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繁殖・育種

牛の繁殖管理の理論と実際 ≪第2回≫雌牛におけるホルモンの分泌とその作用

掲載日:2021.06.04

酪農学園大学 農食環境学群 循環農学類
教授
 今井 敬

はじめに

牛における発情周期中のホルモン分泌には視床下部、下垂体および卵巣がそれぞれ相互に作用し、その分泌を調節しています。視床下部からは性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)が下垂体へ分泌され、下垂体からは卵胞刺激ホルモン(FSH)および黄体形成ホルモン(LH)という二つの性腺刺激ホルモンが分泌されます。これらの性腺刺激ホルモンの分泌を受けて、卵巣の卵胞からエストロジェン(E)が、黄体からはプロジェステロン(P)が分泌されます。

今回はこれら雌牛の繁殖にかかわるホルモンついて解説します。

1.性腺刺激ホルモン放出ホルモン

GnRHは視床下部の神経細胞で合成されるペプチドであり、下垂体の性腺刺激ホルモン産生細胞に作用し、FSHやLHの合成と分泌を刺激します。近年、GnRHはキスぺプチンの刺激により、その拍動性(パルス状)の分泌あるいは一過性(サージ状)の分泌が支配されていることが明らかとなりました。すなわち、GnRHのパルス状分泌は弓状核のキスぺプチンの分泌に、サージ状の分泌は視索前野におけるキスぺプチンの分泌に依存しています。

GnRHを投与することはGnRHのサージ状分泌したことと同様になり、発情卵胞の排卵促進、卵胞波を制御するための主席卵胞の排卵除去、卵胞嚢腫のうしゅの治療および過剰排卵処理などに使われています。

2.卵胞刺激ホルモンおよび黄体形成ホルモン

FSHおよびLHは下垂体前葉から分泌されます。どちらのホルモンも視床下部から分泌されるGnRHの支配を受け、その合成と分泌が制御されており、雌牛の卵巣における卵胞発育、排卵および黄体形成に重要な働きをしています。

FSHは顆粒層細胞の分裂と増殖を促進し、卵胞腔の形成と卵胞液の貯留といった卵胞の発育を促す働きがあります。しかし、FSHは単独では卵胞を成熟させることができず、LHの関与が必須となります。発育した主席卵胞はEとインヒビンを分泌します。Eおよびインヒビンには負のフィードバック作用があり、FSH分泌に抑制的な働きをします。特にインヒビンは下垂体へ直接的に作用してFSHの分泌だけを抑制します。このため、FSHの分泌はGnRHによる制御だけではなく、インヒビンによる制御経路が存在しています。

一方、LHはGnRHのパルス状およびサージ状の分泌に呼応し、それぞれパルス状およびサージ状の分泌を示します。LHの働きは前述のとおり卵胞成熟、排卵および黄体形成です。黄体期にはLHはパルス状の分泌をしていますが、発情期にはサージ状の分泌を示し、GnRH分泌後1~2時間でピークとなり、8~10時間で規定値に戻ります。LHサージ状の分泌を受けて、卵胞は27~30時間後に排卵します。

FSHは過剰排卵処理や卵巣静止の治療に用いられています。一方、LH製剤は日本では認可されていないため、使用することができません。LH製剤があればGnRHの投与と同様に、発情卵胞の排卵促進、卵胞波の制御のため主席卵胞の排卵除去、卵胞嚢腫の治療および過剰排卵処理などに使うことができると考えられます。

3.エストロジェン

は卵胞の顆粒層細胞より分泌されるステロイドホルモンで、発情卵胞の成熟とともにその濃度が上昇します。P濃度が急激に低下した状況でのE濃度の上昇によって、正のフィードバックが発動し、視床下部からGnRHのサージ状分泌を促します。このGnRHサージによりFSHとLHサージが起こり、LHサージは卵子の減数分裂の再開と成熟卵胞の排卵を誘起します。

牛の発情周期中には2回あるいは3回の卵胞波が観察されます。この卵胞波で発育してくる最も大きい卵胞を主席卵胞といい、その卵胞が発育するときにもE濃度は上昇します。この時のEはP濃度が高いと負のフィードバックとして働き、GnRHのパルス状の分泌を抑制し、FSHとLHのパルス状の分泌頻度を抑制します。このため、主席卵胞は十分成熟せず、閉鎖退行して新たな卵胞波が起こります。

この原理を利用してE製剤が卵胞波を調節するために用いられています。一般的にはE製剤を投与して4日後には新たな卵胞波が立ち上がるとされており、E投与後4日目から過剰排卵処理をすることで、新たな卵胞波に合わせたFSHの投与が可能となり、採取卵数が多くなると報告されています。また、Eによる正のフィードバック作用を利用し、排卵誘起処理に用いられています。

4.プロジェステロン

は卵巣の黄体細胞より分泌され、受精卵の着床や妊娠の維持に必須なホルモンとして知られています。発情期を迎えた雌牛は10~24mmの卵胞が卵巣に存在し、この卵胞が排卵すると、その顆粒層細胞は短時間で性質を変え、大型黄体細胞へと分化します。また、内卵胞膜細胞も排卵に伴い卵胞内部に侵入して小型黄体細胞を形成します。このように、顆粒層細胞および内卵胞膜細胞から形成された黄体は急激に大きくなり、Pの分泌量も黄体の成長に合わせて増加します。
一般的に血液中のP濃度が高い方が受精卵の発育が早く、受胎しやすい傾向にあります。そのため、受精卵移植では黄体が大きく、Pを多く分泌している受卵牛が選定されます。現在では腟内留置型P製剤(CIDR、PRIDなど)が発情-排卵同期化プログラム、過剰排卵処理および卵胞嚢腫の治療に用いられています。

5.発情周期におけるホルモンの動態

牛の発情周期におけるホルモン動態と卵胞波について図1に示しました。図1にはGnRHの濃度を示していませんが、GnRHは前述したようにLHと同様の動態を示します。発情時にはLHがサージ状に分泌されるためLH濃度が高くなり、黄体期にはLHがパルス状に分泌され、その頻度は4~6時間に1回程度であり、この濃度が基底値となります。発情前にLHは1時間に1回程度の分泌を示しますが、1回あたりの分泌量が黄体期に比べ低く、サージ状の分泌が起こるまでLH濃度は変化しません。

FSHは発情時に高い濃度を示し、さらに排卵後にも濃度が少し上昇するため二つのピークを示すことが知られています。これは発情卵胞が排卵したことにより、インヒビンによるFSH分泌の抑制が解除されたためと考えられています。また、FSHは第二卵胞波の立ち上がりに高い濃度を示しますが、この現象も第一卵胞波の主席卵胞が閉鎖退行したことによりインヒビンの値が低下したためです。

は発情卵胞により産生されるため、発情時には高い値を示します。また、主席卵胞の成長に伴い、発情時よりは低いもののE濃度が上昇します。P濃度は黄体開花期(発情後8~15日目)では1mlあたり4~8ngとなり、発情前2~4日に黄体が急激に退行するまで、その分泌は継続します。黄体は発情後15~20日目に子宮内膜で産生されるプロスタグランディンF(PG)の作用によって急激に退行します。しかし、子宮内に胚が存在し、その胚より十分量の妊娠認識物質(インターフェロンτ)が分泌されている場合、PGは産生されないことから黄体は退行せず、Pの分泌は継続することになり、胚はやがて子宮内膜に着床して妊娠が継続します。

6.各種ホルモンを用いた発情、排卵同期化プログラム

オブシンク、ヒートシンクおよびCIDRシンク(変法)を図2に示しました。各プログラムの最初のGnRHおよび安息香酸エストラジオール(EB)は卵胞波の調節のために投与されます。また、GnRHは卵胞を排卵させ黄体を形成するために使われます。次いでオブシンクとヒートシンクでは黄体退行のためにPGが投与され、発情を誘起します。最後にオブシンクではGnRHを投与し、LHサージを誘起して排卵を促し、GnRH投与後24時間に定時人工授精(TAI)を実施します。また、ヒートシンクではEBを投与してE濃度を上昇させ、Eの正のフィードバック作用によりLHサージを誘起するものです。ヒートシンクの場合はTAIではなく、発情を観察して人工授精を実施します。一方、CIDRシンクでは、CIDRを留置後8日目にPGを投与して黄体を退行させます。PG投与後24時間でCIDRを除去し、血液中のP値を急激に低下させることで確実に発情期のホルモンバランスを誘起します。次にEBを投与してLHサージを誘起し、その24時間後にTAIを実施します。また、このプログラムでは2回目のEB投与時にGnRHを用いることも可能です。CIDRを留置することで、P値をより高くすることが可能となり、複数の卵胞が排卵することを防ぐ効果が期待できます。

牛の繁殖管理の理論と実際 ≪第2回≫雌牛におけるホルモンの分泌とその作用
牛の繁殖管理の理論と実際 ≪第2回≫雌牛におけるホルモンの分泌とその作用

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