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土壌・草地

草地の土づくり  ≪第7回≫土壌診断に基づく施肥対応3:リンの施肥対応

掲載日:2021.04.13

酪農学園大学 農食環境学群 循環農学類
教授
 三枝 俊哉

はじめに

今回は草地におけるリンの土壌診断に基づく施肥対応のお話です。前回のカリウムよりは少し複雑になりますが、できるだけ平易な説明に努めたいと思います。

リンの施肥対応が前回のカリウムや次回の窒素と大きく異なる点は、草地を造成・更新する際の播種時とその後の維持管理時で、考え方を変える必要があることです。これは、①リンが土壌粒子の表面に強く吸着して水に溶けにくくなり、その結果、土壌に含まれる水(土壌溶液)のリン濃度が極めて薄くなること、さらに、②リンを吸着する能力が土壌の種類によって大きく異なることに由来します。本稿ではまず、土壌中におけるリンの存在形態についてご紹介し、その後、播種時と維持管理時の施肥対応について解説します。

1.土壌中におけるリンの存在形態

リンが土壌溶液に溶けると、リン単体ではなく、リン酸(HPO)という酸素酸の形態をとり、陰イオンとして挙動します。土壌表面は全体ではマイナスに荷電しているので、陰イオンは静電気的には反発する関係にあります。しかし、リンの場合、土壌粒子の表面に露出したHO基やOH基と交換し、カリウムなどの静電気的な吸着よりもはるかに強く吸着します。これを特異吸着と言います(図1)。特異吸着の強さは吸着する場所によって異なるので、土壌粒子の表面には、土壌溶液に比較的溶けやすいリンと、ほとんど溶けないリンが混在することになります。そこで、無機態リンの分析では溶けやすさの度合いに応じて、カルシウム型、アルミニウム型および鉄型の3形態に分類する方法が開発されています(関谷1973)。この中では、カルシウム型が比較的水に溶けやすく、作物に利用されやすい形態で、アルミニウム型は利用されにくく、鉄型はほとんど利用されない形態です。いずれにしても、土壌溶液中のリン濃度は窒素やカリウムよりも極めて低い濃度となります(寳示戸1994)。

土壌がリンを特異的に吸着するその能力は、土壌の種類によって大きく異なります。日本ではリン酸吸収係数という指標でその能力を評価します。日本に広く分布する火山灰土壌は、母材である火山灰の風化が進むほど、リンを強くたくさん吸着します。したがって、噴火年代が古く、風化の進んだ火山灰を母材とする土壌のリン酸吸収係数は1,500~2,000mg/100gあるいはそれ以上の値を示します。一方、噴火年代の新しい未風化な火山灰を母材とする土壌のリン酸吸収係数は1,500mg/100gに至らず、1,000mg/100gを下回る場合もあります(三枝1996)。火山灰を含まない低地土や台地土のリン酸吸収係数もまた1,000mg/100g前後かそれを下回る小さな値を示します。

図2は風化の度合いによってリン酸吸収係数の大きく異なる火山灰に一定量のリンを添加し、しばらく放置した後に、形態別の無機態リン分析と土壌診断に用いる有効態リンの分析でそれぞれどのくらい回収できるかを比較した結果です(三枝ら1990)。Km-4aやMa-f1というのは北海道東部の摩周系火山灰の名前です。無機態リンの合計量では、どの火山灰もおおむね添加量に等しい増加量を示し、添加したリンがおおむね回収できています。しかし、その形態は大きく異なり、リン酸吸収係数の小さな火山灰ではカルシウム型が多く、リン酸吸収係数が大きくなるほどアルミニウム型や鉄型、つまり難溶性の形態が増えていきます。それに対応して有効態リン含量も、リン酸吸収係数が大きくなるほど小さな回収量となりました。つまり、同じ有効態リン含量を達成するには、リン酸吸収係数の大きな土壌ほど、多くのリンを無機態リンとして蓄えなければならないことがわかります。このことが、牧草の播種時と維持管理時で、リンの施肥対応に大きな違いを生じさせるゆえんとなります。

2.播種時におけるリンの施肥対応

草地の造成あるいは更新時に播種された牧草は発芽後、発根したばかりの幼い根系で養水分を吸収します(図3)。幼植物は小さく、蒸散に伴って吸収される水の量は限られるので、特に土壌溶液中の濃度が希薄なリンは、不足しやすくなります。限定された吸水量で定着に必要なリン吸収量を確保するには、種子近傍の土壌溶液中リン濃度を高める必要があります。そこで、播種時には表1に示す数式でリン施肥量を算定します(北海道農政部2015)。この数式では、まず15kg/10aという大量のリン施肥量が基本になっていることがわかります。維持管理時でもリンの年間吸収量はせいぜい6~8kg/10aなので、15kg/10aなど出芽定着時の幼植物が吸収しきれる量ではありません。このような大量のリンを必要とする理由は、リンの吸収量を確保したいのではなく、土壌溶液中の有効態リン濃度を高めたいのです。このため、リンの吸着能力の高い土壌には多くのリンを施肥できるように、リン酸吸収係数の0.5%に相当する施肥量の上乗せが図られています。最後のB値は、播種床の有効態リン含量に応じた増肥または減肥対策となっています。この数式で算出されるリン施肥量は、あくまでも「牧草の種子近傍」の土壌溶液中リン濃度を高めるための量です。したがって、炭カルのように播種床全体に混和するのではなく、播種する種子や窒素、カリウムの施肥と同様に、播種床表面に施用します(図3)。

3.維持管理時におけるリンの施肥対応

これに対し、維持管理時には、すでに根系が十分に確立しているため、吸収できる水の量は播種時よりも大幅に向上しています(図4)。このため、土壌溶液のリン濃度が低くても、豊富な根系により、播種時よりも広い範囲からリンを吸収できます。この場合、たくさんのリンを施肥して土壌溶液中のリン濃度を高く維持しなくても、薄い濃度のリンを供給する比較的難溶性のリンの存在量が確保できれば、年間吸収量を賄うことが可能になります。図5は、ポット試験でチモシーという牧草を栽培し、牧草が吸収したリンの量と、栽培後に土壌から減少したリンの量を有効態リンと無機態リンで比較した結果です(根釧農試1988)。有効態リンで評価すると、リン酸吸収係数の小さな未熟火山性土(△)の場合には吸収量と減少量がほぼ等しいのですが、リン酸吸収係数の大きな厚層黒色火山性土(●)では有効態リンの減少量よりも多くのリンが牧草に吸収されていました。しかし、無機態リンで比べてみると、どの土壌でも同じように、牧草の吸収量とほぼ等しい量の無機態リンが土壌から減少していました。つまり、リン酸吸収係数の大きな土壌では、有効態リンで測定できない無機態リンまで、土壌から減少していたことになります。このことから、リン酸吸収係数の大きな火山灰土壌では、有効態リンで評価できないリンも給源になるため、リン酸吸収係数の小さな火山灰土壌よりも、土壌診断基準値は低くて良いという仮説が成り立ちます。

実際に、異なる有効態リン含量を示す多くの場でリンの用量試験を実施した結果が図6です。標準施肥条件(年間8~10kg/10a)で最高収量の90~95%を確保する土壌中の有効態リン含量を土壌診断基準の下限値、同様に減肥条件で90~95%の収量指数を得る有効態リン含量を土壌診断基準の上限値に設定します。すると、土壌診断基準値はリン酸吸収係数の小さな未熟火山性土で30~60mg/100g、リン酸吸収係数の大きな厚層黒色火山性土で10~30mg/100gと設定され、上記仮説が支持されました。

こうして、土壌の種類に応じて土壌診断基準値が設定され、それに基づく施肥対応が表2のように運用されています。低地土と台地土は、未熟火山性土と同程度のリン酸吸収係数を示しますが、リンが吸着する場所の性質が大きく異なります。そこで、火山灰土壌とは別に多くの圃場試験がおこなわれた結果、黒色火山性土に類似した土壌診断基準値と施肥対応が設定されました。

おわりに

リンは早い時期から肥料の原料となるリン鉱石資源の枯渇が心配されてきました。さらに、河川水に流出すると栄養塩として環境汚染の原因とみなされます。このため、牧草生産だけでなく、環境保全の面からも適切な土壌診断に基づく過不足のない施肥管理が求められます。また、リンの施肥効果は土壌の酸性化とともに低下します(寳示戸1994)。土壌診断に基づく減肥は、土壌の酸性矯正が前提であることにご留意願います。

 

<引用文献>
北海道農政部(2015)北海道施肥ガイド2015,197-229,北海道農政部,札幌.
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ns/shs/10/clean/sehiguide2015_05.pdf(2021年4月3日参照)

寳示戸雅之(1994)草地土壌の経年的酸性化と牧草の生育特性に関する研究,北海道立農業試験場報告83:1-106.https://www.hro.or.jp/list/agricultural/center/kankoubutsu/houkoku/houkoku5.htm(2021年4月3日参照)

根釧農業試験場(1988)火山灰草地のリン酸肥沃度に対応した施肥法,昭和63年普及奨励ならびに指導参考事項,410-413,北海道農政部,札幌.http://www.hro.or.jp/list/agricultural/center/kenkyuseika/gaiyosho/S63gaiyo/1987095.htm(2021年4月3日参照)

三枝俊哉(1996)北海道根釧地方の火山性土における草地土壌の肥沃度に対応した施肥管理に関する研究,北海道立農業試験場報告89:1-76.https://www.hro.or.jp/list/agricultural/center/kankoubutsu/houkoku/houkoku5.htm(2021年4月3日参照)

三枝俊哉・松原一實・能代昌雄(1990)火山性土に立地した草地のリン肥沃度に対応したリン施肥量,日本土壌肥料学雑誌61:522-525.

関谷宏三(1973)無機態リン酸の分別定量法,土壌養分分析法,235-238,養賢堂,東京.

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