草地の土づくり ≪第11回≫地域で適切な養分管理を進めるために
掲載日:2023.04.17
酪農学園大学 農食環境学群 循環農学類
教授 三枝 俊哉
はじめに
これまでほぼ半年ごとに10回にわたって続けてきた「草地の土づくり」シリーズは、今回が最終回となります。最後は、これまで解説してきた草地の養分管理を、酪農家が実践する際に直面する問題点とその対処方策についてご説明します。
草地土壌を牧草生育にとって良好な養分状態に維持し、良質な粗飼料を低コストでたくさん得るには(第2~4回)、草地の草種構成と土壌の養分状態を診断し、圃場ごとに必要施肥量(第4~8回)を求め、堆肥やスラリーを化学肥料に換算し、購入肥料を節減するとともに、牛舎で産出される1年分の家畜ふん尿を堆肥やスラリーに調製して毎年圃場に還元する必要があります(第9~10回)。具体的な方法は、各回でご説明したとおりですが、実はこれを実践するには、多くの技術と労力を要します。
1.施肥改善の実践にかかる問題点と農家支援体制の必要性
上記の施肥改善を5戸の酪農家に実践していただき、どんなところで問題が発生したかを調査した結果について、図1を使ってご説明します(根釧農試 2005)。
(1)圃場の診断
北海道施肥標準に従って基幹草種とマメ科率区分の特定を現場の草地で実施するには、ある程度の訓練が必要です。また、土壌診断に基づく施肥対応も、論理の理解だけでなく、実際に施肥量を算出する能力が必要です。
(2)ふん尿の肥料換算
堆肥やスラリーを肥料換算する際も、土壌診断に基づく施肥対応のように、実際に肥料換算するには、ある程度の慣れが必要です。
(3)施肥計画の立案
各圃場の必要施肥量を、肥料換算した堆肥やスラリーでどの程度まかない、化学肥料を購入するかを決める際、全部の圃場に要する堆肥やスラリーの合計量が、牛舎から算出される1年分の量に相当するように調整する計画立案には、大変煩雑な計算労力を要します。
(4)計画実行
たとえばスラリースプレッダは一定の圧力でスラリーを噴出するので、けん引するトラクタの走行速度が上り坂などで遅くなると、面積当たりの施用量が多くなってしまいます。面積当たりの施用量を一定に調節するには、圃場の地形や形状を理解し、それに応じた走行を行えるトラクタの運転能力が必要です。
以上の課題は、草地の施肥管理に高い関心を有し、所有する圃場の地形や形状を熟知した経営者であれば、充分に実践可能です。しかし、近年のように1戸あたりの経営面積が拡大し、コントラクタやTMRセンターなど、作業委託や共同利用による圃場作業が増えると、オペレータが圃場の状態を充分に把握することが難しくなっていきます。また、適切な養分管理を環境保全対策として推進する場合には、ある程度の面積の広がりを持った地域や流域の酪農場が、草地管理への関心の有無にかかわらず一斉に対策に取り組まないと、環境改善効果には結びつきません。
そこで、施肥改善のためのコンサルタント機能や草地管理の実務を担う作業請負機能を酪農場に提供する農家支援体制を地域に構築することが、大変有効と考えます。図2は概念図ですから、必ず三つの機関が必要というわけではありません。たとえば大規模なTMRセンターや共同経営農場などでは、技術指導部門と作業請負部門が一つの組織の中で運営される場合もあるでしょう。
このような機能を有する組織を地域に整備し、円滑に活動できるように、北海道立根釧農業試験場(現 道総研酪農試験場)が携わった以下の二つの取組をご紹介します。
2.環境に配慮したふん尿還元計画支援ソフト「AMAFE」
第9回でも少しご紹介したこのソフトは、図1の「施肥計画の立案」を支援する目的で、酪農学園大学、北海道立農業試験場(現 道総研)、畜産草地研究所(現 農研機構畜産研究部門)が2006年に共同開発しました(酪農学園大学ほか 2006)。現在は株式会社ヒューネスによってクラウド上で運営されています。圃場の作付け情報、草地の草種構成、土壌分析値、堆肥やスラリーの分析値を入力すると、各圃場の必要施肥量が自動計算されます。利用者は、必要施肥量の計算に頭を悩ますことなく、牛舎から産出される家畜ふん尿をいつどこの圃場に還元するか、その計画立案に集中できます。環境保全に配慮していますので、不必要な養分は施用されないように注意喚起されます。図3で背景が赤色に示された圃場には、窒素、リン、カリウムのいずれかの養分が必要量を上回っていることを警告してくれています。利用者はできるだけ赤い色の圃場が出ないように、かつ、1年分のふん尿が1年かけて圃場に還元しきれるように、試行錯誤しながら施用計画を策定します。
できあがった施肥計画は、作業請負者に視覚的に提示できるよう、図4のように堆肥、スラリー、尿液肥などの有機物や化学肥料の種類と施肥量を地図化して出力します。お気軽にのぞいてみて下さい。
https://amafe.farm/home/index.html(AMAFEクラウド版)
3.酪農地帯の施肥管理技術者育成カリキュラム
AMAFEを使いこなして農家に施肥設計を提示できる施肥管理技術者を育成するカリキュラムが作られました(根釧農試 2007)。特に、草地の施肥設計を立案する際、基幹草種やマメ科牧草の混生割合を把握する必要があります。北海道施肥ガイドによれば、1番草収穫時に重量割合を調査しなければならないのですが、それでは当年の施肥に間に合いません。前年秋の目視による被度を参考に、草地を区分する技術を身につける必要があります。
図5の草地区分の写真は、筆者が本学の演習授業で取り組んでいる様子、座学の写真は十勝地域の農協職員や農業改良普及員を対象とした取り組みの様子、右下のシートは演習用の教材です。根釧農業試験場では、近隣の農協の中に施肥管理指導スタッフを養成することを働きかけ、総務課や購買課といった技術とは縁のない若者を5人集めていただき、3年間仕事の合間に訓練を行いました。その結果、3名は初めて立ち入った草地でも、基幹草種とマメ科率区分を適切に判断し、農家から聞き出した有機物施用履歴から来年のふん尿の還元計画と化学肥料の購入・施用計画を提案できるようになりました。重要なことは、このような人材を、最初に複数名育成することです。組織運営の中では、配置転換や転勤は避けられません。3名の技術者が育ったこの農協では、1人が配置転換で新人に入れ替わった時、残った2名がその技術を伝え、自己増殖を始めたと聞きました。
3年間の訓練を通じて人材育成に成功したので、その取組をカリキュラム化したものが表1です。特に、草地区分と施肥設計は、1回集中的に学習するとその時には内容を修得したように見えるのですが、期間を空けると忘れてしまいます。忘れたことをもう一度思い出しながら取り組むことを繰り返すことで、技術が身につくということがよくわかりました。原案では草地区分は毎春、施肥設計は毎秋各1回(数日)を3回繰り返して1人前になるという日程ですが、半年経てば受講者は十分に忘れてくれます。筆者の演習授業では3年生の春と秋、4年生の春と秋に草地区分演習を繰り返すことで、熱心な学生の一部は、少し草地の見方が判るようになっています。
おわりに
本シリーズでは、「草地の土づくり」と称して、基礎的な考え方から実際の計算方法まで最低限のポイントを10回に分けてご紹介してきました。より詳細をお知りになりたい方は、『草地学の基礎-維持管理の理論と実際-』(松中・三枝 2016)をご覧いただければ幸いです。しかし、今回お示ししたように、講演による学習会や書物による技術情報の伝達では修得しきれない技術が確かにあります。そのような技術は1回の勉強会では修得できず、同じ人が複数回、場合によっては年度をまたいで参加できる実地訓練の場が必要です。多くの機関は年度ごとのイベントとして研修会を企画するため、同一人物を対象とする複数年度の訓練は取り入れにくい状況にあります。それでも、今後、ますます作業請負や共同利用を活用した大規模化が進むことを考慮すると、草地管理だけでなく酪農・畜産全般に「技術情報」ではなく「技術」を訓練する場を増やすことが重要ではないかと感じています。
草地管理の先生役なら声を掛けていただければ飛んでいきます。ぜひ、みなさんの地域に技術のよくわかる人材を育成して下さい。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
(おわり)
<参考文献>
道立根釧農試(2005)ふん尿主体施肥の現地導入対策
http://www.hro.or.jp/list/agricultural/center/kenkyuseika/gaiyosho/h17gaiyo/f7/2005704.htm
道立根釧農試(2007)酪農地域のふん尿利用を適正化する農家支援体制の構築と運営マニュアル
http://www.hro.or.jp/list/agricultural/center/kenkyuseika/gaiyosho/h19gaiyo/f2/2007228.html
酪農学園大学(2006)環境に配慮した酪農のためのふん尿利用計画支援ソフト「AMaFe」
http://www.hro.or.jp/list/agricultural/center/kenkyuseika/gaiyosho/h18gaiyo/f3/2006307.html
https://amafe.farm/home/index.html
松中照夫・三枝俊哉(2016)草地学の基礎 維持管理の理論と実際.農文協.東京.p1-175
<「草地の土づくり」シリーズ>
第1回 草地更新時の注意点
第2回 草地土壌の特徴
第3回 草地の維持管理の基礎
第4回 施肥基準とは何か?
第5回 土壌診断に基づく施肥対応1:土壌採取時の注意と施肥対応の考え方
第6回 土壌診断に基づく施肥対応2:カリウムの施肥対応
第7回 土壌診断に基づく施肥対応3:リンの施肥対応
第8回 土壌診断に基づく施肥対応4:窒素の施肥対応
第9回 自給肥料をどう使うか?
第10回 酪農場における施肥改善の実証事例