農場のバイオセキュリティを考える ≪第12回≫バイオセキュリティの重要点を総まとめ
掲載日:2021.03.15
酪農学園大学 農食環境学群 循環農学類
教授 髙橋 俊彦
酪農学園大学大学院 酪農学研究科
博士課程 北野 菜奈
はじめに
連載「農場のバイオセキュリティを考える」の最終回に当たり、あらためて農場の防疫についてまとめました。もう一度しっかりと考えてみましょう。
初回に、畜産現場において最も重要な農場のバイオセキュリティ(防疫対策)とは、家畜における病気の「農場外部からの侵入」「農場内での発生」「農場内での拡散を防止」する対策のことであると述べました。
1.防疫で重要な二つの原則
防疫には重要な事が二つあり、それぞれ3原則から成り立ちます。
(1)病気を「持ち込まない」「増やさない」「持ち出さない」
この原則さえしっかりと守れば、病気の拡散は農場内でも地域でも起きません。三つのどこかでシャットダウンすればいいのです。
(2)「クリーンゾーン」=清潔な場所、「ブラックゾーン」=汚染された場所、「グレーゾーン」=両者の中間場所
飼養衛生管理区域は、まず自らの農場の敷地を「衛生管理区域(農場作業スペース)」と「それ以外の区域(生活スペース)」に分け、両区域の境界が分かるようにしなければいけません。
特に敷地や農場内のゾーン分けが重要で、衛生管理区域をしっかりと区別することです。農場作業スペースと生活スペースをしっかり分けて、それぞれに消毒などの圧力をかけ、なるべくそのゾーンを守ることが大事です。
2.消毒の重要性
病原体をコントロールする上で重要なのが“消毒”です。
(1)消毒の目的
1)牛の病気の予防(牛病衛生)
2)安全な生乳の生産(食品衛生)
3)環境汚染の防止(環境衛生)
4)安全で清潔な労働環境(労働衛生)
以上の四つが大きな柱です。この一つ一つが重要で、すべてが関連し連携して、消毒の目的が達成します。
(2)消毒ポイント
1)農場入口(農場に入る前の車両)
2)各畜舎出入口の踏み込み槽
3)畜舎周囲
踏み込み槽の設置意義は、①侵入防止:病原体の持込を最少限に防ぐ②まん延防止:疾病発生畜舎から非発生畜舎への拡散を防ぐ―などです。
(3)消毒時の注意
1)消毒する前に泥やふん便などを落とす
2)種類の違う消毒薬を混ぜない
3)定期的に交換・散布する
4)消毒薬が汚れた場合には直ちに交換する
(4)消毒薬による消毒の利点と欠点
<利点>
1)時間、場所を選ばずに手軽に実施できる
2)大きな物品、広い場所で対応できる
3)対象物を傷めることが少ない
4)効果の発現が早い
5)多くの病原体を消毒できる
<欠点>
1)それぞれの特性を理解して使用しないと、消毒対象に対して効果が発揮されないことがある
2)消毒薬によっては特定の病原体にしか効果がない
(5)消毒薬の効果を左右する要因
①濃度②温度③時間④汚れ⑤pH⑥作業の徹底度合―が挙げられます。
①濃度は、一般的に濃いほど効果が発現する
②温度は、40~50度のぬるま湯に薬剤を融解するのがベスト
③時間は、基本的に長くかけた方が効果的
④汚れは、有機物が多く存在すると効果が半減する
⑤pHは、次亜塩素酸など濃度によっては影響を受け、殺菌効果にも関与する
⑥作業の徹底度合は、消毒を行う従事者の作業徹底度によって効果の差が表れる
(6)効果的な畜舎消毒の手順
1)清掃(片付け)
2)牛ふん、敷料、残飼をきれいに取り除く
3)洗浄、水洗、清掃で除去できなかった有機物を完全に除去する
<洗浄の重要性について>
・消毒効果は「洗浄作業にかかっている」と言っても過言ではありません!
・有機物の除去だけではなく、その後の消毒効果を高めます!
・水洗作業時に洗浄剤を使用することで、さらに効果アップ!
4)乾燥
<乾燥の重要性>
・乾燥は菌を殺す重要な消毒手段の一つ
・その理由は、水分のない状況では菌は増殖・生存できないので、消毒効果を高める
5)消毒
6)乾燥
(7)石灰の特徴と塗布の目的
畜舎消毒に使用される生石灰・消石灰の特徴は以下のとおりです。
1)強アルカリで細菌やウイルスを不活化する
2)吸湿性が高く、乾燥しやすい
3)安価である
このような特徴を持った石灰を、石灰乳として塗布することで、細菌やウイルスを不活化して閉じ込め、牛への感染機会を減少させるのが目的です。
石灰塗布は効果が非常に良好ですが、面倒で農家自身で積極的に応用できるものでありませんでした。その点「手軽な石灰塗布」は充分に応用可能な手法だと思われます。
3.酪農分野での農場HACCP
農場HACCPへの関心は、今のところ十分とは言えません。しかし、HACCP方式には酪農分野に欠けていた経営のための要素が数多く含まれています。
認証基準においては、従業員に対する衛生的な管理に関する基本的な知識や技能向上の教育訓練を経営者に義務付けています。また、内部検証を実施し、記録の点検や従業員へのインタビューから改善点を見いだし、経営者が把握することが求められています。
農場HACCPが各農場に適したシステムとなるよう「危害分析」「教育」「検証」を繰り返す中で、ワクチン接種、抗生物質投与、洗浄・消毒など飼養衛生管理すべてに対して最大限の効果が得られると考えます。つまり、農場HACCPは農場の持っている生産効率を最大限に引き出すための土台となるものなのです。
おわりに
酪農現場における農場内、農場周辺、その地域におけるバイオセキュリティは、それぞれの地区によって大きな差が生じています。
農場のバイオセキュリティとは病気が発生してからではなく、発生する前にいかに予防するかが最も重要であり、獣医学というよりはむしろ農場全体を包括的に考える畜産学において論じ、教授すべき内容であると考えます。もちろん、獣医学との連携も大変重要で、農学系と獣医学系との連携が必要で、その一体性を示すことによって社会に大きな影響を与えます。すなわち、各農場は地域の農業関係団体と密に連携を取って、地域的防疫を目指す方向に進めなくてはいけません。
(おわり)
農場のバイオセキュリティを考える
≪第1回≫農場の防疫対策
≪第2回≫酪農場の消毒
≪第3回≫酪農場で使用する消毒薬
≪第4回≫飼養衛生管理基準
≪第5回≫酪農場の衛生管理におけるHACCPの有用性について
≪第6回≫牛舎の衛生対策(石灰塗布)
≪第7回≫酪農現場で問題になる感染症(牛白血病、BVDウイルス感染症)
≪第8回≫酪農現場で問題になる感染症Ⅱ(クリプトスポリジウム症、ロタウイルス感染症、コクシジウム症)
≪第9回≫酪農現場で問題になる感染症Ⅲ(ヨーネ病、サルモネラ症)
≪第10回≫全国の農場における衛生モニタリング調査について
≪第11回≫「2010宮崎口蹄疫」の現地対策から見えたもの