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繁殖・育種

牛の繁殖管理の理論と実際 ≪第4回≫夏から初秋の受胎率低下の原因を探る

掲載日:2021.09.01

酪農学園大学 農食環境学群 循環農学類
教授
 今井 敬

はじめに

乳業メーカーは一般的に「需要の高い夏季に牛乳を増産したい」と考えています。また、一部の酪農家は放牧などを利用するため春に分娩する牛が多くなることを望んでいます。春から夏にかけて分娩させるためには、人工授精や受精卵移植などの繁殖を夏から初秋にかけて実施する必要があます。

しかし、乳牛において夏季の暑熱ストレスは深刻であり、産乳量の減少はもとより、受胎率の低下も避けられない問題となっています。乳牛は、暑熱ストレス下では食欲減退による負のエネルギーバランス、高い環境温度や湿度による体温の上昇から体内での受精卵の品質低下などが原因となり、繁殖機能が低下します。

今回は暑熱ストレスによる乳牛の受胎率低下について、受精卵への影響を中心に解説します。

1.暑熱ストレスによる受胎率の低下

乳牛に対する暑熱ストレスは体温の上昇を引き起こし、卵子の成熟阻害や受精卵の死滅が起こると考えられています。その一つの原因として、体温の上昇により黄体形成ホルモン(LH)サージが低下することやLH受容体の発現が低下していることから、排卵しない場合や排卵遅延が増加することが挙げられます。排卵したとしても、老化卵子が排卵されることによる受精率の低下、異常受精や正常に受精はしたが受精卵の細胞質やタンパク質の合成阻害などにより死滅する受精卵が多くなります。また夏季には、卵胞の顆粒層細胞からの分泌ホルモンであるエストロジェンやインヒビンの量も減少します。そのため、卵胞刺激ホルモン(FSH)は暑熱ストレス時には高くなり(Roth et al, J Reprod Fertil 120:83–90, 2000)、黄体ホルモン(プロジェステロン)値は低い傾向となることから、夏季は複数排卵が大幅に増加し、人工授精による双子の発生率が高くなると考えられています。

夏季と冬季に卵巣から採取したウシ卵子を用いた体外受精の実験(Gendelman et al, Reproduction 140:73-82, 2010)では、夏季の卵巣から採取した卵子は2細胞から4細胞への卵割が遅れ、卵子および初期胚の発育に関連する遺伝子発現の低下が認められ、結果として胚盤胞への発生率の低下が観察されています。同様に、ウシ卵子の成熟培養前に41℃で12および24時間培養すると、胚盤胞への発生率が38.5℃で培養した卵子と比べて低下することが報告されています(Rayton et al, Biol Reprod 71:1303-1308, 2004)。ウシ受精卵についても発育段階に応じて暑熱ストレスに敏感に反応することが知られています。2細胞期の受精卵はそれ以降の発育段階の受精卵と比較して暑熱ストレスを受けやすく、体外受精卵において41℃の暑熱ストレスで6時間の負荷をかけた試験では、 0日目(1細胞期)あるいは2日目(2~4細胞期)に負荷をかけるとその後の受精卵の発生率が低下しますが、4~6日目に負荷をかけた受精卵はあまり影響を受けないと報告されています(Sakatani et al, Mol Reprod Dev, 67:77-82, 2004)。さらに、過剰排卵処置したドナーを直射日光の当たる気温34.3~34.7℃の環境下に7時間さらした場合、生存卵の割合が約16%低下すると報告されています(Alan et al, J Dairy Sci 76:2899-2905, 1993)。

このように、卵胞内にある卵子および受精直後の受精卵は暑熱ストレスに直面するとその発生が低下することが実験的に証明されています(Hansen, Theriogenology, 68(Suppl):S242-S249, 2007)。

2.暑熱ストレスを回避する方法

このように夏季における乳牛の受胎率低下の原因は明白であり、体温の上昇を抑制することが効果的と考えられます。筆者は2012年に米国フロリダ州のNorth Florida Holsteinという農場を訪れたことがあります。そこでは当時4,500頭を搾乳しており、1,000頭を飼養するトンネル換気牛舎(写真1)が5棟あり、屋根への散水システム、大型換気扇による送風換気システム(写真2)を利用した牛舎内へのミスト散布(写真3)などを備え、酷暑のフロリダ州でも牛舎内の環境を整え、暑熱ストレスを最小限に抑える努力をしていました。

また、暑熱ストレス下の乳牛は基礎代謝の亢進こうしんや食欲減退による負のエネルギーバランスに陥りやすいため、栄養管理を徹底することが重要です。一般的に暑熱ストレスは抗酸化物質により軽減されるとされており、ビタミンやミネラルの補給が必要となります。また、肝臓でその多くが合成されるインシュリン様成長因子-1(IGF-1)が体外の試験で受精卵の暑熱ストレス軽減に有効とされることから、肝臓機能を正常に保つことも重要と考えられています。

一方、夏季の暑熱ストレスで低下したプロジェステロンを補う目的として、人工授精後5日目から腟内挿入型のプロジェステロン製剤(CIDRなど)を使うことが考えられます。分娩後のボディコンディションスコアが低い牛や、子宮疾患を発症した牛では受胎率が有意に増加したとの報告があります(Friedman et al, J Dairy Sci 95:3092-3099, 2012)。また、夏から秋にかけてGnRHとPGF2αで卵胞波を3回連続して誘発し、暑熱ストレスを受けた卵胞を更新することで、初産牛や分娩後のボディコンディションスコアが高い牛の受胎率が向上したという報告があります(Friedman et al, J Dairy Sci 94:2393–2402, 2011)。しかし、この方法で有益な効果を得るためには前提条件があり、対象牛から暑熱ストレスを取り除くことが必須となります。すなわち、いくらプロジェステロンを補って高レベルに保ち子宮環境を整えても、人工授精前後に暑熱ストレスを被ると卵子および初期の受精卵は変性死滅する可能性が高くなります。

受精卵のレベルで暑熱ストレスによる影響を低減させる方法として、暑熱ストレスのかからない冬季に供卵牛から受精卵(人工授精後7日目)を採取・凍結保存し、夏季に融解移植することで、少なくとも受精卵の発育性に最も影響するとされている人工授精後0~2日目における暑熱ストレスへの暴露を回避できます(Hansen, Anim Reprod 10:322-333, 2013)。表は夏季の暑熱ストレス時における人工授精と受精卵移植の受胎率について示しています。過剰排卵処理で採取した体内由来の新鮮な受精卵あるいは凍結受精卵を移植することで、人工授精よりも高い受胎率を得ることが可能です。また、体内由来の凍結受精卵を用いても人工授精よりも13~16%高い受胎率を得ました。一方、凍結体外受精卵の移植では人工授精と同様な受胎率にとどまっていました(Hansen and Areėchiga, J Anim Sci 77:36-50, 1999)。これは体外受精卵の凍結融解後の生存性が低いことに起因していますが、現在の体外受精卵は凍結融解後の生存性がかなり改善されており、高い受胎率を得ることが可能と考えています。

おわりに

夏場の受胎率低下を防ぐには、人工授精を使う場合と受精卵移植を使う場合で、少し対処方法が異なってきます。人工授精では、卵巣のリニューアルによる暑熱ストレスの影響を受けた卵胞の更新と、子宮環境を整えるためのホルモン処置が必要と考えられます。一方、受精卵移植では暑熱ストレスに影響されていない受精卵を利用することが可能となり、夏季には人工授精よりも理論的に高い受胎率を確保できると考えられます。現在は体外受精卵などより安価な受精卵の利用が加速し、人工授精を行った7~8日後に受精卵を移植する追い移植などが実施され、高い受胎率を得ることも可能となっています。しかしながら、地球温暖化が進み猛暑日を記録するようになった夏季において、これらの技術を用いて高い受胎率を得るためには、牛舎環境の改善により牛の体温上昇を防ぎ、十分な栄養と飼養管理を実施することも必須と考えます。

牛の繁殖管理の理論と実際 ≪第4回≫夏から初秋の受胎率低下の原因を探る
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