されます。簡単に言うと「模範的な農作業を実践すること」という意味であると私は解釈しています。

GLOBALG.A.P.(グローバルギャップ、以下GGAP)とは、それを証明する農業全般に対する国際基準です。世界120か国以上に普及し、今や事実上の国際標準となっています。欧米の大手小売をはじめ、最近では日本のイオン、コカ・コーラ、コストコなどでもGGAPなどの国際認証を取得した生産者からの仕入れを優先しています。また、東京五輪の選手村への食材提供基準の一つにもなっています。

GGAPの基本理念は、「食品安全」、「労働環境」、「環境保全」、そしてこれらに配慮した「持続的な生産活動」を「実践すること」です。つまり農産物の品質や価値に対する認証ではなく、農場運営に対する認証です。酪農などの畜産においては、「食品安全」、「労働環境」、「環境保全」の他に「家畜衛生」と「アニマルウェルフェア」が加わり、この五つに配慮した「持続的な生産活動」を「実践すること」が求められます。

1.認証取得までの道のり

GGAP認証取得までにかかった期間は約1年間です。
まず認証取得で問題になったのは基準書でした。公式な基準書が英語版しかなかったので、翻訳するところから始まりました。もちろん翻訳は外注したのですが、翻訳した方には酪農の知識がないので、翻訳したものにさらに酪農の専門用語を混ぜて自分達で修正していきました。さらに翻訳が正しいかどうかを確かめるために、2018年1月にGGAPドイツ本部から専門家の方を招いて3日間かけて突き合せました。2018年6月には実際の審査員の方に2日間かけて牧場の予備審査をしていただき、ようやく基準書が完成しました。基準書作成に6カ月ほどかかったことになります。

この予備審査で不適合の項目を洗い出し、ここから改善行動が始まりました。約250のチェック項目に対して、当牧場が不適合となったのは約60項目だったので、約75%は最初からクリアしていたことになります。日本の酪農現場では当たり前に行われている項目も多く、おそらくどこの牧場でも60~70%は自然とクリアできていると思います。

不適合となった項目の多くは書類の整備についてでした。書類に関しては決まった様式がなく、自分たちの使い易い様に作成して下さいというスタンスなので、書類のデザインから考えなくてはいけないのが大変で、時間がかかってしまいました。さら決まった事を従業員に周知して教育訓練を行い、訓練を行った記録もつけなくてはなりません。

このような改善を地道に行い、全てクリアできたのは約5カ月後の2018年11月でした。

2.実際の改善について

実際に行った改善行動は大きく分けると、①書類の作成、②掲示物の作成、③牧場内の整備―の三つです。
書類の作成については、作業マニュアルや緊急時の対応マニュアル、作業等の記録用紙、清掃記録用紙、薬品台帳、リスク評価表などを作成しました(写真1~3)。
掲示物の作成については、ブレーカーや薬品に対する注意喚起や、緊急連絡先一覧、施設名、牧場地図などを作成・掲示しました(写真4)。
牧場内の整備については、来訪者への作業着と長靴の貸し出し、死体置き場の設置などの防疫対策、尿溝に落下防止の柵を設置するなどの危険箇所の改善、ゴミ置き場の設置などを行いました(写真5)。

こうして見るとわかるように、特別な事はしていません。これらは工事現場や工場で普通に行われている事だと思います。防疫対策に関しても養豚、養鶏業界では当たり前の事です。
このように他の業界で当たり前になってきている事を酪農業界でも行いましょう、というのがGGAPだと私は理解しています。

3.GGAP認証取得のメリット、デメリット

GGAP認証取得のメリットは大きく分けて、①販路拡大、②経営改善、③従業員教育、④リスク管理―の四つです。
日本の酪農においては、まだ販路拡大や生乳単価が上がるといったところまでは至っていませんが、求人イベントなどでは反響があり、雇用などの面では牧場PRになるという効果はあると思います。まだまだGGAPの知名度が低く、日本の酪農家で初めて取得したという部分が目立っている感じはありますが、特に新卒などの若い層はGGAPに興味を持ってくれました。実際に雇用に結びつくかどうかはこれからですが、GGAPを取得していなければ当牧場に注目が集まることなどないので、大きなPR効果があったと私は感じています。

当牧場では実際に取得して半年ほど経過していますが、日常の仕事では書類への記録が10~20分ほど増えたものの、牧場作業においては作業時間も作業内容もそれほど変わっていません。ただ、作業の質が上がりました。従業員が働きやすい職場となることによるモチベーションアップや作業の効率化、従業員自らがリスク評価に基づいて作業マニュアルを改定するなど、運営改善がなされています。従業員がより主体的に作業をするようになり、徐々にですが牛群管理や乳質が向上してきています。

一方デメリットは審査費用がかかることです。審査費用が高いというよりは、審査員の宿泊交通費が多くかかってしまいます。日本には畜産担当のGGAPの審査員がいないため、日本の最寄りではベトナム、タイ、ハンガリーから来てもらう必要があります。通訳も必要になるためさらに多くの費用がかかります。今回の審査では、審査費用と宿泊交通費などすべて含めて約100万円かかりました。さらにGGAPは1年に1回の更新審査が必要であり、毎年これだけの費用を支払って審査を受けなければなりません。もちろん更新を希望せずに認証を取得しないことも選択できます。

4.日本でのGGAP普及の壁

日本でGGAPが普及するためには、二つの壁があります。一つ目は配合飼料の問題、二つ目はつなぎ飼いの問題です。

まず一つ目の問題ですが、配合飼料はGGAPが認可した飼料工場から調達しなければなりません。これは飼料のトレーサビリティー(追跡可能性)を担保するためです。ですが今現在、日本には認可を受けた飼料工場がありません。
この問題を解決するために、GGAPドイツ本部から招いた専門家の方と解決策を検討しました。結果、欧州にはない日本独自のTMRセンターというシステムをとても高く評価していただき、TMRセンターが販売しているTMRのみを給与しているならば飼料の問題はクリアできると判断していただきました。

二つ目の問題ですが、これは欧州ではアニマルウェルフェア政策でつなぎ飼いを廃止する流れになっているためです。フリーストールもしくはフリーバーンによる飼養管理ならば問題ありません。この問題は今のところ解決不可能ですが、将来的にはつなぎ飼いでも認証取得できる可能性があります。GGAPは各国の文化を認める柔軟性を持っており、基準のローカライズが認められています。日本でGGAPがある程度普及することが必要ですが、つなぎ飼いが日本酪農の文化だと発信することで、日本のつなぎ飼いを認めてもらうことは可能です。

5.GGAPは農場改善のためのツール

実際にGGAPを取得して感じたことは、GGAPはそれ自体が農場運営の改善手法だったということです。私も最初は認証取得という意識が先行してしまい、チェック項目をクリアする事を目的としていました。しかしGGAPのチェック項目を翻訳して作成するところから始まったこともあり、項目の意図するところを少しは理解することができました。

GGAPは農場運営マニュアル的な要素が強くあります。また認証取得後も継続的で自発的な改善行動を促すような作りになっています。例えばリスク評価は毎年見直す必要がありますし、それに連動してマニュアル等も作り直さなければなりません。リスク評価もマニュアルも年を重ねるごとに内容が洗練されるはずです。つまり、リスク評価→リスクへの対策→対策を盛り込んだマニュアル作成→マニュアルに則した作業の実施→実施の記録→実施記録を見直してリスクが改善されたか評価、を繰り返す形になります(図1)。これらの改善行動を「食品安全」、「労働環境」、「環境保全」、「家畜衛生」、「アニマルウェルフェア」の各項目に対して継続的、自発的に行っていけるようにGGAPは設計されています。

GGAPとは牧場運営の改善行動が認められて与えられる認証であり、認証取得を目的として一時的に取り組むものではない、ということだと感じています。極端な話、認証に価値があるのではなくGGAPの基準を農場運営に取り入れて改善行動することに価値があるかもしれません。認証取得による販路拡大よりも、牧場運営の改善による効率化の方が大きな効果があると思っています。メリットのところで述べたように、その多くは農場運営に関するもので、特に従業員を雇用する(家族経営でない)牧場には必要な内容です。すでに従業員を雇用している牧場にも効果があると思いますし、家族経営から規模拡大し従業員を雇用しようとしている牧場にも、運営マニュアルとしてGGAPを導入することは大きな効果があるのではないでしょうか。

おわりに

10年もすればGGAPは取得して当たり前になっているかもしれません。GGAPは農産物の付加価値を高めるための認証ではなく、牧場の運営を評価する認証です。GGAPとは持続可能な地球環境に配慮した農業とはどのようなものかを考えて農業全体が望ましい方向に向かうための理念であり、全ての農場に普及することを目指していると感じました。GGAP認証を取得している農場が特別だということはありません。

日本でも畑作や果物においては普及してきているGGAPですが、畜産においては飼料の問題があったため取得は非常に厳しいとされてきました。今回、TMRセンターの利用により飼料の問題をクリアできたことで、普及の道が開けたのではないでしょうか。
最初はTMRセンターに加入している、従業員を雇用する規模のフリーストール形態の酪農家で広まり、そこからGGAPに認可された配合飼料のニーズが増えれば、飼料会社が対応する可能性が高まります。そこから家族経営の酪農家、肉牛、養豚、養鶏などの畜産業界全般に普及するというのが現実的な流れだと思います。

ですが、まずは畜産業界全体がGGAPについて認知を高めることが重要です。先にも述べましたが、GGAPは特別でハイレベルな管理を求めるものではありません。先進国でも途上国でも認証が取得できるよう、現実的で実践的な基準となっています。国際的な認証だからハードルが高いと思わずに、多くの農家の方々にGGAPについて知っていただきたいと思います。また認証を取得する、しないに関わらず、是非自分達の出来るところから取り入れていただきたいと思います。

 

【著者プロフィール】
アットファーム株式会社 代表取締役
田中たなか すぐる
2007年 酪農学園大学 酪農学部 酪農学科卒
2008年 実家である田中牧場に就農
2016年 代表取締役就任

【会社概要】
所在地:北海道野付郡別海町
従業員:7名(内役員3名)
年間出荷乳量:3,000t
飼養頭数:600頭(搾乳頭数260頭)
2008年 TMRセンター「ウエストベース」設立(18戸の酪農家の共同出資)
2014年 牧場を法人化し「アットファーム株式会社」に
2018年12月 日本の牧場として初めてGGAP認証取得※
2019年4月  JGAP認証取得

※家畜・畜産物経営体(乳用牛、肉用牛)としては2014年に宮崎大学農学部住吉フィールドが日本で初めて認証を取得しているが、一般の牧場としてはアットファーム株式会社が初となる。

 

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