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哺育・育成

初乳の重要性と初乳給与の基礎知識

掲載日:2021.06.23

酪農学園大学 獣医学群 獣医学類
教授
 大塚 浩通

はじめに

初乳が新生子牛の免疫において大事な物質であることはよく知られており、“生まれた子牛にはまずは初乳を飲ませる”というのは、牛を飼う誰もが知っていることです。初乳をしっかり飲んだ子牛は病気にかかりにくいのですが、新生子牛は免疫グロブリンを持たずに出生しているため、この欠如した免疫物質を補うことによって感染症に対して防御力を備えさせる行為であると理解されています。しかし初乳中には免疫グロブリン以外にも多くの成分が含まれており、単に免疫グロブリンを補うためだけに与えるというわけではありません。

本稿では新生子牛の抗病性における初乳の意義と重要性を、もう一度考え直してみたいと思います。

1.初乳の成分

初乳とは、分娩後数日間に母牛から分泌される乳汁のことで、分娩後最初に泌乳した第1初乳を指すことが多いものの、分娩後10日目までの乳汁を指すこともあります。第1初乳は常乳に比べて、さまざまな成分が高濃度で存在しており、日にちが経過するごとに薄くなってゆきます。初乳の成分の中では免疫グロブリンが最も広く知られており、免疫グロブリンを持たずに生れてくる子牛に対して、これを補うために給与することが目的となります。しかし初乳には一般的によく知られている免疫グロブリン(IgGやIgA、IgM)のほかにも、免疫細胞伝達物質(サイトカイン)、各種成長因子・ホルモン、ラクトフェリンなどの抗菌物質が多く含まれることも特徴です。これらの物質は、免疫細胞に直接作用して機能的にさせます。また、免疫応答を司るリンパ球や細菌を食べる貪食細胞などの免疫細胞は常乳の100倍以上も含まれています(表1)。子宮内で成長している時期の胎子は母牛によって感染や環境ストレスから守られているものの、分娩によって胎外に放り出されるとさまざまな環境ストレスにさらされます。この生まれたての子牛にとって激変する環境に耐え、自立して生命活動ができるように、母牛は初乳を介して多くのものを移植しようとしているものと考えられます。初乳中には、固形分、タンパク質、脂肪やビタミンが多く含まれており、生まれたての子牛に与える栄養素としての役割は大変大きくなっています。新生子牛に対する初乳の役割には、①栄養素の補充②抗菌物質の摂取③免疫物質の確保と免疫活性④細胞活性―などが挙げられ、免疫グロブリンの移行以外にもいくつかの役割があることが容易に想像できます。

2.新生子牛の免疫と初乳

動物では胎生期において免疫システムの整備がある程度完成されており、子宮から突然胎外に放り出された子牛は細菌やウイルスなどの病原体の暴露を受けるものの、感染症を発症することもなく、成長することができます。新生子牛は成牛に比べて、いくつかの点で感染症に対する防御能が劣っています。

免疫システムとは、いくつもの細胞が連携しながら大量の病原体の侵入を防ぐ機構です。細菌やウイルスなど多種の病原体はそれぞれ特有の感染・増殖方法を持っているため、免疫機能もそれに合わせていくつかの方法で特徴の違う微生物の感染に対して防御しています。動物に備わっている二つの大きな感染防御システムについて表2に示しました。非特異的防御は生まれつき備わったシステムで、新生子牛においても出生直後からこの機能が感染防御にあたります。また出生直後の子牛における特異的免疫防御は機能していないものの、成長とともに獲得(鍛錬)され強力な防御能を確保します。子宮内で成長している胎子は母牛に守られ、病原体の侵入がないため、感染に対する防御システムは機能する必要がなく、免疫グロブリンなどの免疫物質も産生されていません。しかし出生とともに突然、大量の病原体が子牛の消化器や呼吸器に侵入します。この病原体に対するバリアシステムに利用される物質を含むのが初乳です。初乳中に大量に含まれている抗菌物質、免疫グロブリンや免疫細胞は、母牛が子牛に託す極めて巧妙で重要な最大の免疫物質であり、非特異的防御のなかでも、化学的バリアや細胞バリアを補足することが考えられます。また消化器や呼吸器には正常細菌そうが存在しており、善玉菌が多く支配して悪玉菌の増殖を防ぐ協調性防御が存在しているものの、無菌状態から突然病原体にさらされる新生子牛では、消化器や呼吸器の協調性防御が極めて不安定です。初乳にはこの協調性防御を正常化させる役割もあります。

一方、特異的防御は一度感染した病原体の特徴を免疫細胞が記憶して、次の感染があった時に強力に排除しようとする応答であり、免疫細胞自身が病原体の処理にあたる細胞性免疫と、免疫グロブリンによって攻撃する体液性免疫に分けられます。出生直後の子牛はこのどちらの機能・応答性もほとんど機能していないものの、病原体の侵入によって免疫システムが活性されて免疫応答が開始します。免疫グロブリンの産生にはまず免疫細胞による病原体の解読が必要で、その情報を基に各病原体の攻撃に有効な免疫グロブリンが優先的に産生されます。子牛自身が自家産の免疫グロブリンを産生できるようになるまで3週間は必要なので、少なくとも出生後1カ月以降でないと免疫グロブリンの血中濃度が上昇しません。このことから、子牛が免疫グロブリンを産生できるようになるまでは、母親由来の初乳から移行する非特異的防御物質を利用するため、母牛からの初乳の摂取が大変重要な役割を持つこととなります。最近では、度重なる病原体の暴露を受けた経験豊富な母牛の免疫細胞(免疫の精鋭細胞集団)が、初乳を介して新生子牛の免疫細胞を活性化させるスイッチの役割を持つ可能性も指摘されています。

初乳に含まれる免疫グロブリンは感染を防ぐ象徴的な物質です。動物が生活する環境中には多くの種類の微生物が存在しており、動物が生きていればそれらの微生物に接することとなり、それらの微生物に対して抗体が作られます。免疫グロブリンには微生物の活力を奪う効果のほか、微生物と結合して白血球の免疫反応を補助する役割があります。動物は微生物に接する量や回数が多いほどより多くの抗体を作ることとなるため、善しあしは別として、原理としては不衛生なために環境中に微生物が多いような環境であれば、産生させる抗体量が多くなります。妊娠牛も同様で、接した量が多い微生物ほどより多くの抗体を作ることになり、その結果が、初乳を介して子牛に移行されることになります。母牛と同じ微生物が取り巻く環境に生まれ落ちる子牛は、母牛が接している微生物と同じ微生物に接する事になるため、母牛の初乳を飲んで得る抗体は、環境にある微生物が子牛と接することによって、微生物との結合体が作られて子牛が生活する環境にある微生物に対する免疫が作られることとなります。

免疫グロブリン(Ig)にはいくつかの種類があります。体内の分布として最も微生物が増殖し感染しやすい消化器や呼吸器に多く存在するのがIgAで、IgGは血管や組織に、またIgMは血管内に存在します。人の初乳中の免疫グロブリンの分布の特徴として、IgAが全体の9割を占めるものの、IgGは1割にもおよびません。しかし牛では全体の8割以上がIgGであり、IgAの割合が極めて低く、実際の初乳中の濃度においてもIgAが少ないために、人に比べれば牛の初乳は粘膜における感染防御に不利であると考えられます(表3)。胎盤を介して免疫グロブリンを移行できない牛は、初乳を介して大量にIgGを移行しなければならないため、IgG割合の高い初乳を産生する体質として進化したのかもしれません。

腸管などの粘膜には常にIgAが分泌されており、微生物の感染に備えています。しかし出生したばかりの子牛は微生物と接触した経験がないために、Igを速やかに作る能力に劣ります。例えば、白血球が兵隊、Igが武器弾薬とするなら、“侵入してくる敵兵に対して、兵隊である白血球が国土である体をどのように防衛するか”ということが分かりやすい免疫システムとしてのシチュエーションかもしれません。敵兵が国土に侵入してきても、弓矢・鉄砲などの武器弾薬がなければ防衛上、大変不利ですが、武器弾薬を作った経験がないために、作る事すらできないのが新生子牛です。この武器弾薬であるIgは、初乳を介して供給されるということが初乳の大きな役割の一つです(図)。そして腸管内にIgが分泌されない生れたばかりの子牛の腸を守るため、初乳中のIgのうちIgAの一部は腸管に残り腸内に入った微生物の増殖を抑える効果があると考えられます。

3.初乳の給与

初乳に含まれるさまざまな免疫物質は、高温や高pH、低pHなどの条件で失活しやすくなります。出生した子牛の胃酸の分泌は生後1日以降から開始され、胃の中のpHが著しく低下するため、免疫物質も失活しやすくなります。比較的安定して失活しにくい免疫グロブリン以外の初乳成分は失活しやすい物質であるため、本来の初乳の効果を引き出すのであれば保存や加工をせず、母牛から直接給与することが有効です。したがって、人工的に加工された加温初乳や粉末人工初乳では、免疫グロブリン以外の免疫活性効果は生乳に比べると確実に低いと考えられます。初乳中の免疫活性物質は無加工>凍結>加温の順に活性が低くなります。新生子牛の免疫機能を高めるためには加工しない初乳を子牛に与えることが最良であるものの、残念なことに日本の畜産現場では牛白血病やヨーネ病などの初乳を介して母牛から子牛に感染する伝染病が存在しており、初乳には母子感染を招く危険性をはらんでいます。そのため、母牛の伝染病感染の有無を分娩前にしっかりと確認し、直接初乳を与えてもよい個体と避ける個体を正確に識別し、初乳からの病原体の感染防止を慎重に行うべきです。

新生子牛が初乳を吸飲したからといって、初乳成分が順調に腸管から吸収されるとは限りません。初乳の効果を下げる要因として①低品質初乳②新生子牛の初乳の吸収能の低下③初乳給与のタイミングの不一致―などが挙げられます。①の初乳の質に影響する要因として、初産牛の初乳中の低免疫グロブリンが挙げられています。また、表4には周産期疾病を発症した経産牛の乳成分を示しましたが、周産期代謝性疾患を発症した牛では初乳中の無脂固形分(SNF)やたんぱく質、体細胞数の低下が見られます。低SNF・低タンパク質は初乳中の抗菌物質や免疫物質の含有量が低いため、また体細胞数の低下は免疫細胞数の低下に起因するものと考えられます。周産期代謝性疾患を発症する牛では、体調不良により初乳生産能が低下している事が示唆され、そのような牛が生産した初乳成分が健康な乳牛が産生したものに比べて成分として劣ることは容易に想像できます。さらに周産期代謝性疾患を発症する牛では乾乳期からの末梢血中低リンパ球が認められることから、新生子牛を健康に維持する前提で“母牛が健康”であることが優先されるべきです。②として初乳の吸収能力が上げられ、生まれながらにして虚弱体質な子牛では、初乳の吸収能が劣るため、強制的に初乳を給与しても吸収率が悪くなります。難産のため多大なストレスを負った個体や分娩前に体調不良であった母牛が産んだ子牛などがこれに当たると考えられます。子牛個々の適当な初乳摂取のタイミングは異なる可能性があり、子牛自身の自発的な哺乳行動が現れたタイミングが初乳成分を効果的に吸収させるものとされます。そのため、子牛自身の初乳の吸収能力を高める、“健康な子牛”を出生させることが必要です。作業効率から出生後直ちに哺乳欲の有無に関係なく強制的に初乳を与えるケースも少なくないと思われますが、現在では分娩時間のコントロール方法についても解説されており、管理者の目の届きやすい日中の分娩を誘導させるなど、母子ともに健康な周産期の管理技術を牧場に取り入れていくべきでしょう。

初乳の重要性と初乳給与の基礎知識
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