牛の繁殖管理の理論と実際 ≪第3回≫牛の発情周期における卵胞波
掲載日:2021.07.02
酪農学園大学 農食環境学群 循環農学類
教授 今井 敬
はじめに
乳牛は人工授精され、妊娠・分娩して生乳を生産します。人工授精前に牛は発情を示し、人工授精により妊娠した牛は人工授精後約280日で分娩します。しかし、人工授精しなかった牛、あるいは人工授精しても妊娠しなかった牛は18~24日の間隔で発情と排卵、その後に黄体形成と退行を周期的に繰り返します。このように発情が繰り返される周期を“発情周期”といいます。牛の発情周期は品種、栄養状態、飼養環境などの影響を受けて変動することが知られており、経産牛(21.3±3.7日)は未経産牛(20.2±2.3日)よりも発情周期が長いと記されています(平子 誠、動物臨床繁殖学p70、2014)。
今回は、発情周期に影響する卵巣の卵胞や黄体の変化と、それに伴う発情周期の長さについて、卵胞波との関係を解説します。
1.発情周期中の卵巣の動態
雌牛の発情周期中には、各種ホルモン分泌および卵巣の変化が起こります(図1)。発情は子宮内膜で黄体退行因子であるプロスタグランディンF2α(PGF2α)が産生され、黄体の退行と主席卵胞(発情卵胞)の発育によるプロジェステロン濃度の急激な減少とエストロジェン濃度の上昇により発現します。このエストロジェンの上昇は、正のフィードバックにより視床下部で性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)のサージ状分泌を起こし、それに反応して下垂体前葉より卵胞刺激ホルモン(FSH)および黄体形成ホルモン(LH)がサージ状に分泌されます(LHサージ)。その結果、発情卵胞では卵子の減数分裂が再開され、LHサージ後27~30時間後に排卵されます。発情卵胞はインヒビンを産生分泌していましたが、排卵によりインヒビンの産生母地を失うこととなり、インヒビン濃度が急激に減少します。そのため、インヒビンの負のフィードバックにより分泌を抑制されていたFSHは一過性に分泌され、排卵後に2度目のピークを示します。また、FSHは主席卵胞が閉鎖するたびに小さなピークを示します。
一方、排卵した卵胞細胞は黄体細胞へと分化し、増殖して黄体を形成します。黄体は排卵後発育を継続し、8~10日目には開花期黄体となりプロジェステロンを産生します。このプロジェステロンにより、子宮内膜では子宮腺の発達と子宮乳の分泌が盛んとなり胚の発育をサポートします。この状態が発情後16~18日目まで続き、子宮内に胚が存在しないときは子宮内膜でPGF2αが産生され、黄体退行と発情卵胞発育が起こり発情が発現します。子宮内に発育した胚が存在すると胚の栄養膜細胞よりインターフェロン-τが分泌され、子宮内膜でのPGF2α産生が阻止され、黄体が継続して着床妊娠へと向うことになります。
2.発情周期中の卵巣における卵胞波
牛の卵巣には卵胞の基となる卵母細胞が数万個あり、その卵母細胞から常に卵胞が発育し、卵巣内には2mm以上の卵胞が30~40個存在しています。それらの卵胞のうち数個が排卵後に一斉に発育を開始し、そのうち最も発育の早い卵胞が主席卵胞になります。主席卵胞は12~24mmに発育し、エストロジェンやインヒビンを産生します。特にインヒビンは負のフィードバック機構により、FSHの分泌を抑制することで次席卵胞以下の卵胞の発育を抑制して閉鎖させます。発育を継続した主席卵胞は黄体の存在下ではプロジェステロン濃度が高く、主席卵胞が産生したエストロジェンが負のフィードバック機構として働くため排卵せず閉鎖します。一方、黄体が退行してプロジェステロン濃度が低い発情時はエストロジェンの正のフィードバック機構が稼働し、LHサージを誘起して排卵することができます。このような主席卵胞の発育と選抜が1発情周期中に2または3回(2ウェーブまたは3ウェーブ)繰り返し起こっていることが未経産牛の研究で知られています(図2、Gintherら, J Reprod Fert 87:223-230, 1989)。彼らの報告では2ウェーブと3ウェーブを示す牛の頻度は、2ウェーブが80%を占め、3ウェーブよりも多いことが確認されています。第1卵胞波の長さは2ウェーブの牛(9.7日)と3ウェーブの牛(9.0日)で差はありませんが、第2卵胞波の長さには差が認められ、2ウェーブの牛(10.4日)が3ウェーブの牛(7.2日)よりも有意に長く、3ウェーブの牛の第3卵胞波(排卵に至る卵胞)は6.7日と2ウェーブの排卵卵胞の10.4日よりも短い発育期間でした。また、第1卵胞波の主席卵胞の直径に差は認められませんが、排卵した卵胞の直径は2ウェーブ(16.5mm)が3ウェーブ(13.9mm)よりも大きいことが示されています。さらに、2ウェーブの牛における発情周期の間隔(排卵から排卵の間隔)は20.4日であり、3ウェーブの22.8日と比較して有意に短いことが示されています。黄体退行が始まる日数は2卵胞ウェーブで16.5日であり、3卵胞ウェーブの19.2日よりも有意に早いことが報告されています。
一方、Jaiswalら(Theriogenology 72:81-90, 2009)は発情周期によって卵胞ウェーブの回数に変化のある牛の割合は30%で、70%は卵胞ウェーブの回数に変化はないと報告しています。また、彼らは14~17カ月齢よりも18~24カ月齢の方が2ウェーブの割合が63%から81%へ高くなったとし、未経産牛の場合は月齢がこれらの出現頻度に影響すると報告しています。
3.卵胞ウェーブの違いは受胎率に影響するか?
Bleachら(Reproduction 127:621-629, 2004)の経産牛を用いた研究では、卵胞波の出現頻度は未経産牛と同様に2ウェーブが3ウェーブより有意に高く、4ウェーブ以上の牛も3.2%出現しました。また、発情周期の間隔は2ウェーブが3ウェーブよりも有意に短い発情周期を示し、未経産牛と同様の傾向を示しました。さらに、排卵した卵胞の発育期間および直径も上記したGintherらの未経産牛の報告と同様に、排卵卵胞は2ウェーブで発育期間が長く、直径も3ウェーブに比べて大きいことが示されています。一方、人工授精後の受胎率を比較した結果、2ウェーブは55.1%であり、3ウェーブの62.9%と有意差は認められていません。また、興味深いことに2ウェーブの牛の泌乳量は3ウェーブの牛よりも7.8%高く、4ウェーブ以上の牛よりも17.8%高いと報告しています(表)。
そのほかに、3ウェーブを示す牛が2ウェーブを示す牛よりも受胎率が高い傾向(p=0.058)にあるという報告があります(Townsonら, J Anim Sci 80:1053-1058, 2002)。彼らは四つの大学で飼養されている106頭のホルスタイン-フリージアン種(各大学の平均乳量は8,700~1万1,350kg)を用い、人工授精を実施した結果、2ウェーブの牛では62.5%(45/72頭)の受胎率であったのに対し、3ウェーブでは81.3%(26/32頭)の受胎率でした。Ahmedら(Anim Reprod Sci 49:13-28, 1997)は肉牛を用いて2ウェーブと3ウェーブを比較し、受胎率(81.8%(36/44頭)vs 100%(6/6頭))に差は認められませんでした。しかし、人工授精の次の卵胞波を調べた結果、人工授精後に3ウェーブ(96.3%、26/27頭)であった牛は2ウェーブ(69.7%、16/23頭)の牛よりも受胎率が有意に高いこと、さらに、興味深いことにこの試験で不受胎であった8頭中7頭が人工授精を実施した発情周期と次の周期とも2ウェーブを示していたことを報告しています。また、この報告では受胎した牛は受胎しなかった牛に比べて、排卵した主席卵胞の発育開始から発情までの期間が7.8日と約1日短く、排卵する卵胞の発育段階におけるさまざまな負荷が受胎率に影響したと論じています。
これらのことから、単純に3ウェーブを示す牛の方が2ウェーブよりも受胎性が高いとはいえませんが、2ウェーブの排卵卵胞は発育期間が長く、この間に何らかのストレスあるいは加齢よる負荷が受胎性を低下させることが示唆されています。また、この主席卵胞の発育期間の長さは排卵同期化および過剰排卵処理など、さまざまな繁殖技術に応用することが可能であり、多くの場面で利用されています。