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酪農経営の動向とこれからの家族酪農

掲載日:2020.03.11

酪農学園大学 農食環境学群 循環農学類
教授
 吉野 宣彦

※本特集は、2019年10月に北海道湧別町で開催した酪農公開講座『酪農を未来へつなぐ』の講演内容をまとめたものです。図表および写真は添付ファイルから、講演内容と図表をまとめたPDFは「PDFでダウンロード」からご覧いただけます。

はじめに

本報告のテーマは、中小規模の家族酪農が持続する経済的な可能性をデータで示し、そのために必要な取り組みを実践をもとに提示することにあります。報告の順序は、第1に現状についての共通認識のために農水省の統計で基本的な経営動向を示します。第2にクミカン等業務データを用いて収益性の格差を示します。第3に収益性の低い農家を改善するために必要な取り組みを、まず農協が大学と協力して、さらに農家が自主的に取り組んだ実践をもとに提示します。

1.酪農経営の動向(公表統計で見る北海道酪農)

(1)稲作・畑作と比べて(1970~2017年)
酪農は以下3点の問題を抱えてきました。第1に家族の平均自家農業労働時間が増加し、2000年以降2,500時間が維持され最大になっています。第2に借入金が増加し続けてきました。第3に農業所得率(=農業所得/粗収益×100)が一貫して最下位でした。

(2)経産牛頭数階層別で比べて
まず自家労働時間(2004~2017年)では、第1に家族一人あたり労働時間は100頭以上では増加し雇用で対応してきましたが、80頭未満では増加せず維持しました。第2に全階層共通に65歳以上の労働時間が増加し、若い担い手の不足を示しています。
また借入金を貯金等と対比(2005~2017年)すると、どの階層も2015年以降に負債圧は緩和しました。ただし100頭以上では借入金は貯金等の2倍以上で、高いリスクを抱えています。逆に80頭未満では借入金は農業所得の1年未満、貯金額と同等以下になりました。近年の良好な交易条件の下で中小規模の財務は安定化しました。
さらに経営収支(2015年)は、大規模ほど農業所得が大きいですが、農業所得率は低下します。農業所得率の低下は資材・機械・エネルギー資源の非効率な利用を示しています。

(3)主要市町村と比べて
第1に飼料面積と乳牛頭数の規模を全道各市町村と比較する(2015センサス、飼料作50%以上の地域のみ)と、会場(湧別町)と近隣の2町(遠軽町、佐呂間町)は原点近くに位置し、中小規模が多くなっています。第2に農業就業人口の構成で、現在の経営主世代50~64才に対する次世代の25~39才の比は、本3町は42%で、主要酪農専業地帯と比べて小さく、男女を問わず幅広く担い手を育成する必要性が高くなっています。

2.収益性格差の実態(クミカンなど業務データと意識調査で見る)

農林水産省の公表統計は任意なグループで再集計できません。酪農の「所得倍増」を単純に公表統計で示すと多頭化となります。果たしてそれで良いでしょうか?今日地域では業務データをデジタル化して蓄積し、自ら分析して政策等を提案可能な時代が来ました。以下で酪農専業地帯の1農協のデータにより各種の分析を示します。

(1)規模と収益の相関とその理由
図の横軸に経産牛を縦軸にクミカン農業所得(=農業収入-農業支出+支払利息+家族労賃)を示した分布では、確かに頭数と所得は相関します。しかし同じ50頭規模でも所得は0円から3,000万円まで分散します。共通した地域条件下での収益性格差があり、その格差の理由を明らかにすることは、地域酪農の所得を高位平準化する鍵となり得ます。

(2)収益性の高い理由
第1に、この理由を農業所得率の階層ごとのクミカンで比較すると、高収益階層では換算頭数1頭当たりで、収入は同じで支出が低くなっています。個体乳量は高くなく、購入飼料費など各種支出が低くなっています。第2に横軸に経産牛頭数、縦軸にクミカン農業所得を示し、牛舎施設、昼夜放牧の違いをマークした散布図でも差は明確ではありません。第3に横軸に平均の分娩間隔、縦軸に収益性(換算頭数当たりクミカン農業所得)を示しても明確な相関はありません。第4に横軸に経産牛頭数、縦軸にクミカン農業所得を示し、将来意向別にマークした散布図(1991年)では、多頭化を希望し「めどあり」と回答した農家は下位のグループに多くなっています。もうからないから拡大する悪循環の拡大を志向しています。

(3)中小規模・長期高収益グループの変化と特徴
この地域では、雇用が少ない経産牛30~80頭の中小規模家族酪農(269戸)に限定して、クミカン農業所得率11年間(2007~2017年)の平均で階層区分し、データ利用が可能な範囲で長期の経営変化を比較します。長期高収益グループの中にこの地域に適した中小規模の営農モデルがあり、低収益グループとの違いにより収益性格差の要因を示し得ます。分析では途中のデータがない新規参入や、購入飼料費に資材・燃料・人件費なども含まれて増加するTMRセンター参加者を除きました。また農家から過去10年間の営農に対する力点を聞き取った(19戸)結果を利用します。これらは2年掛けて分析中のテーマの中間結果の利用となるため、不十分さをご理解願いたいと思います。

1)直近年の収益性階層差(2017年)
収益性階層の分布は、11年間平均で農業所得率40%以上の高収益グループが29戸に対して、30%未満の低収益グループは125戸あり、大きな格差が固定的にあったことが確認できます。高収益グループの特徴は以下のようになります。
直近年での差違を、第1にクミカンで示すと高収益グループほど収入は低くなっていますが、支出がさらに低いため農業所得は大きくなり、経済的な持続性が期待できます。第2に乳検では、高収益グループほど1頭当たり平均乳量が低く、搾乳時間も短く、死亡などが少なく乳牛が健康なことが確認できます。

2)長期変化の収益性階層差(2004~2017年)
様々な分析のうち、明瞭な結果のみを示すと以下のようになります。
第1に農業収入は高収益グループが一貫して低くなっていますが、全体的にほぼ平行して増加してきました。第2に農業支出はグループ間の差を広げました。第3に濃厚飼料給与量(kg/日頭)が低収益グループで増加したのに対して、高収益グループでは減少しました。資材価格の高騰の中で高収益グループで資材の利用は抑制的だったと理解できます。第4に資金の元利返済が低収益グループでは元々高くさらに増大したのに対して、高収益グループでは低位水準を維持してきました。

3)過去10年間に何に力点を置いたか
農家に対して、7分野42項目について力点を置いたか否かを各項目5段階評価で19戸に聞き取った結果を収益性階層毎にレーダーチャートにすると、高収益グループでは直接的な経営収支よりも、間接的にあるいは迂回的に効果が生じる「ふん尿の適期散布」や「家族と食事を共にする」など生活面に傾注してきたことが示されます。

4)よい循環の形成と課題
一方で費用を抑制して大きな所得を確保し、低い乳量ですが少ない濃厚飼料で乳牛の健康を維持して、少ない作業時間でゆとりを確保してきた高収益グループがあります。ゆとりがあることで、すぐに収益に結びつかないふん尿の利用や家族生活を重視できるよい循環になっています。他方で、低い収益性で元の借金が減らないまま返済に追われ、生産を高めるために費用を掛けて収益性をさらに下げて借金を増やす悪循環の低収益グループがあります。様々な要因が複雑に絡んだ悪循環から抜け出しよい循環に至ることが、多くの中小規模酪農の持続に必要となります。しかしここでは全ての因果関係の循環のごく一部しか示し得ません。全ての循環は、図にすることも文章にすることも極めて困難な作業となります。何をすべきでしょうか。

3.経営改善の実際

(1)経営分析サポートの効果
悪循環から抜け出すために研究者として可能なことは、何が高く何が低いのかを示す経営分析となります。そこで2003年から酪農専業地帯の1農協の協力の下、クミカンと営農計画書、出荷乳量などのデータを表計算ソフトに入力してデータベースを作成しました。ボタンをクリックすると、自分の位置が全体や同規模と比べてどの水準かを示す図表が各農家ごとにプリントアウト可能なプログラムを作成しました。この分析結果を全戸に配付し続けました。途中、農協合併と農家アンケート結果に対応して、プログラムを改修し乳検データも含めた分析を可能にしました。本報告でこれまで使用した図表は、このプログラムで生成し、それを加工したものになります。
こうして経営分析サポートを続けましたが、その結果得られた効果は以下になります。第1に、農家からは「費用削減の必要」を感じたとの回答が最大(2003年)となり、以前のアンケート(1998年)と比較して、この意識は強くなりました。第2に、実際に費用が削減したかを追跡分析しました。分析シート配布後のアンケート(2010年)で経営改善について「費用削減の必要」のみを選択した農家は、選択しない農家よりもその後の費用が上昇しました。経営分析のみでは、意識は変えられますが、経営を変えることできませんでした。“どう費用を減らすか”の手順が明かでないためと思われます。ただしその後、改善を希望する農家と農協職員とが共同で、プログラムを活用し経営改善を進めた事例は出始めています。

(2)自主的な改善活動の事例
最後に、実際に所得率を高めた農業者グループ(マイペース酪農交流会)の取り組みを示します。このグループでは、1986年から今日まで年1回100名ほどでの学習会を続け、2014年には「史上最高142人参加」となりました。1990年頃に転換期を迎え、多数の農家が頭数を減らし所得を増加させました。参加者の内15戸を示すと、もともと低収益であったほど大きく改善しました。最低15%のクミカン農業所得率の農家も、3年後に40%に改善しました。改善の経過は以下のように説明できます。
第1にモデル農家がありました。1990年に学習会メンバーの紹介で三友盛行さんを訪ねると、昼夜放牧で少ない乳量でメンバーの誰よりも高い所得を上げていました。1991年4月に学習会で三友さんが自分の酪農を紹介し、翌5月から月例の交流会が開始し、現在も続いています。第2に、対面式の交流がフィールドワークを含めて五感を使って行われました。言葉や図表ではやりとりが難しい事柄を、牛や草地を見ながら確認してきました。失敗談が話され、経験談が共有されました。第3に、夫婦で参加し、生活上の問題も話題にしました。女性も年次学習会の報告でマイクを持ち「縮小して本来めざしていた酪農に戻り、子供と過ごす時間が作れるようになった」と涙ながらに報告していました。第4に、毎年・毎月の発言はテープに起こし、経営分析資料とともに配付され公開されてきました。このために交流会を運営するボランティアの農業者や獣医師などがいました。
この取り組みの原点は、1970年代初頭にさかのぼります。バルククーラーが普及する前後に、様々な補助事業に振り回され、多くが離農しました。農協や学校が統廃合し、地域住民の生活に不安が広がりました。農協や普及指導員や教員が参加し、調査して公表し、学習し実践に活かす情報交流が広がりました。その活動の趣旨は「マイペース酪農」という言葉が初めて記録された次の文章(1973年)に示されています。「誰にも振り回されずマイペースの酪農を進めてゆくにはお互いの経営状況を公開し合い…ざっくばらんに話し合える場こそ第1に必要」。具体的に1976年には、同じ出荷乳量規模で収益性の大きな違いが図示されていました。その中で最も収益性の高い農家がモデルとなって学習交流がなされました。メンバーの経営分析は今日も毎年公開されています。

(3)多様な選択肢と意識改革
多くの場合に経営収支について、本人の過去は知ることができますが、他人の状況を知ることは困難です。仮にある農家が農業所得が少なく大変な時、自分の過去を延長して増産に向かいやすい傾向にあります。農水省の公表統計も同じ解答を用意しています。しかし地域全体で比較すると、その農家の所得は小さく、例えば支出過剰であるとわかり費用削減が重要なことも理解できます。
それでは足りません。加えて、同じ規模でも十分に持続できる所得とやり方の具体的モデル農家がおり、交流ができます。そういう環境があれば、この農家の選択肢の幅は広がり、相談しながら試行錯誤して所得高めることができます。自分の従来のやり方を否定することはつらいと思います。しかし、否定を通じて大きく飛躍することは不可能ではないでしょう。新規参入した方がしばしば驚くほどの経営成績を達成するのは、過去に捕らわれずによいものを選択できるからではないでしょうか。

おわりに

(1)経営収支と技術の基本的な点検
経営を地域で分析する取り組みは、ここでも始まっています。JAえんゆうの哺育育成センターの検討資料には、まず「規模と所得の分布実態」が掲載され、「あなたは…どの位置にいるでしょうか」と問いかけられています。さらに「頭数別所得上位3戸平均」の「クミカン集計表」も示され「あなたの費用を入力」する欄が作られています。この取り組みを年々繰り返し、各自の努力や工夫の成果を確認できる仕組みが作られることが期待されます。

(2)魅力ある営農の姿の明確化と交流
そして「各頭数別所得上位3戸平均」の中には、各規模でモデルとなる農家が含まれています。その農家を見つけ出し「お互いの経営状況を公開し」「ざっくばらんに話し合える場」を作ることはできないでしょうか。中小規模の家族酪農が地域に持続し、地域の人口が保たれる―そのためには農協、農家、関係機関が協力して実践することが必要ではないでしょうか。一息ついている今こそ、まさにチャンスだと思われます。


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