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繁殖・育種

高泌乳牛の繁殖成績の現状と受胎率向上について

掲載日:2020.01.09

酪農学園大学 農食環境学群 循環農学類
講師
 西寒水 将

本特集は、2019年12月に千葉県で開催した酪農公開講座『乳牛の繁殖から子牛の管理まで』の講演要旨を改訂したものです。

はじめに

近年、乳牛の繁殖成績の低下が問題になっています。繁殖成績が低下している要因の一つは、育種改良により牛個体の泌乳量が増加したためと考えられています。しかし、高泌乳牛群であっても高い繁殖成績を維持している酪農家も少なくありません。著者が胚移植を実施している酪農家の中にも、高度な飼養管理技術と定時人工授精および定時胚移植技術を併用し高泌乳牛群で高い繁殖成績を維持している酪農家があります。このことから、繁殖成績を向上させるためには繁殖成績の現状を把握するとともに、分娩間隔を短縮するために必要な繁殖管理技術についても検討する必要があります。最近、乳牛においては後継牛を効率的に生産できる性選別精液が普及していますが、一般的に性選別精液の受胎率は通常精液より低いことから、繁殖成績が低下している一つの要因となっている可能性があります。繁殖成績を向上させるためには、少なくとも性選別精液の受胎率が通常精液と同程度でなければなりません。そこで本稿では、高泌乳牛の繁殖成績の現状について紹介し性選別精液を用いた定時人工授精の受胎率および受精卵移植技術を用いた受胎率向上について優良事例を紹介し解説します。

1.高泌乳牛の繁殖成績の現状

農林水産省畜産統計(2019年2月1日現在)によると、2000年の全国の乳用種飼養戸数は3万3千600戸でその後は右肩下がりで減少し、2019年には1万5千000戸と2000年から2019年の間で1万8千600戸の酪農家が離農しています。一方、1戸当たりの飼養頭数(未経産牛および経産牛)を見ると、2000年は平均52.5頭であったものの2019年は88.8頭まで増加しています(図1)。成畜飼養頭数割合(満2歳以上)を見ると100頭以上の酪農家が約4割を占めていることから、中小規模の経営から大規模経営へと規模拡大している酪農家が増加していることが分かります。飼養頭数の増加に伴い繋ぎ飼い牛舎から、フリーストール牛舎やフリーバーン牛舎へ移行しており、飼養形態の変更に伴い牛の行動範囲が制限され、コンクリート床の影響により発情行動の抑制が懸念されています。また、高泌乳に伴う血中ホルモン(エストロジェン)の低下により牛の発情行動が不明瞭になり、適期の人工授精実施が困難な場合が多くなっていることも受胎率低下の要因であると考えられます。図2に家畜改良事業団が生産・販売する凍結精液の初回受胎率について示しました。2000年のホルスタイン種(未経産牛および経産牛)の初回受胎率は54.9%でしたが、2014年には44.4%と約10%低下しています。また、家畜改良事業団の報告(乳用牛群能力検定成績まとめ)によると、平成29年度の分娩後の平均初回人工授精実施日は約90日、平均空胎日数は433日であり、ここ数年間変動していません(図3)。また、分娩間隔の中央値は407日、最頻値は357日と報告されています。堂地(2019)は上記した報告より「中央値が407日であることから全体の50%の牛が分娩後130日以内に受胎しており、中央値より分娩間隔の長い牛の繁殖成績を改善すれば牛群全体の繁殖成績を改善できる」と述べています。ウシの繁殖成績には、栄養状態や環境要因が強く影響していることが知られており、乳牛では分娩前後のボディー・コンディション・スコア(body condition score:以下BCS)、の低下が繁殖機能回復に影響を及ぼすことが報告されています。このことから、分娩前後の高度な飼養管理技術により分娩後のBCSの低下を最小限に抑え、初回人工授精の実施までにBCSを上昇させることが繁殖成績改善に必要不可欠です。

2.性選別精液を用いた定時人工授精の受胎率

性選別精液は販売開始から10年以上が経過し、酪農現場ではごく一般的に利用されています。また、人工授精に限らず過剰排卵誘起処置および体外受精にも利用されおり、今日では性別をコントロールした受精卵の生産にも必要不可欠です。通常精液および性選別精液の人工授精の受胎率について表1に示しました。未経産牛における通常精液の受胎率は40~58%であるのに対して、性選別精液の受胎率は32~46%と通常精液に比べて低くなっています。また、経産牛における通常精液の受胎率は30~40%であるのに対して、性選別精液は25~34%と通常精液に比べて低くなっています。このように性選別精液の受胎率は経産牛より未経産牛が高いことから、未経産牛への利用が推奨されています。最近、性選別技術は進展し、精子を選別する際の精子への負荷が軽減できる選別方法が開発・利用されています。また、選別精液を凍結保存する際のストロー構成(精液層と希釈液層を分離)の変更などにより受胎率が改善されています。しかし、依然として1ストロー当たりの封入精子数は200~400万と通常精液の封入精子数1,000~3,000万に比べて少なくなっています。このことから、排卵側子宮角へ適期に人工授精を実施する必要があります。そこで著者らは性選別精液を用いた定時人工授精の受胎率について調査しました。供試牛には、ホルスタイン種未経産牛8頭および経産牛3頭を用いました。定時人工授精プログラムには腟内留置型プロジェステロン製剤(CIDR)、性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)100 µgおよびプロスタグランジンF(PGF)500 µgを用いました。人工授精にはカスー式注入器および性選別精液を用いて卵胞側子宮角に1回行いました。なお、本試験ではABSグローバル社が生産販売する1頭の種雄牛より生産された性選別精液Sexcel™を用いました。
定時人工授精の受胎率は未経産牛が87.5%(7/8)、経産牛が100.0%(3/3)、合計90.9%(10/11)でした(表2)。また、平均在胎日数は279.6日、子牛の平均生時体重は38.4kg、雌子牛の割合は88.8%(8/9)でした(表3)。本試験の結果より、性選別精液Sexcel™の全体の受胎率は90.9%(10/11)と良好であり、雌子牛の割合も88.8%(8/9)と通常販売されている性選別精液と同等であったことから、性選別精液Sexcel™を用いた定時人工授精は受胎率向上に有効であると考えられました。

3.胚移植技術を用いた高能力牛の後継牛生産の優良事例

北海道江別市内の1軒の酪農家(搾乳頭数43頭)における胚移植技術を用いた高能力牛の後継牛生産の優良事例について紹介します。供胚牛にはホルスタイン種未経産牛1頭を用いました。過剰排卵誘起処置はCIDRと安息香酸エストラジオール製剤(EB)を用いて発情周期を調節して、卵胞刺激ホルモン(FSH)投与を開始しました。人工授精は発情確認後に性選別精液を用いて実施し、発情後7日目に胚回収を行いました。受胚牛にはホルスタイン種未経産牛2頭、経産牛4頭を用いました。全ての供試牛にCIDRを挿入し、同時にGnRHを投与して排卵同期化処置を開始しました(0日目)。CIDRとGnRH処置後7日目にPGF2α(ジノプロスト25mg)を投与するとともにCIDRを抜去して発情を誘起し、8日目にEBを1mg、9日目にGnRHを100μg投与し、16日目に胚移植を行いました。胚回収を行った結果、回収した10個すべての胚が正常胚でした。回収した胚は排卵同期化処置を行った受胚牛6頭に新鮮胚移植を行い、5頭が受胎(83.3%)しました(表4)。また、5頭すべてが正常に分娩しすべて雌産子でした。生産された5頭中3頭が2019年8月6日公表(独立行政法人家畜改良センター)の未経産牛GNTP上位30以内(6位、8位および27位)にランキングされました(表5)。このことから、排卵同期化処置を行うことで効率的に新鮮胚移植を実施でき、かつ性選別精液を併用することでより高能力牛の後継牛を同時期に複数頭生産できることが確認されました。

おわりに

性選別精液の普及により後継牛を効率的に生産することが可能になりました。今後、より計画的に後継牛を生産するためには安定した受胎率が必要不可欠です。安定した受胎率を得るためには供試牛の栄養管理はもとより、技術者の知識や経験も重要です。特に性選別精液を用いた場合の授精適期については、定時人工授精を利用することでより高い受胎率が得られると考えられます。また、優良事例で示した通り受精卵移植に性選別精液を併用することで、より効率的に高能力牛の後継牛が生産可能であり、さらに受胚牛を供胚牛の発情日に同期化することで新鮮胚移植ができ、かつ高い受胎率を確保できます。受胎率の高い酪農家にその秘訣を聞くと特別なことは何もしていないとの回答が多いです。しかし、基本に忠実な飼養管理に努めています。すなわち、圃場の土壌分析はもとより牧草の刈り取り適期の徹底、生産した牧草の飼料分析、牛個体の栄養管理、乳検データなど様々な情報と経験を踏まえた牛群管理を実践しています。このことから、酪農家と技術者はともにコミュニケーションをとり、改善策を協議していくことが高い受胎率を維持していくうえで最も重要です。

 

<参考文献>
農林水産省(2019)畜産統計調査
<http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/tikusan/>
堂地 修(2019)家畜人工授精,303,1-6.
Dochi O, Kabeya S, Koyama H (2010),J. Reprod. Dev., 56,S61-S65.
家畜改良事業団(2018)平成29年度乳用牛群能力検定成績まとめ,1-365.
<http://liaj.lin.gr.jp/japanese/newmilkset.html>
今井 敬(2016)日本胚移植学雑誌,38,161-168.
高山茉莉(2019)北海道牛受精卵移植研究会会報,38,4-7.

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